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●悪人論



 悪人にこわいところは、悪いことを、面白半分にすること。深く考えない。あるいは自ら深く考
えようとしない。考えたら、悪いことはできない。だから面白半分にする。



 だから罪の意識を感じない。たとえば人をだましても、ヘラヘラしている。またヘラヘラするこ
とによって、自責の念から、逃れようとする。



 今、この静岡県でも、おかしな督促状が、届くという事件が頻発している。「あなたの債務の
〜〜が、債権回収機構に回されました」とか、何とか。



 もちろんインチキ督促状だが、こういうことが平気でできる人は、ここでいう悪人である。こうし
た悪人が、ふつうの人と違うのは、ふつうの人プラス、こうした特殊な能力をもっているというこ
と。「特殊な能力」というのは、自分にとって、つごうの悪い事実を、そのつど、別の世界にしま
いこむことができる能力をいう。



 だからこうした悪人は、会ってみると、ふつうの人。ごくふつうの人であって、私やあなたとど
こも違わない。常識もあるし、判断力もある。しかし、その一方で、冒頭に書いたように、面白
半分で、悪いことをする。



 こうした能力(?)は、だれにでもある。



 たとえば人は、自分にとってつごうの悪い思い出や、事実は、無意識のうちにも避けようとす
る。日本語にも、「とぼける」という言葉があるが、それもその一つ。



 つまりそうすることによって、自分の心をできるだけ正常(?)に保とうとする。よくある例が、
加害者と被害者の関係である。



 加害者は、事件をすぐ忘れるが、被害者は、そうではない。たとえば日本人全体をみたとき
も、戦時中、旧日本軍が悪いことをしたと思っている日本人は、あまりいない。(一方、中国の
人や、朝鮮半島の人たちは、いまでも、執拗に旧日本軍の悪業の数々を問題にする。)つまり
これも、ここに書いたような心理の作用による。



 こうした人が本来もつ特性、それが極端になったのが、悪人ということになる。



 こうした悪人は、人をだましたという不快感よりも、それで得た利益のほうを喜ぶ。そしてその
不快感を、記憶の外に追い出すことによって、自分を正当化する。「だまされるヤツが、悪い」
と。



 だから、一度、悪人になると、そういう人を、説教したり、罰しても、意味はない。脳のCPU
(中央演算装置)の問題だから、である。



 大切なことは、そういう悪人をつくらないこと。つまり、そこに教育の意味がある。



 ところでこの善悪の感覚をつかさどるのが、辺縁系の中でも、扁桃体と言われている。よいこ
とをすれば、ここからモルヒネ様の物質が放出され、その人を快感に導くという。そうした積み
重ねが、その人を善人にする。



 が、何かのことで、その部分が変調すると、この善悪の感覚がマヒするようになる。そしてそ
の状態がつづくと、ここでいうような悪人になる? (悪人になるメカニズムは、あまり解明され
ていない。)



 だから、最近、よく道徳が話題になる。知的レベルで、その人を善人にしようとか考えても、あ
まり意味がないということになる。この問題は、もっと「根」が深い。



その人(子ども)を善人にしようと考えたら、日々の生活の中で、その「快感」を味あわせるよう
にする。その実感が、人(子ども)を善人にする。繰りかえすが、もともとこの問題は、頭で考え
て、どうこうなるような問題ではないのである。



 で、かく言う私も、ヘラヘラと笑いながら、悪いことができるようなところがある。そういう部分
がないとは、言わない。もともと私は、邪悪な人間である。つい先日も、アメリカで、列車が襲わ
れ、金塊が盗まれるという事件があった。ああいう事件を見聞きすると、「ほう、なかなか、うま
くやったな」と、思ってしまう。



 しかしかろうじて、そういう悪人と無縁でいられるのは、(本当にかろうじて、だが……)、周辺
にそういう人たちとのつきあいがないこと。生活がそれなりに、安定していること。家族がいるこ
と。それにこうしてものを書きながら、自分自身を、自制していることなどがある。



 もしこれらの要素の一つでも欠けたら、私は、まっしぐらに悪人になるだろうと思う。



 が、悪いばかりではない。そういう邪悪さがあるからこそ、他人の邪悪さを、即座に見抜くこと
ができる。



 よくサブカルチャ(非行などの下位文化)を経験した子どもほど、おとなになってから常識豊か
な子どもになるといわれている。そういう現象かもしれないが、ともかくも、私は、他人の邪悪さ
を、即座に見抜くことができる。



 だからときどき、私のところにも、あやしげな手紙がきたり、電話がかかってきたりする。しか
しそのつど、即座に、相手の邪悪さを見抜いてしまう。だから冒頭に書いたような督促状がきて
も、私は、まずひかからない。



 そう、以前も、大豆商法、金相場商法、ネズミ講などなど。いろいろな悪徳商法が話題になっ
たが、そういったものでも、私はまだ世間で話題になる前から、それを見抜いていた。そういう
ふうには、役立っている。



 そういう邪悪な私が、ゆいいつ罪滅ぼしができることと言えば、そういう力を利用して、善良な
人たちを、善良な世界で、守ることでしかない。恐らく私がもっている邪悪さは、一生、死ぬまで
消えることはないだろう。だからこそ、そういう形で、利用するしかない。



 ついでに、以前書いた原稿を、ここに再掲載する。 



+++++++++++++++++++++++++++



よい子論



 善人も悪人も、大きな違いがあるようで、それほどない。ほんの少しだけ入り口が違っただ
け。ほんの少しだけ生きザマが違っただけ。同じように、よい子もそうでない子も、大きな違い
があるようで、それほどない。ほんの少しだけ育て方が違っただけ。そこでよい子論。



 この問題ほど、主観的な問題はない。それを判断する人の人生観、価値観、子育て観など、
すべての個人的な思いが、そこに混入する。さらに親から見た「よい子」、教師から見た「よい
子」、社会から見た「よい子」がすべて違う。またどのレベルで判断するかによっても、変わって
くる。



たとえば息子が同性愛者になったことを悩んでいる親からすれば、女友だとち夜遊びをする女
の子はうらやましく思えるもの。(だからといって、同性愛が悪いというのではない。誤解がない
ように。)それだけではない。どんな子どもにもいろいろな顔があって、よい面もあれば悪い面
もある。こんなことがあった。



K君(小五)というどうしようもないワルがいた。そのため母親は毎月のように学校へ呼び出さ
れていた。小さいころから空手をやっていたこともあり、腕力もあった。で、相談があったので、
私は月に一、二回程度、彼の勉強をみることにした。



で、そうして一年ぐらいがたったある夜のこと、私はK君と母親の三人でたまたま話しあうことに
なった。が、私はK君が悪い子だとはどうしても思えなかった。正義感は強いし、あふれんばか
りの生命力をもっていた。おとなの冗談がじゅうぶん理解できるほど、頭もよかった。



それで私は母親に、「今はたいへんだろうが、K君はやがてすばらしい子どもになるだろうか
ら、がまんしなさい」と話した。で、それから一週間後のこと。私が一人で教室にいると、いつも
より三〇分も早くK君がやってきた。「どうしたんだ?」と聞くと、K君はこう言った。「先生、肩を
もんでやるよ」と。



 よい子かそうでない子かというのは、結局はその子どもの生きザマをいう。もっと言えば、子
ども自身の問題であって、ひょっとしたそれは親の問題ではないし、いわんや教師の問題では
ない。まずいのは、親や教師が「よい子像」を設計し、それにあてはめようとすることだ。そして
その像に従って、子どもを判断することだ。そんな権利は、親にも教師にもない。



要は子ども自身がどう生きるかで決まる。つまりその「生きザマ」が前向きな方向性をもってい
ればよい子であり、そうでなければそうでないということになる。たいへんわかりにくい言い方に
なってしまったが、よい子、悪い子というのも、それと同じくらいわかりにくいということ。もっと言
えば、この世の中によい人も悪い人も存在しないように、よい子も悪い子も存在しないというこ
とになる。



 ……これが私の今の結論であり、しばらくは「よい子」論を考えるのをやめる。それを考えて
も、意味はない。まったくない。



+++++++++++++++++++++



 この原稿の中で、最後のところで、「しばらく考えるのをやめる」と書いた。で、それからほぼ
一年になる。



 で、この原稿を改めて読んでみて、今、こんなふうに考える。



 今朝(一〇月一日)の朝刊を見ると、何でもC県の住宅供給公社が、土地を相場よりも、七〇
億円近い高額で買い取っていたという。読売新聞は、つぎのように伝える。



「70億円も高く購入…千葉県住宅公社用地買収疑惑



 実質的な債務超過状態に陥っている千葉県住宅供給公社が、1995年から98年にかけて
同県市原市の山林を購入した際、複数の不動産鑑定のうち、倍以上も高額の鑑定結果を採
用していたことが30日、判明した」と。



「相場の、二倍」だったという。常識で考えれば、その陰で、何かの裏取り引きがあったとみる
べき。



 これからこの事件は、詳しく調査されるのだろうが、本物の悪人というのは、そういうこをする
悪人をいう。



 日ごろは何食わぬ顔で、それなりの地位と立場にいて、それなりに善人ぶっている。そして一
方で、税金を食いものにして、好き勝手なことをしている。



 ……とまで考えたところで、急速に疲れを感じた。本当のところ、こういう問題を考えるのは、
疲れる。どうにもならないという無力感もある。だから、この話は、ここまで。



 私のようなものが、いくら叫んでも、どうにもならない。どうにか、なる問題でもない。だから、
この話は、ここまで。

(031001)










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●育児の一貫性



 母親に求められる、第一の条件は、「一貫性」である。まずいのは、母親の子どもへの接し方
が、そのときどきの母親の気分で、変動すること。気分がよいときには、子どもにベタベタし、
そうでないときは、冷淡になる、など。こうした不安定な養育姿勢は、子どもの心に、深刻な影
響を与える。



 よく知られた例としては、パーソナリティ障害(人格障害)というのがある。このタイプの人は、
ものの考え方や、行動が極端になりやすいことが知られている。



 たとえば相手を好きになると、徹底的に好きになる。しかしふとしたことで嫌いになると、今度
は、徹底して嫌いになるなど。行動が極端なため、ときには、自暴自棄になり、それが高じて、
自殺を図ることもある。



 このパーソナリティ障害の原因は、その人の乳幼児期にあるされる(発達心理学者・M・マー
ラーほか)。この時期、母親の接し方がまずいと、子どもは、不安や不信から、心の発達を停
止してしまうとされる。そしてそれが遠因となって、ここでいうパーソナリティ障害を引き起こすと
される。



 Kさん(三八歳・女性)は、パーソナリティ障害かどうかは別として、ときどき、はげしい絶望感
に襲われるという。いやになると、何もかもいやになる、というようにである。生来の完ぺき主義
もあった。こんなことがあった。



 ある日、二人の客が家に泊まった。そのとき、客が聞こえるような位置で、夫と口論をし、夫
に罵声(ばせい)を浴びせかけてしまった。「自分でも、まずいと感じていました。客にそういう声
を聞かれたくなかったのですが、自分をコントロールできませんでした」と。



 はげしい絶望感は、そのあとやってきた。「どうしてそんなことをしたのだろう」という思いが、
やがて胸の中で大きくふくらみ、自分で自分をはげしく、責めたてた。



 夫に相談すると、「どこの夫婦も、似たようなものだ。だれだって、けんかくらいならする」と、K
さんをなぐさめてくれたが、Kさんは、納得できなかった。自分でした行為の愚かさに、それから
数日間も悩まされたという。「心に何かしら不快な紙が張りついたような気分でした」と。



 こうした例は、多い。一般論として、心の変動のはげしい人は、それだけ情緒が不安定とみ
る。が、問題は、その人自身というより、まわりの人たちである。その人に振りまわされているう
ちに、何がなんだか、わけがわからなくなってしまう。



 反対に、これも一般論として、豊かな親の愛情に包まれ、心静かな環境で育った子どもほ
ど、どこかどっしりとしている。態度も大きく、ふてぶてしい。つまりそれだけ、情緒が安定してい
る。だから……。



 子どもの心を伸ばそうと考えたら、まず、親自身が、自分の心を安定させる。そして子育て
に、一貫性をもたせる。子どもが、スキンシップを求めてきたら、そのつど、安定した接し方で、
それに応じてあげるなど。こういう育児姿勢が、子どもの心を、はぐくむ。

 

【不安定なあなたへ……】



 もしあなたが、ここでいうような不安定な親なら、自分の行動に、制限をつけるとよい。すべき
ことと、してはいけないことを分け、そのしてはいけないことについては、夫なり、妻なりに任
す。



 たとえば子どもを叱るのは、夫(妻)に任す。説教するのは、夫(妻)に任す。大切な判断をす
るのは、夫(妻)に任す。子どもの勉強をみるのは、夫(妻)に任す、など。ふつう子どもと接して
イライラするようなことなら、それから遠ざかるようにするとよい。



 こうした制限をもうける接し方は、「制限設定」という名で、心理学の分野でも、治療法の一つ
として確立されている(J・マスターほか)。



要するに、苦手なことはしないこと。だれにも、得意、不得意がある。親だから万能でなければ
ならないと、そういうふうに、自分を追いこんではいけない。自分を改めようと、思ってはいけな
い。無理をしてはいけない。



子育ても、またしかり。苦手なら苦手でよい。大切なことは、そういう自分をすなおに認めるこ
と。認めたうえで、あとは前向きに、進む。得意なことだけをしていけばよい。



 以上、愛知県A市に住んでいる、Kさんからのメールをもとに、考えてみた。

(030924)



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これに関連して、以前、こんな

原稿(中日新聞掲載済み)を書

きました。



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子育てで親が行きづまったとき



●夫婦とはそういうもの    



 夫がいて、妻がいる。その間に子どもがいる。家族というのはそういうものだが、その夫と妻
が愛しあい、信頼しあっているというケースは、さがさなければならないほど、少ない。どの夫
婦も日々の生活に追われて、自分の気持ちを確かめる余裕すらない。



そう、『子はかすがい』とはよく言ったものだ。「子どものため」と考えて、必死になって家族を守
ろうとしている夫婦も多い。仮面といえば仮面だが、夫婦というのはそういうものではないの
か。もともと他人の人間が、一つ屋根の下で、一〇年も二〇年も、新婚当時の気持ちのままで
いることのほうがおかしい。私の女房なども、「お前は、オレのこと好きか?」と聞くと、「考えた
ことないから、わからない」と答える。



●人は人、それぞれ



 こう書くと、暗くてゆううつな家族ばかりを想像しがちだが、そうではない。こんな夫婦もいる。
先日もある女性(四〇歳)が私の家に遊びに来て、女房の前でこう言った。「バンザーイ、やっ
たわ!」と。話を聞くと、夫が単身赴任で九州へ行くことになったという。ふつうなら夫の単身赴
任を悲しむはずだが、その女性は「バンザーイ!」と。



また別の女性(三三歳)は、夫婦でも別々の寝室で寝ているという。性生活も数か月に一度あ
るかないかという程度らしい。しかし「ともに、人生を楽しんでいるわ。それでいいんじゃ、ナ〜
イ?」と。明るく屈託がない。要は夫婦に標準はないということ。同じように人生観にも家庭観に
も標準はない。人は、人それぞれだし、それぞれの人生を築く。私やあなたのような他人が、
それについてとやかく言う必要はないし、また言ってはならない。あなたの立場で言うなら、人
がどう思おうが、そんなことは気にしてはいけない。



●問題は親子



 問題は親子だ。私たちはともすれば、理想の親子関係を頭の中にかく。設計図をえがくこと
もある。それ自体は悪いことではないが、その「像」に縛られるのはよくない。それに縛られれ
ば縛られるほど、「こうでなければならない」とか、「こんなはずはない」とかいう気負いをもつ。
この気負いが親を疲れさせる。子どもにとっては重荷になる。不幸にして不幸な家庭に育った
人ほど、この気負いが強いから注意する。「よい親子関係を築こう」というあせりが、結局は親
子関係をぎくしゃくさせてしまう。そして失敗する。



●レット・イット・ビー(あるがままに……) 



 そこでどうだろう、こう考えては。つまり夫婦であるにせよ、親子であるにせよ、それ自体が
「幻想」であるという前提で、考える。もしその中に一部でも、本物があるなら、もうけもの。一部
でよい。そう考えれば、気負いも取れる。「夫婦だから……」「親子だから……」と考えると、あ
なたも疲れるが、家族も疲れる。簡単に言えば、今あるものを、あるがままに受け入れてしまう
ということ。「愛を感じないから結婚もおしまい」とか、「親子が断絶したから、家庭づくりに失敗
した」とか、そんなようにおおげさに考える必要はない。



つまるところ夫婦や家族、それに子どもに、あまり期待しないこと。ほどほどのところで、あきら
める。そういうニヒリズムがあなたの心に風穴をあける。そしてそれが、夫婦や家族、親子関
係を正常にする。ビートルズもかつて、こう歌ったではないか。「♪レット・イット・ビー(あるがま
まに……)」と。それはまさに、「智恵の言葉」だ。




 






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●いじめ



●いじめ(『負けるが、勝ち』)



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学校教育法施行令によれば、

市区町村教委が入学先を指定

した小中学校を、保護者の申請

で変更できるとしている。



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学校教育法施行令によれば、市区町村教委が入学先を指定した小中学校を、保護者の申請
で変更できるとしている。



 つまりある程度の理由づけがあれば、だれでも転校できるということ。「ある程度」というの
は、「同施行規則で各教委がその具体的要件や、手続きを定めている範囲」ということ。実際
には、そうした手続きを踏まないまま、転校を認めているケースも、少なくない。



 だから、子どもがいじめにあい、苦しんでいるのがわかったら、無理をせず、転校も視野に入
れて、解決方法を考えたらよい。言いたいこともあるだろう。不満もあるだろう。親としてのプラ
イドもあるだろう。しかし、この世界には、『負けるが勝ち』という格言がある。子どもの心を守る
ことを第一に考えて、行動したらよい。



 前にも書いたように、「教育」「教育」と気負いすぎると、あなたも疲れるが、子どもも疲れる。
転校するからといって、それをおおげさにとらえる必要はない。実際、転校することによって、
いじめの問題は、おおかた、そのまま解決する。



 子どもと担任との相性が悪いときも、同じように考えたらよい。ほかの父母との折りあいが悪
くなったときも、同じように考えたらよい。それがあなた自身の問題であるなら、あなたも、がん
ばればよい。しかし間に、あなたの子どもがいるなら、『負けるが、勝ち』。大切なことは、子ど
も自身が、気持ちよく、学校へ通えるという環境を、子どもに用意すること。



 あなたではない。子どもが、だ。



 こうした行動が、ともすれば硬直化した学校教育のカベに、穴をあけることができる。あなた
自身も、あなたをがんじがらめにしているクサリから、解放される。けっして、学校教育を、否定
しているのではない。



 日本人は、あまりにも、「学校」にこだわりすぎる。「学校」という亡霊に、だ。私たちにとって大
切なことは、子どもの教育を、子どもの視点に立って、もっと自由に考えること。自由に組み立
てること。



 以前、こんな原稿(中日新聞発表済み)を書いたことがある。この原稿に対する、反響は大き
かった。



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【若者たちが社会に反抗するとき】

 

●尾崎豊の「卒業」論



学校以外に学校はなく、学校を離れて道はない。そんな息苦しさを、尾崎豊は、『卒業』の中で
こう歌った。



「♪……チャイムが鳴り、教室のいつもの席に座り、何に従い、従うべきか考えていた」と。



「人間は自由だ」と叫んでも、それは「♪しくまれた自由」にすぎない。現実にはコースがあり、
そのコースに逆らえば逆らったで、負け犬のレッテルを張られてしまう。尾崎はそれを、「♪幻
とリアルな気持ち」と表現した。



宇宙飛行士のM氏は、勝ち誇ったようにこう言った。「子どもたちよ、夢をもて」と。しかし夢をも
てばもったで、苦しむのは、子どもたち自身ではないのか。つまずくことすら許されない。



ほんの一部の、M氏のような人間選別をうまくくぐり抜けた人だけが、そこそこの夢をかなえる
ことができる。大半の子どもはその過程で、あがき、もがき、挫折する。尾崎はこう続ける。「♪
放課後街ふらつき、俺たちは風の中。孤独、瞳に浮かべ、寂しく歩いた」と。



●若者たちの声なき反抗



 日本人は弱者の立場でものを考えるのが苦手。目が上ばかり向いている。たとえば茶パツ、
腰パン姿の学生を、「落ちこぼれ」と決めてかかる。しかし彼らとて精一杯、自己主張している
だけだ。それがだめだというなら、彼らにはほかに、どんな方法があるというのか。



そういう弱者に向かって、服装を正せと言っても、無理。尾崎もこう歌う。「♪行儀よくまじめな
んてできやしなかった」と。彼にしてみれば、それは「♪信じられぬおとなとの争い」でもあった。



実際この世の中、偽善が満ちあふれている。年俸が2億円もあるようなニュースキャスターが、
「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につけている
テレビタレントが、別のところで、涙ながらに難民への寄金を訴える。



こういうのを見せつけられると、この私だってまじめに生きるのがバカらしくなる。そこで尾崎は
そのホコ先を、学校に向ける。「♪夜の校舎、窓ガラス壊して回った……」と。もちろん窓ガラス
を壊すという行為は、許されるべき行為ではない。が、それ以外に方法が思いつかなかったの
だろう。いや、その前にこういう若者の行為を、誰が「石もて、打てる」のか。



●CDとシングル盤だけで200万枚以上!



 この「卒業」は、空前のヒット曲になった。CDとシングル盤だけで、200万枚を超えた(CBS
ソニー広報部、現在のソニーME)。「カセットになったのや、アルバムの中に収録されたものも
含めると、さらに多くなります」とのこと。この数字こそが、現代の教育に対する、若者たちの、
まさに声なき抗議とみるべきではないのか。



(付記)



●日本は超管理型社会



 最近の中学生たちは、尾崎豊をもうすでに知らない。そこで私はこの歌を説明したあと、中学
生たちに「夢」を語ってもらった。私が「君たちの夢は何か」と聞くと、まず1人の中学生(中2女
子)がこう言った。「ない」と。「おとなになってからしたいことはないのか」と聞くと、「それもない」
と。「どうして?」と聞くと、「どうせ実現しないから」と。



もう1人の中学生(中2男子)は、「それよりもお金がほしい」と言った。そこで私が、「では、今こ
こに1億円があったとする。それが君のお金になったらどうする?」と聞くと、こう言った。「毎
日、机の上に置いてながめている」と。



ほかに5人の中学生がいたが、皆、ほぼ同じ意見だった。今の子どもたちは、自分の将来に
ついて、明るい展望をもてなくなっているとみてよい。このことは内閣府の「青少年の生活と意
識に関する基本調査」(01年)でもわかる。



 15〜17歳の若者でみたとき、「日本の将来の見とおしが、よくなっている」と答えたのが、4
1・8%、「悪くなっている」と答えたのが、46・6%だそうだ。



●超の上に「超」がつく管理社会



 日本の社会は、アメリカと比べても、超の上に「超」がつく超管理社会。アメリカのリトルロック
(アーカンソー州の州都)という町の近くでタクシーに乗ったときのこと(01年4月)。タクシーに
はメーターはついていなかった。料金は乗る前に、運転手と話しあって決める。しかも運転して
くれたのは、いつも運転手をしている女性の夫だった。「今日は妻は、ほかの予約で来られな
いから……」と。



 社会は管理されればされるほど、それを管理する側にとっては便利な世界かもしれないが、
一方ですき間をつぶす。そのすき間がなくなった分だけ、息苦しい社会になる。息苦しいだけな
らまだしも、社会から生きる活力そのものを奪う。尾崎豊の「卒業」は、そういう超管理社会に
対する、若者の抗議の歌と考えてよい。



(参考)



●新聞の投書より



 ただ一般世間の人の、生徒の服装に対する目には、まだまだきびしいものがある。中日新
聞が、「生徒の服装の乱れ」についてどう思うかという投書コーナーをもうけたところ、11人の
人からいろいろな投書が寄せられていた(01年8月静岡県版)。それをまとめると、次のようで
あった。



女子学生の服装の乱れに猛反発     ……8人

やや理解を示しつつも大反発      ……3人

こうした女子高校生に理解を示した人  ……0人



投書の内容は次のようなものであった。



☆「短いスカート、何か対処法を」……学校の校則はどうなっている? きびしく取り締まってほ
しい。(65歳主婦)



☆「学校の現状に歯がゆい」……人に迷惑をかけなければ何をしてもよいのか。誠意と愛情を
もって、周囲の者が注意すべき。(40歳女性)



☆「同じ立場でもあきれる」……恥ずかしくないかっこうをしなさい。あきれるばかり。(16歳女
子高校生)



☆「過激なミニは、健康面でも問題」……思春期の女性に、ふさわしくない。(61歳女性)



●学校教育法の改正



 校内暴力に関して、学校教育法が2001年、次のように改定された(第26条)。



 次のような性行不良行為が繰り返しあり、他の児童の教育に妨げがあると認められるとき
は、その児童に出席停止を命ずることができる。



十七、他の児童に傷害、心身の苦痛または財産上の損失を与える行為。

十八、職員に傷害または心身の苦痛を与える行為。

十九、施設または設備を損壊する行為。

二十、授業その他の教育活動の実施を妨げる行為、と。



文部科学省による学校管理は、ますますきびしくなりつつある。



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ついでに、もう1作。

『負けるが勝ち』について

書いた原稿です。



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●負けるが勝ち



 この世界、子どもをはさんだ親同士のトラブルは、日常茶飯事。言った、言わないがこじれ
て、転校ざた、さらには裁判ざたになるケースも珍しくない。ほかのことならともかくも、間に子
どもが入るため、親も妥協しない。が、いくつかの鉄則がある。



 まず親同士のつきあいは、「如水淡交」。水のように淡く交際するのがよい。この世界、「教
育」「教育」と言いながら、その底辺ではドス黒い親の欲望が渦巻いている。それに皆が皆、ま
ともな人とは限らない。情緒的に不安定な人もいれば、精神的に問題のある人もいる。さらに
は、アルツハイマーの初期のそのまた初期症状の人も、40歳前後で、20人に1人はいる。



このタイプの人は、自己中心性が強く、がんこで、それにズケズケとものをいう。そういうまとも
でない人(失礼!)に巻き込まれると、それこそたいへんなことになる。



 つぎに「負けるが勝ち」。子どもをはさんで何かトラブルが起きたら、まず頭をさげる。相手が
先生ならなおさら、親でも頭をさげる。「すみません、うちの子のできが悪くて……」とか何とか
言えばよい。あなたに言い分もあるだろう。相手が悪いと思うときもあるだろう。しかしそれでも
頭をさげる。あなたががんばればがんばるほど、結局はそのシワよせは、子どものところに集
まる。



しかしあなたが最初に頭をさげてしまえば、相手も「いいんですよ、うちも悪いですから……」と
なる。そうなればあとはスムーズにことが流れ始める。要するに、負けるが勝ち。



 ……と書くと、「それでは子どもがかわいそう」と言う人がいる。しかしわかっているようでわか
らないのが、自分の子ども。あなたが見ている姿が、子どものすべてではない。すべてではな
いことは、実はあなた自身が一番よく知っている。



あなたは子どものころ、あなたの親は、あなたのすべてを知っていただろうか。それに相手が
先生であるにせよ、親であるにせよ、そういった苦情が耳に届くということは、よほどのことと考
えてよい。そういう意味でも、「負けるが勝ち」。これは親同士のつきあいの大鉄則と考えてよ
い。





Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



●文部科学大臣からのお願い



2007年の11月、日本の文部科学省のI大臣は、全国すべての公立学校にあてて、つぎのよ
うな通達文を送った。



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文部科学大臣からのお願い



未来のある君たちへ

弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、はずかしいこと。

仲間といっしょに友だちをいじめるのは、ひきょうなこと。

君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になって、なぜあんなはずかしいこと
をしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじめをすぐにやめよう。



いじめられて苦しんでいる君は、けっして一人ぼっちじゃないんだよ。

お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、学校の先生、学校や近所の友
達、だれにでもいいから、はずかしがらず、一人でくるしまず、いじめられていることを話すゆう
きをもとう。話せば楽になるからね。きっとみんなが助けてくれる。



お父さん、お母さん、ご家族の皆さん、学校や塾の先生、スポーツ指導者、地域のみなさん
へ、



このところ「いじめ」による自殺が続き、まことに痛ましい限りです、いじめられている子どもにも
プライドがあり、いじめの事実をなかなか保護者等に訴えられないとも言われます。



一つしかない生命。その誕生を慶び、胸に抱き取った生命。無限の可能性を持つ子どもたち
を大切に育てたいものです。子どもの示す小さな変化を見つけるためにも、毎日少しでも言葉
をかけ、子どもとの対話をして下さい。



子どもの心の中に自殺の連鎖を生じさせぬよう、連絡し合い、子どもの生命を護る責任をお互
いに再確認したいものです。



平成十八年十一月十七日



文部科学大臣 伊吹B明



+++++++++++++++++++



 この通達文を読んで、まず気がつくのは、2つのキーワード。「恥」そして「卑怯」。もう一度、
繰りかえす。「恥」そして「卑怯」。



 その部分だけを、もう一度、読んでみてほしい。



 『弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、はずかしいこと。仲間といっしょに友だちを
いじめるのは、ひきょうなこと。君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になっ
て、なぜあんなはずかしいことをしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじ
めをすぐにやめよう』と。



 あなたはこの2つのキーワードを読んで、何か、思い当たることはないだろうか? しかしもし
あなたが、220万人の1人なら、思いあたることがあるはず。そう、あの本である。2006年、
日本一のベストセラー書になった、あの本である。



 藤原M氏の書いた、『国家のH格』という、あの本である。藤原氏は、いじめについても、「卑
怯」を教えれば、それで解決できるというようなことを書いている。



 私はこの一文を読んだとき、『国家のH格』が、この通達文書とつながっているのを感じた。
感じたというだけで、それ以上の根拠はない。100%、私の推察。私の憶測? あくまでも、私
の「勘」である。



 しかしもし私の勘が正しいとするなら、『国家のH格』という本と、この文部科学省の大臣の通
達文書とは、どこかでつながっている。仮にもしそうであるとするなら、日本人の心が、私たち
の知りえない、巨大な策謀の中で、だれかによって、よいように操られている?



 しかし、これはあくまでも私の推察。私の憶測?



 そうでないことを願う。もちろんだからといって、藤原氏が、その策謀の片棒をかついだとか、
そういう失敬なことを言っているのではない。藤原氏の本は、あくまでも藤原氏の本。かりにど
こかでつながっているとしても、それは結果論。藤原氏の本は、利用されただけということにな
る。



 そこで改めて、この通達文書について考えてみる。言いたいことは、つぎの4点。



(1)友だちをいじめるのは、恥ずかしいこと。

(2)そういういじめをすると、あとで後悔するということ。

(3)いじめられている子は、だれかに話そう。

(4)それを話すことは、恥ずかしいことでも何でもないということ。



 ……なるほど。ウ〜ン。



 書きたいことは山ほどある。が、しかしここまで。が、あえて言うなら、今どき、「恥」だとか、
「卑怯」だとか……。私には、こういう言葉に、どうしてもついていけない。仮に恥じるとしても、
それは自分に対してのもの。また「卑怯」という言葉にしても、それは「愛」という言葉ほど、あい
まいもことして、つかみどころのない言葉はない。



 だったら、もっと端的に、「友だちを愛しましょう」と、なぜ、I文部大臣は、言わないのだろう。
そのほうが、ずっと、わかりやすい。説得力もあるし、国際的にも通用する。まさかI文部大臣
も、日本式の武士道の信者? もしそうなら、話はわかる。藤原氏の書いた本に、強く感銘を
受けたとしても、私は、驚かない。



 今の日本の動きを見ていると、日本全体が、どこか右へ、右へと流されていくように感ずる。
それとも、私が、左へ、左へと傾いているのか。それはよくわからないが、……というのも、私
は、自分では中立だと思っているので、ともかくも、今、日本は、戦前歩いた、その同じ道を再
び歩もうとしているのではないか。この通達文を読むと、私には、そんな感じがしてならない。



++++++++++++++++++++



批判ばかりしていてはいけないので、

私が書いた文を、ここに掲載します。



++++++++++++++++++++



●子どもたちへ



 魚は陸にあがらないよね。

 鳥は水の中に入らないよね。

 そんなことをすれば死んでしまうこと、

 みんな、知っているからね。

 そういうのを常識って言うんだよね。



 みんなもね、自分の心に

 静かに耳を傾けてみてごらん。

 きっとその常識の声が聞こえてくるよ。

 してはいけないこと、

 しなければならないこと、

 それを教えてくれるよ。



 ほかの人へのやさしさや思いやりは、

 ここちよい響きがするだろ。

 ほかの人を裏切ったり、

 いじめたりすることは、

 いやな響きがするだろ。

 みんなの心は、もうそれを知っているんだよ。

 

 あとはその常識に従えばいい。

 だってね、人間はね、

 その常識のおかげで、

 何十万年もの間、生きてきたんだもの。

 これからもその常識に従えばね、

 みんな仲よく、生きられるよ。

 わかったかな。

 そういう自分自身の常識を、

 もっともっとみがいて、

 そしてそれを、大切にしようね。



 この詩の中で私は、善悪の感覚は、乳幼児期につくられることを言いたかった、です。つまり
善悪の判断の基本となる、「ここちよい響き」「いやな響き」というのは、すでに乳幼児期に作ら
れるということです。よく「善悪の判断は、学校で、しかも道徳の時間に学ぶもの」と考えている
人がいますが、それは頭の中で考える「善悪の判断」です。もちろんそれがムダだとは思いま
せんが、その前提として、こうした「響き」があるかないかが、その子どもの心の基本になりま
す。子どもは心豊かで、愛情にあふれた、静かで、思いやりのある環境で心をはぐくみます。
乳幼児期の「心の環境」を大切にしてください。(この詩は、「子どものページ」にも掲載してあり
ます。)










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●依存性



●自分の中の邪悪さ



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遠い昔、

私は、母の子だった。



しかしその母と別れて住むようになって、

40年以上。



が、どういうわけか今また、私は

母といっしょに暮らしている。



その母を見ていると、そこに、ときどき、

自分の(過去)が、そこにあることを知る。



+++++++++++++++++++



 遠い昔、私は、母の子だった。しかしその母と別れて住むようになって、40年以上。盆暮れ
のときには、そのつど帰っていたが、しかしその程度。その私が、今、どういうわけか、その母
といっしょに暮らしている。



 その母を見ていると、そこに、ときどき、自分の(過去)が、そこにあることを知る。



 よい部分もあれば、そうでない部分もある。私は、母に溺愛されて育った。それはそれで感謝
しなければならないことかもしれない。が、溺愛は、決して、「愛」ではない。私は、母のモノとし
て、つまり、母を慰めるための道具として、育てられた。



 少年時代は、母の期待にこたえることだけが、私の生き様(ざま)だったように思う。が、それ
だけではない。私は、母のもつよい部分はもちろんのこと、そうでない部分まで、そっくりそのま
ま引きついでしまった。



 そうでない部分の多くは、邪悪な部分といってもよい。母と別れて住むようになって、私はそ
の部分と、ずっと自分の中で戦ってきたように思う。母はまだ生きているので、それについて詳
しくここに書くことはできない。しかしいつだったか、これももう、ずいぶんと前のことだが、こう
思ったことがある。



 「母だって、ただの女性ではないか」と。何も、(ただの女性)であることが悪いというのではな
い。「親である」という幻想に振りまわされて、過大な期待はしてはいけないということ。それに
気がついた。



 以来、私は母を冷静に見ることができるようになった。と、同時に、自分の中の邪悪な部分に
ついても、冷静に見ることができるようになった。



 邪悪な部分……しかし、それはけっして、単純な問題ではない。自分の心の中に、顔のシミ
のように、しみついている。ある時期は、自分の中のそれと戦うために、もがき苦しんだことも
ある。そういう部分を、今、母は、平気で私に見せる。



 頭に、カチンとくることもある。心だけが、過剰に反応することもある。しかし母は、母。しかも
90歳をすぎている。脳みその働きも、よくない。つまり私が本気で相手にしなければならないよ
うな相手ではない。だから、瞬間的にはカチンときても、つぎの瞬間には、笑ってすます。



私「あのバーさん、またやったよ」

ワ「放っておきなさいよ」

私「わかってる……」と。



 親といえども、けっして(親である)という立場に甘えてはいけない。親だって、1人の人間。い
つかその親も、1人の人間として、子どもに評価されるようになる。つまりそのとき、その評価に
耐えられるような親であれば、それはそれでよし。そうでなければ、そうでない。結局は、さみし
い思いをするのは、親自身、つまりあなた自身である。



 ところで今、あの森Sが歌う、『おふくろさん』が、世間の話題になっている。何でも森Sと、作
詞家の間の関係が、険悪なものになっているという。ときどき、私はあの『おふくろさん』を、批
評する。日本的な、実に日本的な歌であるという意味で、批評する。



 ここに書いたこととあまり関係ないかもしれないが、それについて書いた原稿を、ここに添付
する。(中日新聞発表済み)



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日本人の依存性を考えるとき

 

●森Sの『おくふろさん』



 森Sが歌う『おふくろさん』は、よい歌だ。あの歌を聞きながら、涙を流す人も多い。しかし…
…。



日本人は、ちょうど野生の鳥でも手なずけるかのようにして、子どもを育てる。これは日本人独
特の子育て法と言ってもよい。あるアメリカの教育家はそれを評して、「日本の親たちは、子ど
もに依存心をもたせるのに、あまりにも無関心すぎる」と言った。



そして結果として、日本では昔から、親にベタベタと甘える子どもを、かわいい子イコール、「よ
い子」とし、一方、独立心が旺盛な子どもを、「鬼っ子」として嫌う。



●保護と依存の親子関係



 こうした日本人の子育て観の根底にあるのが、親子の上下意識。「親が上で、子どもが下」
と。この上下意識は、もともと保護と依存の関係で成り立っている。親が子どもに対して保護意
識、つまり親意識をもてばもつほど、子どもは親に依存するようになる。こんな子ども(年中男
児)がいた。



生活力がまったくないというか、言葉の意味すら通じない子どもである。服の脱ぎ着はもちろん
のこと、トイレで用を足しても、お尻をふくことすらできない。パンツをさげたまま、教室に戻って
きたりする。



あるいは給食の時間になっても、スプーンを自分の袋から取り出すこともできない。できないと
いうより、じっと待っているだけ。多分、家でそうすれば、家族の誰かが助けてくれるのだろう。



そこであれこれ指示をするのだが、それがどこかチグハグになってしまう。こぼしたミルクを服
でふいたり、使ったタオルをそのままゴミ箱へ捨ててしまったりするなど。



 それがよいのか悪いのかという議論はさておき、アメリカ、とくにアングロサクソン系の家庭で
は、子どもが赤ん坊のうちから、親とは寝室を別にする。「親は親、子どもは子ども」という考え
方が徹底している。こんなことがあった。



一度、あるオランダ人の家庭に招待されたときのこと。そのとき母親は本を読んでいたのだ
が、五歳になる娘が、その母親に何かを話しかけてきた。母親はひととおり娘の話に耳を傾け
たあと、しかしこう言った。「私は今、本を読んでいるのよ。じゃましないでね」と。



●子育ての目標は「よき家庭人」



 子育ての目標をどこに置くかによって育て方も違うが、「子どもをよき家庭人として自立させる
こと」と考えるなら、依存心は、できるだけもたせないほうがよい。そこであなたの子どもはどう
だろうか。



依存心の強い子どもは、特有の言い方をする。「何とかしてくれ言葉」というのが、それである。
たとえばお腹がすいたときも、「食べ物がほしい」とは言わない。「お腹がすいたア〜(だから何
とかしてくれ)」と言う。



ほかに「のどがかわいたア〜(だから何とかしてくれ)」と言う。もう少し依存心が強くなると、こう
いう言い方をする。



私「この問題をやりなおしなさい」

子「ケシで消してからするのですか」

私「そうだ」

子「きれいに消すのですか」

私「そうだ」子「全部消すのですか」

私「自分で考えなさい」

子「どこを消すのですか」と。



実際私が、小学四年生の男児とした会話である。こういう問答が、いつまでも続く。



 さて森Sの歌に戻る。よい年齢になったおとなが、空を見あげながら、「♪おふくろさんよ…
…」と泣くのは、世界の中でも日本人ぐらいなものではないか。よい歌だが、その背後には、日
本人独特の子育て観が見え隠れする。一度、じっくりと歌ってみてほしい。



(参考)



●夫婦別称制度



 日本人の上下意識は、近年、急速に崩れ始めている。とくに夫婦の間の上下意識にそれが
顕著に表れている。内閣府は、夫婦別姓問題(選択的夫婦別姓制度)について、次のような世
論調査結果を発表した(二〇〇一年)。それによると、同制度導入のための法律改正に賛成
するという回答は四二・一%で、反対した人(二九・九%)を上回った。前回調査(九六年)では
反対派が多数だったが、賛成派が逆転。さらに職場や各種証明書などで旧姓(通称)を使用す
る法改正について容認する人も含めれば、肯定派は計六五・一%(前回五五・〇%)にあがっ
たというのだ。



調査によると、旧姓使用を含め法律改正を容認する人は女性が六八・一%と男性(六一・
八%)より多く、世代別では、三〇代女性の八六・六%が最高。別姓問題に直面する可能性が
高い二〇代、三〇代では、男女とも容認回答が八割前後の高率。「姓が違うと家族の一体感
に影響が出るか」の質問では、過半数の五二・〇%が「影響がない」と答え、「一体感が弱ま
る」(四一・六%)との差は前回調査より広がった。



ただ、夫婦別姓が子供に与える影響については、「好ましくない影響がある」が六六・〇%で、
「影響はない」の二六・八%を大きく上回った。調査は二〇〇一年五月、全国の二〇歳以上の
五〇〇〇人を対象に実施され、回収率は六九・四%だった。なお夫婦別姓制度導入のための
法改正に賛成する人に対し、実現したばあいに結婚前の姓を名乗ることを希望するかどうか
尋ねたところ、希望者は一八・二%にとどまったという。



Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



●依存性



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人間が動物としてもっている、(群れ意識)、

それが、依存性に転化した。



その依存性は、本能的であるがゆえに、

なかなか、その輪郭(りんかく)を外には現さない。



そのため、「私は独立心が旺盛だ」と思って

いる人でも、依存性の強い人は、多い。



+++++++++++++++++++



 「よい人間でいよう」「よい夫でいよう」「よい妻でいよう」、さらには、「よい親でいよう」と思うこ
と自体、すでに、それが依存性の表れとみてよい。人間は、だれかを意識し、自分の立場を意
識したとたん、そこに(保護)と(依存)の関係をつくる。



 誤解してはいけないのは、保護意識が強いからといって、依存性が弱いということにはならな
い。「だれかに保護してもらいたい」「だれかに依存したい」という意識が転じて、得てして、それ
が他人を保護するという意識に変わる。そういった例は、親子の間で、よく観察される。



 たとえば子どもの受験競争に狂奔する親。このタイプの親は、一見すると、保護意識が強く、
その分だけ、独立心が旺盛のように見える。しかし実際には、子どもに依存したいという意識
が基本にあって、それが転じて、親をして、子どもの受験競争に駆り立てる。もう少しわかりや
すく言えば、子どもを1人の人間として認めていない。つまりはそれだけ子離れできない、未熟
な親ということになる。



 が、だからといって、依存性のない人はいない。だれでも、多かれ少なかれ、依存性を、体質
としてもっている。実際には、「私は私」と、自分を確立しながら生きるのは、この世界では、容
易なことではない。子どもについて言えば、「うちの子は、うちの子」と、子どもを守りながら生き
るのは、この世界では容易なことではない。



人に依存して生きることによって、自らがもつ重荷を、軽減することができる。その分だけ、気
が楽になる。



 半面、独立的であろうと思えば思うほど、そこにあるのは、(孤独)。言いかえると、依存性が
もつ甘美な世界と、独立性がもつ孤独な世界は、ちょうど対照関係にある。だから人は、無意
識のうちにも、独立的であろうとするよりは、だれかに依存しながら、楽に生きる道を選ぼうと
する。冒頭に書いた、(群れ意識)というのも、そこから生まれた。



 私は、これを昔から、「甘い誘惑」と呼んでいる。が、その甘い誘惑から自分を切り離し、独立
して生きることは、容易なことではない。たとえば(自由)という言葉がある。人が真に自由を求
めようとするなら、まず、この甘い誘惑から自分を切り離さなければならない。



 話がわかりにくくなってきたので、もう少しわかりやすい例で考えてみよう。



 ある教会に、1人の信者がやってきた。その信者は、白内障で、視力がかなり低下していた。
が、その少し前、手術で、白内障が治った。



 その信者は、教会の祭壇の前に正座すると、こう言った。「神様が私を守ってくださったおか
げです」と。何度も何度も手を合わせ、祭壇に向って、礼拝した。



 しかし白内障を治したのは、実は、神ではない。病院のドクターである。しかし依存性、この
ばあい、神への依存性の強い人には、それがわからない。「神様が、白内障を治してくれた」と
考える。しかも白内障といっても、今では、簡単な手術で治すことができる。



 しかしその信者は、自分では、けっして神に依存しているとは、思っていない。「神を信じてい
る」とは言うが、「依存している」とは言わない。しかし依存は、依存。それがわからなければ、
子どもの受験について、合格祈念をしている親の姿を思い浮かべてみればよい。



 そんなことに(力)を貸す仏や神がいたとするなら、その仏や神は、エセと考えてよい。常識の
ある人なら、そう考える。しかし依存性が強くなると、それがわからなくなる。そして子どもが運
よく(?)、目的の学校に合格できたりすると、「仏様のおかげ」「神様のおかげ」と喜ぶ。



 子どもの能力ではない。子どもの努力でもない。仏や神のおかげと、それを喜ぶ。



 こうした依存性と戦うためには、まず自分の中の、依存性に気づくこと。たとえばあなたが子
どもの歓心を買うために、何か高価なプレゼントを買い与える場面を想像してみるとよい。そ
のときあなたは、心のどこかで、「買ってやる」という、(やる意識)をもつかもしれない。



 それも立派な、依存性である。だから子どもがあなたの期待に応えなかったりすると、「あん
な高価なものを買ってやったのに」と、子どもを叱ったりする。子どもが高校受験に失敗した日
に、私にこう言った母親さえいた。「子どものころから、音楽教室や体操教室に通わせました
が、みんな、ムダに終わりました」と。……ムダ?



 さらにそれが高じてくると、子どもに向って、「産んでやった」「育ててやった」「大学まで出して
やった」となる。が、それについては、もう、何度も書いてきたので、ここでは省略する。



 話をもどす。



 概していえば、日本人は、民族学的な視点からしても、依存性のたいへん強い国民である。
日本人独特の集団意識、ムラ意識などに、その例をみる。「みなで渡れば、こわくない」という
発想を共にもつ。つまりそれだけ日本人は、独立心が弱く、さらにその分だけ、(自由)というも
のがどういうものであるか、それを知らないでいる。自由とは、もともとは、「自らに由(よ)る」と
いう意味である。



 ……以上、思いついたまま、メモ風に書いたので、どこかチグハグな感じがしないでもない。
雑感として、ここに記録する。(07年3月9日)



+++++++++++++++++



つぎの原稿を書いてから、もう4年に

なる。



同じ、(依存性)をテーマにした原稿だが、

そのままここに紹介する。



+++++++++++++++++



●依存心



 依存心の強い子どもは、独特の話し方をする。おなかがすいても、「○○を食べたい」とは言
わない。「おなかが、すいたア〜」と言う。言外に、(だから何とかしろ)と、相手に要求する。



 おとなでも、依存心の強い人はいくらでもいる。ある女性(67歳)は、だれかに電話をするた
びに、「私も、年をとったからネエ〜」を口グセにしている。このばあいも、言外に、(だから何と
かしろ)と、相手に要求していることになる。



 依存性の強い人は、いつも心のどこかで、だれかに何かをしてもらうのを、待っている。そう
いう生きざまが、すべての面に渡っているので、独特の考え方をするようになる。つい先日も、
ある女性(60歳)と、K国について話しあったが、その女性は、こう言った。「アメリカが何とかし
てくれますよ」と。



 自立した人間どうしが、助けあうのは、「助けあい」という。しかし依存心の強い人間どうしが、
助けあうのは、「助けあい」とは言わない。「なぐさめあい」という。一見、なごやかな世界に見え
るかもしれないが、おたがいに心の弱さを、なぐさめあっているだけ。総じて言えば、日本人が
もつ、独特の「邑(むら)意識」や「邑社会」というのは、その依存性が結集したものとみてよい。
「長いものには巻かれろ」「みんなで渡ればこわくない」「ほかの人と違ったことをしていると嫌
われる」「世間体が悪い」「世間が笑う」など。こうした世界では、好んで使われる言葉である。



 こうした依存性の強い人を見分けるのは、それほどむずかしいことではない。



●してもらうのが、当然……「してもらうのが当然」「助けてもらうのが当然」と考える。あるいは
相手を、そういう方向に誘導していく。よい人ぶったり、それを演じたり、あるいは同情を買った
りする。「〜〜してあげたから、〜〜してくれるハズ」「〜〜してあげたから、感謝しているハズ」
と、「ハズ論」で行動することが多い。



●自分では何もしない……自分から、積極的に何かをしていくというよりは、相手が何かをして
くれるのを、待つ。あるいは自分にとって、居心地のよい世界を好んで求める。それ以外の世
界には、同化できない。人間関係も、敵をつくらないことだけを考える。ものごとを、ナーナーで
すまそうとする。



●子育てに反映される……依存性の強い人は、子どもが自分に対して依存性をもつことに、ど
うしても甘くなる。そして依存性が強く、ベタベタと親に甘える子どもを、かわいい子イコール、で
きのよい子と位置づける。



●親孝行を必要以上に美化する……このタイプの人は、自分の依存性(あるいはマザコン性)
を正当化するため、必要以上に、親孝行を美化する。親に対して犠牲的であればあるほど、
美徳と考える。しかし脳のCPUがズレているため、自分でそれに気づくことは、まずない。だれ
かが親の批判でもしようものなら、猛烈にそれに反発したりする。



依存性の強い社会は、ある意味で、温もりのある居心地のよい世界かもしれない。しかし今、
日本人に一番欠けている部分は何かと言われれば、「個の確立」。個人が個人として確立して
いない。あるいは個性的な生き方をすることを、許さない。いまだに戦前、あるいは封建時代
の全体主義的な要素を、あちこちで引きずっている。そしてこうした国民性が、外の世界から
みて、日本や日本人を、実にわかりにくいものにしている。つまりいつまでたっても、日本人が
国際人の仲間に入れない本当の理由は、ここにある。

(03−1−2)



●人情は依存性を歓迎し、義理は人々を依存的な関係に縛る。義理人情が支配的なモラルで
ある日本の社会は、かくして甘えの弥慢化した世界であった。(土居健郎「甘えの構造」)



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ついでにもう1作。

中日新聞発表済み。



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●己こそ、己のよるべ



 法句経の一節に、『己こそ、己のよるべ。己をおきて、誰によるべぞ』というのがある。法句経
というのは、釈迦の生誕地に残る、原始経典の一つだと思えばよい。釈迦は、「自分こそが、
自分が頼るところ。その自分をさておいて、誰に頼るべきか」と。つまり「自分のことは自分でせ
よ」と教えている。



 この釈迦の言葉を一語で言いかえると、「自由」ということになる。自由というのは、もともと
「自らに由る」という意味である。つまり自由というのは、「自分で考え、自分で行動し、自分で
責任をとる」ことをいう。好き勝手なことを気ままにすることを、自由とは言わない。子育ての基
本は、この「自由」にある。



 子どもを自立させるためには、子どもを自由にする。が、いわゆる過干渉ママと呼ばれるタイ
プの母親は、それを許さない。先生が子どもに話しかけても、すぐ横から割り込んでくる。



私、子どもに向かって、「きのうは、どこへ行ったのかな」

母、横から、「おばあちゃんの家でしょ。おばあちゃんの家。そうでしょ。だったら、そう言いなさ
い」

私、再び、子どもに向かって、「楽しかったかな」

母、再び割り込んできて、「楽しかったわよね。そうでしょ。だったら、そう言いなさい」と。



 このタイプの母親は、子どもに対して、根強い不信感をもっている。その不信感が姿を変え
て、過干渉となる。大きなわだかまりが、過干渉の原因となることもある。ある母親は今の夫と
いやいや結婚した。だから子どもが何か失敗するたびに、「いつになったら、あなたは、ちゃん
とできるようになるの!」と、はげしく叱っていた。



 次に過保護ママと呼ばれるタイプの母親は、子どもに自分で結論を出させない。あるいは自
分で行動させない。いろいろな過保護があるが、子どもに大きな影響を与えるのが、精神面で
の過保護。「乱暴な子とは遊ばせたくない」ということで、親の庇護のもとだけで子育てをするな
ど。子どもは精神的に未熟になり、ひ弱になる。俗にいう「温室育ち」というタイプの子どもにな
る。外へ出すと、すぐ風邪をひく。



 さらに溺愛タイプの母親は、子どもに責任をとらせない。自分と子どもの間に垣根がない。自
分イコール、子どもというような考え方をする。ある母親はこう言った。「子ども同士が喧嘩をし
ているのを見ると、自分もその中に飛び込んでいって、相手の子どもを殴り飛ばしたい衝動に
かられます」と。



また別の母親は、自分の息子(中2)が傷害事件をひき起こし補導されたときのこと。警察で最
後の最後まで、相手の子どものほうが悪いと言って、一歩も譲らなかった。たまたまその場に
居あわせた人が、「母親は錯乱状態になり、ワーワーと泣き叫んだり、机を叩いたりして、手が
つけられなかった」と話してくれた。



 己のことは己によらせる。一見冷たい子育てに見えるかもしれないが、子育ての基本は、子
どもを自立させること。その原点をふみはずして、子育てはありえない。












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●運命論



+++++++++++++++



私が知る私の範囲には、限界がある。

ときに私は、私の知らない世界によって、

自分の進む道を決められてしまうことも

ある。



それを人は「運命」と呼ぶ。



+++++++++++++++



 ほんのささいな過ちや、ほんのささいな妥協が、その人のそれからの人生を狂わすことはよく
ある。とくに男女の仲はそうで、不本意な結婚、不本意な出産が、その人を不幸のどん底にた
たき落とすことは、珍しくない。



言いかえると、今、それこそ電撃に打たれるような恋をして、相思相愛、双方の家族の温かい
理解に恵まれ結婚できる人など、どれほどいるというのか。



「自分の運命は自分でつくるもの。虚偽や不正は絶対に排撃しなければならない」と言ったの
はチェーホフ(「彼のモットー」)だが、そういった強い生き方をできる人は、どれほどいるという
のか。



たいていの人は、そのときの「流れ」にのまれ、「まあ、こんなものか」「何とかなるだろう」という
思いの中で、ずるずると流れの中に、身を沈めてしまう。埼玉県所沢市に住むUさん(女性、3
4歳)がそうだ。



 Uさんから、こんなメールが届いた。いわく、「不本意な結婚、子育て、旦那の宗教、また世間
体重視の旦那の価値観。そして私の実家は男尊女卑。親の暴力も日常茶飯事だった……」
と。

 

 私には運命というものがあるのかどうかは、わからない。仮にあるにせよ、生きているのは私
たち自身だし、その運命の最後の最後で、ふんばって生きるのも私たち自身である。決して運
命に身を任せてはいけない。つまり任せないところに、人間が人間としてもつ気高さがある。無
数のドラマもそこから生まれる。



ただ結婚や出産がほかの運命と違うところは、そのこと自体が、一生を左右するということ。一
度その流れの中に入ると、途中で軌道修正することは、たいへんむずかしい。1年、2年とがま
んしているうちに、その分だけ、人生そのものが短くなっていく。そしてその短くなった分だけ、
後悔の念が強くなる。



実のところ、私にも、今のワイフと結婚する前、好きな女性がいた。結局、その女性とは別れ、
そのあと数年して、今のワイフと知りあい、結婚した。どちらかというと、成りゆき結婚だった。
あとで聞いたら、ワイフも、「私はあなたなんかと結婚するつもりはなかったのよ」と。結婚した
のは、私の早とちりからだった。今のワイフが「うちへ遊びにきて」と言ったのを、「責任を取らさ
れる」と早とちりした。そして自分のほうから、ワイフの父親の前で結婚を口にしてしまった。
「結婚します。収入はこれだけです。しばらくはアパートで暮らします」と。



驚いたのはワイフのほうだった。あとで「私は遊びにきてと言っただけ」と言われたときには、私
のほうは、もう身動きがとれない状態になっていた。



 が、だからといって、その私が不幸になったわけではない。ワイフにしてもそうだ。結婚のしか
たこそ、そうであったかもしれないが、それとて、私を超えた運命が、そういう状況を作ったの
かもしれない。



 私といっても、私を知る範囲には、限界がある。私の知らない世界で、私が動かされることだ
って、ある。



 今にしてみると、私は、別の心で、やすらぎを求めていたのかもしれない。今のワイフは、現
在に至るまで、私にそのやすらぎを与えつづけていてくれる。つまり私は、無意識のうちにも、
今のワイフのような女性を求め、そして結婚した。



 反対に、私のワイフが、今のワイフのようでなかったとしたら……。それを想像するだけでも、
ぞっとする。



 大切なことは、そこに運命を感じたら、そっと静かに、それに身を寄せてみるということ。運命
というのは、それを受け入れたものには、やさしく微笑みかけ、反対に、それを拒絶したものに
は、悪魔となって、襲いかかる。



 所沢市に住むUさんには、こう書いた。



 「どんな人でも、その人の身のまわりには、どうにかなる問題と、反対にどうにもならない問題
があるのではないでしょうか。



 どうにかなる問題については、努力でがんばりましょう。しかしどうにもならない問題について
は、あきらめて、それを受け入れましょう。すなおに、『私はこうなんだ』と割り切ってしまうので
す。すると、肩から力が抜け、心が軽くなりますよ」と。



(補足)



 たまたま昨日は、「ピック病」という病気が気になって、それを調べていた。認知症のひとつに
考えられているが、それが原因で、それなりに社会的地位があり、それなりに分別があると思
われる人が、万引きをしたりすることもあるという。



 40〜50代で発症することが多いそうだ。アルツハイマー病よりは、発症率は低いという。



 で、そういう病気にしても、(私)を離れたところで、発祥する。つまり「自分は病気である」とい
う病識がないという。



 運命も、ある意味で、「病識のない病気」と似ているのではないか。たいていのばあい、私の
知らない世界から、私に指令を出し、私を動かしていく。



 あまり関係のない話かもしれないが、今、ふと、そう感じたので、それをそのまま書いておく。



【Uさんへ】



 自分で選んだ人生は、たとえ失敗しても、後悔しない。しかし他人に選ばれた人生は、たとえ
成功しても、最後の満足感は得られない。よく親の反対を押し切り、結婚したり、駆け落ちした
りする人がいる。周囲の人は、「どうせ失敗する」と笑うが、笑うほうがおかしい。私の知人にこ
んな人がいる。



 その男性(40歳)のとき、それまでの会社勤めをやめ、単身マレーシアのクアラルンンプー
ルに渡った。そこで中古のヨットを購入。私がその話をその男性の兄から聞いたときは、「今ご
ろは、フランス人の女性と、フランスに向けて、インド洋を航海しているはずです」ということだっ
た。



 私はこの話を聞いたとき、「上には上がいるもんだなあ」と思った。もちろん航海といっても、
私たちが頭の中で想像するほど、ロマンチックなものでない。まさに命がけ。その男性にして
も、たまたま独身だったからできたこと。しかしそこに、限りないあこがれを感ずるのは、反対
に私たちの日常的な生活が、あまりにも味気ないからではないのか。



平凡であることは、それ自体は、美徳かもしれない。しかし人間はそれでは満足できない何か
をもっている。どこかのテーマパークの標語を借りるなら、「夢と冒険とロマン」こそが、人間に
生きる活力を与える。



 と、言っても、失敗は恐ろしい。が、それ以上に恐ろしいのは、失敗を恐れて、自分の人生を
闇に葬ること。「何かをしたかった」「何かができたはずだ」「何かをやり残した」という思いの中
で、悶々とした日々を過ごす。それほど不幸なことはない。



人生が永遠であれば、それでもよいが、しかし人生には限りがある。健康にせよ、気力にせ
よ、年齢とともに衰える。「明日こそ何かをしよう」と思っていても、その明日そのものが、なくな
ってしまう。そんなわけで、要は勇気の問題ということか。



 さて私たち夫婦のこと。そういう結婚だったから、私は最初からワイフには、多くを期待してい
なかった。多分、ワイフも何も期待していなかったと思う。私にしても、恋愛はもうこりごりという
状況での結婚だった。が、振り返ってみると、それがかえってよかったのかもしれない。やがて
長男が生まれ、二男、三男とつづくうちに、私もワイフも、「家庭」の中にすっかり取り込まれて
しまった。



 それにもうひとつ私たち夫婦を支えたものはといえば、いつも生活そのものが、断崖絶壁に
立たされていたこと。私もワイフも、親戚縁者の援助はもちろんのこと、実家の援助もいっさ
い、期待できなかった。収入も不安定だった。



ただひとつすがれるものはと言えば、健康しかなかった。そういう生活だったから、私はワイフ
と力を合わせるしかなかった。夫婦げんかをして、どんなに家庭の中がメチャメチャになってい
ても、仕事だけは放棄しなかった。それが結果として、今までかろうじて「家族」の形を保ってい
る理由ではないか。



 運命は、私たちの努力で変えられる。それに身を負かせば、運命は運命だが、しかし足をふ
んばって、それと戦う姿勢を示したとき、運命のほうから、別のドアをあけてくれる。運命は決し
て、不変ではない。問題は、運命があることではなく、運命があるとあきらめてしまう人間のほ
うにある。たとえ不本意な結婚をし、不本意な出産をしたとしても、運命をのろってはいけない。
のろえば、それこそ運命の思うツボ。大切なことは、「今という現実」をしっかりと見つめ、そこを
原点として、前向きに生きること。方法はいくらでもある。



まず、どうにもならない問題と、何とかなる問題を分ける。

 つぎに、どうにもならない問題には、目をつぶり、あきらめる。

 そして何とかなる問題については、徹底的に戦う。



 冒頭にあげたUさんについて言うなら、結婚して、子どもがいるという事実は、これはどうにも
ならない問題。それが運命だというのなら、運命でもよい。しかしそういう運命はのろってはい
けない。のろえば、生き方そのものがうしろ向きになってしまう。



 が、今、Uさんは、生きザマは変えることができる。夫や、そして子どもの悪い面を見るので
はなく、よい面だけを見て、「今」を出発点に、人生を組みなおす。それはちょうど、棚から落ち
た人形のようなもの。こわれたことを嘆いても始まらない。大切なことは、再利用できるものは
別によりわけて、こわれた人形を片づけること。それでも、どうしても人形がほしいというのであ
れば、新しく買えばよい。



繰り返すが、こわれた人形を前にして、嘆き悲しんでも、意味はない。悲しめば悲しむほど、そ
れこそ運命の思うツボ。あなたの人生は、何も変わらないばかりか、かえってあなたを不幸に
する。



 最後に一言。運命に身を任すも、任さないも、それはその人自身の意思による。それは決し
て運命ではない。自分の意志だ。そしてさらに一言。幸福であるとか、ないとかいうことは、決し
て運命のなせるわざではない。あなた自身の意思で決めることである。



 Uさん、心から応援します。がんばってください。












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●園の方針



はじめまして。

はやし先生にぜひご相談したく、メールさせていただいています。



私はH市に住んでいます、EAと申します。



はやし先生のことは中日新聞の連載を読みとても共感でき、勉強にもなり、

S町で、行われた講演会にも参加させて、いただきました。



今は、三年生の二男が、月刊雑誌「ファミリス」をもってきています。



今回ご相談したいことは。幼稚園の園長先生のことなのですが、

私には三人の子が、いますが、上の子が、幼稚園に通っている時と、園の雰囲気が、

あまりにみかけ離れてしまいました。公立の幼稚園にもかかわらず、ものすごく

かたくるしくて、息苦しい感じになってしまい、残念でしかたがありません。



そのため、これで、子どもたちは、大丈夫なのだろうか?、という不安にかられます。



具体的に言いますと、まず、外遊びが、とてもへってしまったこと。

どろんこ遊びなどは、ほとんどなく、砂場も二つあるうちのひとつは日陰で、

今では、物置になってしまいました。



いままで、何年もの間、使えたものが、です。



また、小さな池が作ってあり、水遊びもでできましたが、それも今では

そこも危ないということで、水が抜いてあります。



そのほか、以前は、小動物も何匹か飼っていましたが、それもなくなりました。



プロレスのような遊びも、禁止です。友だちとの物の取りあい、

もちろん喧嘩など、もってのほか。すべて危ないからだそうです。



私はこういったことから、ものすごく大切なものを幼少期時代に

学べると思っているのですが、あれはだめ、これはだめ、とがんじがらめなのです。



不満を感じているお母さんたちもかなり多いのですが、

直接園長先生の話しても結局言い訳ばかりで、何となくはぐらかされてしまい、

話にならないという感じです。



現状をわかっていただこうと息子の学校の先生にも、相談してみました。

こちらの幼稚園にくる前にも、何かと、問題のあった園長のようです。



こちらの方も今年で三年目なのですが、色々な園長先生がいると、

それは、それで、対応していった方が良いのでしょうか?



子どもたちにとって、三年間この園長先生の方針で、園生活を送り、

今経験しなくては、いけないことをしなかったことに

よって、一〇年後の友だちとのかかわり方など、問題はおきないのだろうか、

と真剣に悩んでいます。



そこまで、心配しなくても、他のことで、学んでいくのでしょうか?



もう少しのびのびした園生活をおくらせてあげたいのですが……

突然のメールでながながと愚痴を書いてしまい、申し訳ありません。



ぜひ、はやし先生のお考えを聞かせていただきたいと思います。

よろしくお願いいたします。



++++++++++++++++++++++++



【EAさんへ……】



 家庭教育の主導権は、だれがもつかという問題に、行きつくと思います。「家庭」か、それとも
「園」か?



 EAさんのご質問を読んで、最初に気になったのは、「何でも、幼稚園で……」という姿勢で
す。「その幼稚園が、願ったような教育をしてくれないから、不満」というわけです。



 しかし、ね、EAさん。家庭教育の主導権は、あくまでも、家庭にあります。保育園にせよ、幼
稚園にせよ、その家庭教育を支える、補助的な存在でしかありません。もともと「教育」というの
は、そういう目的から出発しました。



 全体主義国家、軍事国家、貴族国家では、教育は、「民づくり」の道具として使われ、また使
われています。残念ながら、この日本には、いまだにその亡霊が、はびこっています。教育を
受ける側にも、その亡霊が、はびこっています。



 そこでどうでしょうか、発想を、少し変えてみるのです。



 家庭でできないことを、園でしてもらう。園でしないことは、自分でする、とです。これは、欧米
人の発想です。



 アメリカでは、公立の小学校でも、カリキュラムは、その学校の先生と、親たちで決めていま
す。先生を、親たちが雇って、自分で開いている学校も、少なくありません。「チャータースクー
ル」というのが、それです。



 そういう学校を見ていると、「では、日本の学校は、いったい、何か?」ということになります。
事実、私は、そう思いました。



 日本では、いまだに学歴信仰が、ハバをきかせています。それを学校神話が支えています。
「学校は絶対」という考え方です。



 以前は、それが「学校」でした。が、今は、それが低年齢化し、「幼稚園」や「保育園」となった
わけです。「幼稚園は絶対」「保育園は絶対」と、です。EAさんのメールを読んでいると、そんな
感じすら、します。



 つまりEAさん自身が、「幼稚園はそういうところ」と思い込んでいる?、のではないか、という
ことです。まちがっていたら、ごめんなさい。



 こうした依存性は、実は、日本人独特のものと言ってもよいでしょう。「何でも、お上(かみ)に
してもらう」という姿勢です。そのために、お上には、従順に従う。命令なら、何でも聞くというよ
うに、です。



 事実、一方で、砂場の不衛生問題、紫外線問題、いじめ問題など、学校のみならず、園に
も、山積しています。こと野外活動について言うなら、紫外線については、日本人も、もう少し慎
重になったほうがよいのではないでしょうか。紫外線というのは、言うまでもなく、人体にきわめ
て有害な、放射線です。



 オーストラリアでは、その時期になると、紫外線情報を流し、子どもたちに外出禁止命令が出
されます。ふだんでも、ツバの広い帽子をかぶり、サングラスをしています。



 けんかや、いじめについては、先生もたいへん苦しい立場にあると思います。EAさんのよう
な方がいらっしゃる一方で、そういうことを絶対に許さない親たちもいます。先日もある小学校
(I町I小学校)で講演をしましたが、その学校の校長先生が、こっそりと、こう話してくれました。



 「今、現場の先生たちが、みな、萎縮してしまっている」と。



 ささいな暴力事件でも、ことさら大げさに考えて、学校の責任を追及する親たちがいるからで
す。で、その結果、「萎縮してしまっている」と。



 こうした問題の原因は、何かというと、冒頭に書いた、「何でも学校で」という、学校神話です。
話はそれますが、不登校の問題にしても、その流れの中にあります。「学校とは、絶対に行か
ねばならないところ」という発想です。そういうがんじがらめの発想が、不登校の問題を、ことさ
ら大きくしてしまいます。



 EAさんのご意見について、否定的なことばかり書きましたが、そこでどうでしょう。ここは、ほ
んの少しだけ、発想を変えてみられては……。



 「幼稚園でできないことは、自分でしてみよう」「幼稚園でしてくれないことは、自分でしてみよ
う」と、です。



 そうすれば、ずいぶんと、荷が軽くなるはずです。また幼稚園に対する不満も、消えるはずで
す。ドイツやイタリアでは、親たちは、そう考えて、子どもの教育に当たっています。クラブ制度
が発達し、たいていの子ども(中学生)たちは、午前中で授業を終え、それぞれのクラブに通っ
て、好き勝手なことをしています。本来、個性を伸ばす教育というのは、そういう教育を言うの
ですね。



 幼稚園の園長が、何かと、はぐらかしてしまう……というのは、そのあたりに理由があるよう
に思います。つまり一方で、「それを望まない親たちがいる」ということです。しかしそういう親が
いることは、言えない。また批判もできない。そこで「何となく、はぐらかされてしまい……」とな
るのですね。



 多分、私が園長でも、同じような、あいまいな説明をするしかないと思います。



 また、これは私の経験ですが、私は、以前は、よく生徒たちを連れてキャンプに行ったりしま
した。しかし事故が起きたら、それこそ、たいへんです。



 知りあいの先生が、自分の教え子たちを、キャンプに連れていったことがあります。もちろん
無料。ボランティア。しかしそのキャンプをしているとき、がけの上から、大きな岩が落ちてき
て、その中の一人が死んでしまいました。これはG県I村で、実際に、起きた事件です。



 この事件は新聞にも載りましたが、その先生は、当時、三〇〇〇万円も、慰謝料などを請求
されました。二〇年近く前のことですから、今のお金になおすと、一億円近い金額になります。



 ボランティアということで、当然(?)、保険には入っていませんでした。その先生は、そのあと
どうなったか? ここに書くのもつらいですが、自己破産、離婚……など。しかし、その話を聞
いからというもの、私は、生徒たちを、キャンプに連れていくのを、やめました。



 他人の子どもを預かるというのは、本当に、たいへんなことです。園長をかばうわけではあり
ませんが、それこそ毎日、目が回るほどの、忙しさです。相手が幼児となると、さらにたいへん
です。



 私も、この三週間、たった一人の孫(一歳)に、朝から番まで、翻弄(ほんろう)されました。ほ
んの少し目を離したとたん、倒れて、テーブルの角で頭をぶったりします。自分の子どもなら、
こうまで疲れないだろうなというほど、疲れました。



 で、こういう問題は、たとえば教育委員会レベルまでもちあげても、解決はしないだろうと思い
ます。問題の「性質」そのものが、教育委員会で、どうこうなる種類のものではないからです。
そこでその方針を、どうやって、縁側に伝えていくかですが、実のところ、ここにも大きな限界が
あります。私立幼稚園ならまだしも、公立幼稚園となると、なおさらです。



 そこで視点を大きく変えて、では、そういう指導法が、子どもにどのような影響を与えるかにつ
いて、考えてみます。EAさんは、「子どもたちにとって、三年間この園長先生の方針で、園生活
を送り、今経験しなくては、いけないことをしなかったことによって、一〇年後の友だちとのかか
わり方など、問題はおきないのだろうか」と書いておられます。



 人の基本的な人間関係は、母と子の間で、形成されます。しかもその時期は、かなり初期
で、〇歳から一、二歳にかけてです。これは発達心理学の世界でも、常識です。その基本的な
人間間系が、やがてワクを広げて、先生と子ども、子どもと子どもとの関係へと、応用されてい
きます。ですから、この点については、EAさんのご心配は、まったく、無用かと思います。



 つまりこの時期、友人関係が制限されたからといって、交友関係が結べなくなるとか、あるい
は反対に、制限されなかったからといって、交友関係が結べるようになるとか、そういうことは
ありません。子どもの交友関係は、もっと別のところで、別の形で、論じられるべき問題です。



 そこでもう少し深く、「今、経験すべきこと」について、考えてみます。昔、フルグラムという人
は、「人生で必要な知識はすべて砂場で学んだ」と書いています。それについて書いた原稿
を、二作、ここに添付します。少し脱線するかもしれませんが、お許しください。



+++++++++++++++++



●遊びが子どもの仕事



 「人生で必要な知識はすべて砂場で学んだ」を書いたのはフルグラムだが、それは当たらず
とも、はずれてもいない。



「当たらず」というのは、向こうでいう砂場というのは、日本でいう街中の公園ほどの大きさがあ
る。オーストラリアではその砂場にしても、木のクズを敷き詰めているところもある。



日本でいう砂場、つまりネコのウンチと小便の入りまざった砂場を想像しないほうがよい。また
「はずれていない」というのは、子どもというのは、必要な知識を、たいていは学校の教室の外
で身につける。実はこの私がそうだった。



 私は子どものころ毎日、真っ暗になるまで近くの寺の境内で遊んでいた。今でいう帰宅拒否
の症状もあったのかもしれない。それはそれとして、私はその寺で多くのことを学んだ。けんか
のし方はもちろん、ほとんどの遊びもそうだ。性教育もそこで学んだ。



……もっとも、それがわかるようになったのは、こういう教育論を書き始めてからだ。それまで
は私の過去はただの過去。自分という人間がどういう人間であるかもよくわからなかった。い
わんや、自分という人間が、あの寺の境内でできたなどとは思ってもみなかった。しかしやはり
私という人間は、あの寺の境内でできた。



 ざっと思い出しても、いじめもあったし、意地悪もあった。縄張りもあったし、いがみあいもあ
った。おもしろいと思うのは、その寺の境内を中心とした社会が、ほかの社会と完全に隔離さ
れていたということ。



たとえば私たちは山をはさんで隣り村の子どもたちと戦争状態にあった。山ででくわしたら最
後。石を投げ合ったり、とっくみあいのけんかをした。相手をつかまえればリンチもしたし、つか
まればリンチもされた。



しかし学校で会うと、まったくふつうの仲間。あいさつをして笑いあうような相手ではないが、し
かし互いに知らぬ相手ではない。目と目であいさつぐらいはした。つまり寺の境内とそれを包
む山は、スポーツでいう競技場のようなものではなかったか。競技場の外で争っても意味がな
い。



つまり私たちは「遊び」(?)を通して、知らず知らずのうちに社会で必要なルールを学んでい
た。が、それだけにはとどまらない。



 寺の境内にはひとつの秩序があった。子どもどうしの上下関係があった。けんかの強い子ど
もや、遊びのうまい子どもが当然尊敬された。そして私たちはそれに従った。親分、子分の関
係もできたし、私たちはいくら乱暴はしても、女の子や年下の子どもには手を出さなかった。仲
間意識もあった。



仲間がリンチを受けたら、すかさず山へ入り、報復合戦をしたりした。しかしそれは日本という
より、そのまま人間社会そのものの縮図でもあった。だから今、世界で起きている紛争や事件
をみても、私のばあい心のどこかで私の子ども時代とそれを結びつけて、簡単に理解すること
ができる。



もし私が学校だけで知識を学んでいたとしたら、こうまですんなりとは理解できなかっただろう。
だから私の立場で言えば、こういうことになる。「私は人生で必要な知識と経験はすべて寺の
境内で学んだ」と。



+++++++++++++++++



●ギャング集団



 子どもは、集団をとおして、社会のルール、秩序を学ぶ。人間関係の、基本もそこで学ぶ。そ
ういう意味では、集団を組むというのは、悪いことではない。が、この日本では、「集団教育」と
いう言葉が、まちがって使われている。



 よくある例としては、子どもが園や学校へ行くのをいやがったりすると、先生が、「集団教育に
遅れます」と言うこと。このばあい、先生が言う「集団教育」というのは、子どもを集団の中にお
いて、従順な子どもにすることをいう。



日本の教育は伝統的に、「もの言わぬ従順な民づくり」が基本になっている。その「民づくり」を
すること、つまり管理しやすい子どもにすることが、集団教育であると、先生も、そして親も誤解
している。



 しかし本来、集団教育というのは、もっと自発的なものである。また自発的なものでなければ
ならない。たとえば自分が、友だちとの約束破ったとき。ルールを破って、だれかが、ずるいこ
とをしたとき。友だちどうしがけんかをしたとき。何かものを取りあったとき。友だちが、がんば
って、何かのことでほめられたとき。あるいは大きな仕事を、みなで力をあわせてするとき、な
ど。



そういう自発的な活動をとおして、社会の一員としての、基本的なマナーや常識を学んでいくの
が、集団教育である。極端な言い方をすれば、園や学校など行かなくても、集団教育は可能な
のである。それが、ロバート・フルグラムがいう、「砂場」なのである。もともと「遅れる」とか、「遅
れない」とかいう言葉で表現される問題ではない。



 だから言いかえると、園や学校へ行っているから、集団教育ができるということにはならな
い。行っていても、集団教育されない子どもは、いくらでもいる。集団から孤立し、自分勝手で、
わがまま。他人とのつながりを、ほとんど、もたない。こうした傾向は、子どもたちの遊び方に
も、現れている。



 たとえば砂場を見ても、どこかおかしい? たとえば砂場で遊んでいる子どもを見ても、みな
が、黙々と、勝手に自分のものをつくっている。私たちが子どものときには、考えられなかった
光景である。



 私たちが子どものときには、すぐその場で、ボス、子分の関係ができ、そのボスの命令で、バ
ケツで水を運んだり、力をあわせてスコップで穴を掘ったりした。そして砂場で何かをするにし
ても、今よりはスケールの大きなものを作った。が、今の子どもたちには、それがない。



+++++++++++++++++++++



【EAさんへ……】



 そこでどうでしょうか、つぎのように考えてみたら……。



 幼稚園でできること。幼稚園がしてくれること。そして一方、幼稚園でできないこと。幼稚園で
してくれないこと。これらを、しっかりと頭の中で、分けてみたらどうでしょうか。



 一つの参考例を、ここにあげてみます。



 埼玉県にある、ある幼稚園では、親どうしが相談して、子どもを預かりあうという活動をしてい
ます。Aさんが、BさんとCさんの子どもを預かり、一晩、世話をする。つぎに今度は、Bさんが、
AさんとCさんの子どもを預かり、一晩、世話をするという活動です。



 「他人の家の釜のメシを食べさせることによって、自分の家の釜のメシの味が、よくわかるよ
うになる」という、園長の方針で、それが始まりました。



 しかし問題は、すぐ起きました。プライバシーが、筒抜けになってしまうというわけです。「そこ
までプライバシーを開示していいのか」という異論も出ました。生活レベルの違いもあるからで
す。



そこでその幼稚園では、ごく親しい人たちの間で、たがいに納得できる人どうしの間で、子ども
の世話をしあうという方針に変えたそうです。



 しかし方法としては、おもしろいですね。EAさんも、幼稚園から離れたところで、独自の姿勢
と方針で、こうした活動をしてみたら、いかがでしょうか。また最近では、野外活動を積極的に
するクラブも、あちこちに生まれています。そういうクラブを通して、子どもに、いろいろ体験さ
せるという方法もあります。



 最後に、子育ては、親がするものだということ。幼稚園でも、学校でもありません。どこでどの
ように学び、成長していくかは、子どもの問題ですが、それを助け、励ましていくのは、親だとい
うことです。そういう原点に立ちかえって、幼稚園のあり方を、もう一度、さぐってみてください。



 ただし、EAさんのように、子育てや、教育、子どもを包む環境に関心をもつことは、とても大
切なことです。決して、EAさんが、まちがっているとか、そういうことではありません。



 こうした問題意識を、より多くの親たちがもつことによって、日本の教育も、よくなります。私も
ある時期、何でも学校で……、何でも幼稚園で……という発想で、学校や幼稚園を批判したこ
とがあります。しかしそれも一巡すると、そういう発想そのものが、おかしいと、気がつきまし
た。



 そして今は、この回答の冒頭に書いたように、家庭教育の主導権は、だれがもつかという問
題に、行きつきました。「家庭」か、それとも「園」か?……と、です。



 最後に、決して、EAさんのお子さんが通っている幼稚園を擁護しているわけではありません
が、(また擁護しなければならない立場にもありませんが)、こと幼児教育について言えば、あ
る程度の「適当さ」も、大切だということです。



 「行きたければ行けばいいのよ」「適当に行けばいいのよ」「あなたなりに、楽しんできなさい」
と、です。そういうおおらかさが、一方で、子どもを伸ばすのも事実です。こと、人間関係につい
ては、一〇年後のことは、悩まないこと。それを決めるのは、あなたではなく、子ども自身だか
らです。もうすでに、年齢的に、あなたの子どもは、少しずつですが、親離れの準備を始めてい
るはずです。いかがでしょうか?

(031022)








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●親どうしの交際



【心の洗濯・さわやかに生きる】



+++++++++++++



毎日をさわやかに生きるために

は、いろいろなコツがある。



+++++++++++++



●他人の生活をのぞかない



 他人の子どもの学歴や、進学先、成績などは、気にしないこと。それはその他人のため

というよりは、あなた自身のためである。



 少し話がそれるが、こんな事件が身近であった。



 10年ほど前だろうか、近所に住むA氏(40歳、当時)から、こんな相談があった。

何でも、そのA氏の自宅の東側に住むB氏(50歳、当時)が、A氏の家の中を、いつも のぞい
ているというのだ。それでA氏の妻が、気味悪がって、不眠症になってしまった、

と。



 そこでA氏が、B氏に、「そういうことは、やめてほしい」と注意すると、B氏は、猛然とそれに
反発して、こう言ったという。



 「お前こそ、オレの家をのぞいているではないか。オレのウチは、そのため、すべての

窓ガラスを、型ガラスにかえたんだぞ!」と。



 A氏には、まったく身に覚えのない話だった。つまりB氏は、いつもA氏の家の中をの

ぞいていた。それでB氏は、自分もA氏にのぞかれていると思ったらしい。これに似た話

は、よくある。



 たとえば他人の私生活を気にする人は、同時に、自分が世間からどう見られているかを

気にする。つまり他人の生活をのぞく人は、のぞいた分だけ、今度は、自分の生活がのぞ

かれているのではないかと恐れる。あるいはそういった被害妄想を、もちやすい。冒頭に

あげたB氏が、そういう人だった。



 だから他人の子どもの学歴や、進学先、成績などは、気にしないこと。気にすればする

ほど、今度は、あなたが、自分の子どものことで、他人の目を気にするようになる。



 25年ほど前のことだが、いつも娘(高校生)を、車で送り迎えしていた母親がいた。「近所の
人に、娘の制服を見られるのが、恥ずかしかったから」というのが、その理由らしい。あるい
は、(これはホントの話だぞ……)、駅で制服を着替えてから、学校に通っていた子どもさえい
た。



 世間の目を気にする人は、そこまで気にする。



 私は私。他人は他人。そのためにも、まずあなた自身の心をつくりかえる。つまり他人

の生活は、のぞかない。それは、このどろどろした世界を、さわやかに生きるための鉄則

でもある。



●家庭問題には、かかわらない

 

 こういう仕事をしていると、ときどき、横ヤリが入ることがある。つい先日も、ある女

性(60歳くらい)から、こんな電話が入った。



 「うちの嫁(=生徒の母親)が、孫(=私の生徒)をつれて、実家へ帰ってしまった。

ついては、あなた(=私)のほうで、何とか、孫だけでも、取りかえしたい。ついては協

力してもらえないか」と。



 その生徒は、私のところへ、何も変わりなく、通っていた。その女性(=祖母)は、そ

の機会をとらえて、孫(=生徒)を、取りかえそうと考えていた。



 こういうケースでは、私は、いつもはっきりと断ることにしている。「私は、母親(=嫁)から委
託を受けて仕事をしています。その母親を、裏切ることはできません」と。



 しかし問題は、そのあとだ。こうした電話があったことを、その母親に告げるべきかど

うかで迷う。



 で、私のばあい、こうした電話は、そのまま無視することにしている。いつしか、そう

いう処世術を身につけてしまった。まさに『さわらぬ神にたたりなし』である。



 へたに介入すると、やがて抜き差しならない状態になる。実際、こじれた人間関係ほど、

わずらわしいものはない。また介入したところで、どうにもならない。それぞれの家庭に

は、言葉に言いつくせない問題が、「クモの巣」(=英語の表現)のようにからんでいる。



 相手から相談があれば、話は別だが、これも、さわやかに生きるための鉄則である。





●人の悪口は、自分で止める



 母親どうしのトラブルは、日常茶飯事。「言った」「言わない」が、こじれて、裁判ざたになるこ
ともある。



 で、私の耳にも、そういった話が、容赦なく、飛びこんでくる。しかしそういうときの

鉄則は、ただ一つ。『ただ聞くだけ。そしてその話は、絶対に、人には、伝えない』。



 たとえばAさんが、こう言ったとする。



 「あのBさんね、祖母の老齢年金を、とりあげているそうよ。そしてそのお金を、自分

の息子の塾代にあてているんですって」と。



 こういう話は、聞くだけで、絶対に人に伝えてはいけない。あなたのところで止めて、

そのまま消す。そして忘れる。相づちを打ってもいけない。



だいたいにおいて、そういう話が飛びこんでくるということは、あなた自身も、そのレ

ベルの人ということになる。だから、よけいに、相手にしてはいけない。英語の格言にも、『食物
は口から入るが、禍(わざわい)は、口から出る』というのがある。



 ……と、偉そうなことを書いてしまったが、実は、私も無数の失敗をしている。たとえ

ば以前、こんなエッセー(中日新聞投稿済み)を書いたことがある。





+++++++++++++++++++++++



●父母との交際は慎重に



 教育の世界では、たった一言が大問題になるということがよくある。こんな事件が、あ

る小学校であった。



その学校の先生が一人の母親に、「子どもを塾へ四つもやっているバカな親がいる」と、

ふと口をすべらせてしまった。その先生は、「バカ」という言葉を使ってしまったのだが、

今どき、四つぐらいの塾なら、珍しくない。英語教室に水泳教室、ソロバン塾に学習塾な

ど。



そこでそれぞれの親が、自分のことを言われたと思い、教育委員会を巻き込んだ大騒動

へと発展してしまった。結局その先生は、任期の途中で転校せざるをえなくなってしまっ

た。が、実は私にも、これに似たような経験がある。



 母親たちが五月の連休中に、子どもたちを連れてディズニーランドへ行ってきた。それ

はそれですんだのだが、そのあと一人の母親に会ったとき、私が、「あなたは行きましたか」

と聞いた。するとその母親は、「行きませんでした」と。



そこで私は(連休中は混雑していて、たいへんだっただろう)という思いを込めて、「そ

れは賢明でしたね」と言ってしまった。が、この話は、一晩のうちにすべての母親に伝わ

ってしまった。



しかもどこかで話がねじ曲げられ、「五月の連休中にディズニーランドへ子どもを連れ

ていったヤツはバカだと、あのはやしが笑っていた」ということになってしまった。数日

後、ものすごい剣幕の母親たちの一団が、私のところへやってきた。「バカとは何よ! あ

やまりなさい!」と。



 母親同士のトラブルとなると、日常茶飯事。「言った、言わない」の大喧嘩になることも

珍しくない。そしてこの世界、一度こじれると、とことんこじれる。現に今、市内のある

小学校で、母親同士のトラブルが裁判ざたになっているケースがある。



 そこで教訓。父母との交際は、水のように淡々とすべし。できれば事務的に。できれば

必要最小限に。そしてここが大切だが、先生やほかの父母の悪口は言わない。聞かない。

そして相づちも打たない。相づちを打てば打ったで、今度はあなたが言った言葉として、

ほかの人に伝わってしまう。「あの林さんも、そう言っていましたよ」と。



 教育と言いながら、その水面下では、醜い人間のドラマが飛び交っている。しかも間に

「子ども」がいるため、互いに容赦しない。それこそ血みどろかつ、命がけの闘いを繰り

広げる。



一〇人のうち九人がまともでも、一人はまともでない人がいる。このまともでない人が、

めんどうを大きくする。が、それでもそういう人との交際を避けて通れないとしたら……。

そのときはこうする。



 日本でも、『魚心あれば、水心』という。イギリスの格言にも、『相手は自分が相手を思うよう
に、あなたのことを思う』というのがある。つまりあなたが相手を「よい人だ」と思っていると、相
手もあなたのことを「よい人だ」と思うようになる。反対に「いやな人だ」と思っていると、相手も
「いやな人だ」

と思うようになる。



だから子どもがからんだ教育の世界では、いつも先生や父母を「よい人だ」と思うよう

にする。相手のよい面だけを見て、そしてそれをほめるようにする。



要するにこの世界では、敵を作らないこと。何度も繰り返すが、ほかの世界のことなら

ともかく、子どもが間にからんでいるだけに、そこは慎重に考えて行動する。



++++++++++++++++++++++++



 英語にも、『同じ羽の鳥は、いっしょに集まる』という格言がある。私は、どこか低劣な

話が耳に入ってきたときには、相手は、私もその低劣な人間とみているのだなと思うよう

にしている。



 相手から見れば、私も低劣に見える。だからそういう低劣な話を、私にするのだ、と。



 しかし実際には、幼児相手の仕事をしていると、いつも低劣に見られる? 先日もいき

なり電話がかかってきて、こんなことを言う母親がいた。



 「おたく、幼児教室? あら、そう。今、うちの子を、クモンへ入れるか、あんたんど

こへ入れるか、迷っているんだけど、どっちがいいかなア?と、思って……」と。



 私はそれに答えて、「はあ、うちは、10問(ジューモン)教えますので……」と。



 この答え方は、昔、仲間のI先生が教えてくれた言い方である。(クモンと、ジュウーモンのち
がいですが、わかりますか?)



 いかにして、この世界で、さわやかに生きるか。これはとても重要なテーマのように思

う。いつもそれを心のどこかで考えていないと、あっという間に、泥沼に巻きこまれてし

まう。



それを避けるためのいくつかの鉄則を書いてみたが、これらの鉄則は、そのまま母親ど

うしの人間関係にも、応用できるのでは。ぜひ、応用してみてほしい。











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●かん黙児(子どもの心)



●茨城県のWさんより……



 茨城県のWさん(現在四〇歳、母親)から、娘のかん黙についての、相談をもらった。それに
ついて、考えてみたい。



「現在八月で満六歳になった、一人娘のいる四〇歳の主婦です。



数年前、私の母の介護のため 娘(当時、三歳)を保育園に入園させました。

三か月間泣き、四か月間給食を、一切食べませんでした。



そのうち嫌がらず行けるようになりましたが、約半年後くらいから、あまりにも

嫌がるので休ませようとしましたが、園の方は、「必ず連れて来るように」とのこと。

で、一か月間、泣いているのを抱えて連れて行きました。



そのうち様子がおかしくなり(長くなるので内容は省略します)、 

そのあと、保育園から幼稚園に、転園しました。



ここでも三日目から嫌がり 休ませ 小児精神科に連れて行くと、「場面かん黙」との診断。

その時から、各週に箱庭療法と、二か月に一度カウンセリングを受けています。



ドクターは、私と娘との三人のカウンセリングでは 「娘の話す内容、態度を見る限

り、私との適度な距離がとれているので、私から離れられない、幼稚園に行けないと

は考えられない」と言っています。



昨年は休園させましたが、幼稚園の先生の協力と理解のもと、行事など、本人

の興味のある時だけ、私と一緒に参加させてもらい、今年の四月に、年長組になったの

をきっかけに、本人が「毎日行く」と言って、登園するようになりました。

(ほかの子どもたちとは一切話さず、関わりも、なかなかもてないようです)



お弁当は持っていけず、基本的には昼までに、降園していますが、出席シールだけ

貼って帰ったりと、その日に応じて臨機応変にしています。

最近は、部屋の前の靴箱から、なかなか教室に入れません。



私は本人の納得するまで、つまり子どもが、

帰っていいよと言うまで、その場で待っています。

時には降園までそこで待つときもあります。 

私はこれでいいと思っていますが、これでいいのでしょうか?

昨年と比べると、別人のように良い方向に変わっています。



今一番困っているのが、田舎なので年配の方との関わりが多く、なかなか理解されず

「この子は、おかしな子やな」、と娘に聞こえるように言われます。

その時の対処法に困っています。



かばうようなことを言うと私が責められ、それを見て、娘は大泣きします。

こっそり、「何にも悪いことはないよ。今で充分ですよ」と言っても大泣き。

かといって、知らぬ顔で済ますと、傷ついてしまうようで、それも心配です。



みなにからかわれることもあるようです。



絵日記を見ると、 



『いちりんしゃにのれるようになったよ 

いっしょうけんめいれんしゅうして 

のれるようになったよ 

でも どうして あのこはのれないんだろう』



と書いていました。



そんな、心のやさしい子です。

何かアドバイス頂ければ幸いです。



    茨城県M町、Wより」



●Wさんの問題



 一〇年ほど前までは、「学校へ行けない」というのが、大きな問題だった。が、今では、「幼稚
園へ行けない」というのが、問題になり始めている。それも、三歳や四歳の子どもが、である。



Wさんの問題を考える前に、「どうして三歳や四歳の子どもが、幼稚園へ行かねばならないの
か」「行く必要があるのか」「行かなければ、何が問題なのか」ということを、考えなければならな
い。



あるいはあと二〇年もすると、二歳や三歳の子どもについて、同じような相談をもらうようにな
るのかもしれない。「どうしてうちの子は、保育園へ行けないのでしょうか」と。



 Wさん自身が、「保育園は、行かねばならないところ」「幼稚園は、行かねばならないところ」
という、固定観念をもちすぎているところが、気になる。



 私は正直に告白するが、幼稚園にせよ、保育園にせよ、行くとしても、適当に行けばよいと考
えている。「適当」という言い方には、語弊があるかもしれないが、この時期は、あくまでも、家
庭教育が主体であること。それを忘れてはならない。



 ずいぶんと昔のことだが、ある幼稚園の先生方の研究発表会に、顔を出したことがある。全
員、女性。男は、私一人だけだった。



 一人の女性教師が、誇らしげに、包丁の使い方を教えているという報告をしていた。「私は、
ダイコンを切るとき、本物の包丁を使わせています」と。



 で、そのあと、意見を求められた。が、私は、思わず、こう言ってしまった。「そんなことは、家
庭で、母親が教えればいいことです」と。



 会場が、シーンとなってしまったのを覚えている。



●小学校の問題が、幼稚園で 



 Wさんは、こう書いている。「あまりにも嫌がるので休ませようとしましたが、園の方は、「必ず
連れて来るように」とのこと。で、一か月間、泣いているのを抱えて連れて行きました」と。



 当時、その子どもは、三歳である。たったの三歳である。あるいは、あなたは三歳の子ども
が、どういう子どもであるか、知っているだろうか?



 いくら保育園の先生が、「必ず連れてくるように」と言っても、一か月もの間、泣いている子ど
もを抱えて連れていってよいものだろうか。Wさんには悪いが、私はこのメールを読んで、この
部分で、いたたまれない気持になった。



 もちろんだからといって、Wさんを、責めているのではない。Wさんも書いているように、「母
の介護」という、やむにやまれぬ事情があった。それにWさんは、それが子どものために、よ
かれと思って、そうした。そういうWさんを、だれも責めることはできない。



 私が問題としたいことは、Wさんをそのように動かした、背景というか、社会的な常識である。



 私がこの世界に入ったときは、幼稚園教育も、二年、もしくは一年がふつうだった。浜松市内
でも、幼稚園(保育園)へ行かないまま、小学校へ入学する子どもも、五%はいた。



 それが三年保育となり、さらに保育園自身も、「預かる保育」から、「教える保育」へと変身し
ている。



 こういう流れの中で、三〇年前には、小学校で起きていた現象が、幼稚園でも起きるようにな
った。たとえば今では、不登校ならぬ、不登園の問題が、あちこちの幼稚園で起きている。Wさ
んの問題は、まさにその一つということになる。



●もっと、おおらかに! 

 

 はっきり言えば、子どもが、そこまで嫌がるなら、幼稚園や保育園へ、行く必要はない。まっ
たく、ない。



 少し前まで、(今でも、そう言う先生はいるが……)、幼稚園を休んだりすると、「遅れます」と
か、「甘やかしてはダメです」と、親を叱る先生がいた。



 しかしいったい、何から、子どもが遅れるのか? 心が風邪をひいて、病んでいる子どもを、
保護して、どうして、甘やかしたことになるのか?



 乳幼児期は、家庭教育が基本である。これは、動かしがたい事実である。この時期、子ども
は、「家庭」について学ぶ。学ぶというより、それを体にしみこませる。



 夫婦とは何か。父親や母親とは何か。そして家族とは、何か、と。家族が助けあい、守りあ
い、励ましあい、教えあう姿を、子どもは、体の中にしみこませる。このしみこみがあってはじめ
て、自分がつぎに親になったとき、自然な形で、子育てができる。



 それにかわるものを、幼稚園や保育園で、どうやって教えることができるというのか。ものご
とは、常識で考えてほしい。



 だからといって、幼児教育を否定しているのではない。しかし幼児教育には、幼児教育とし
て、すべきことが山のようにある。包丁の使い方をい教えるのが、幼児教育ではない。ダイコン
の切り方を教えるのが、幼児教育ではない。



 現にオーストラリアでは、週三日制の幼稚園もある。少し都会から離れた地域では、週一回
のスクーリングだけというところもある。あるいは、アメリカでは、親同士が、交互に子どもを預
かりあいながら、保育をしているところもある。



 幼児教育は、幼稚園、あるいは保育園で、と、構えるほうが、おかしい。今、この「おかしさ」
がわからないほどまで、日本人の心は、道からはずれてしまっている。



●かん黙児?



Wさんの子どもを、ドクターが、どのようにみて診断したのか、私は知らない。しかしその前提と
して、かん黙児の診断は、しばらく子どもを指導してみないと、できない。



 ドクターの前で、黙ったからといって、すぐかん黙児ということにはならない。ただ単に緊張し
ていただけかもしれないし、あるいは対人恐怖症、もしくは、集団恐怖症だったかもしれない。



 私は診断名をつけて、診断をくだすことはできないが、しかしかん黙児かどうかを判断するこ
とくらいなら、できる。が、そのときでも、数日間にわたって、子どもを指導、観察してみて、はじ
めてわかることであって、一、二度、対面したくらいで、わかるようなことではない。そのドクター
は、どうやって、「場面かん黙」と判断したのだろうか。



 このWさんのメールを読むかぎり、無理な隔離が原因で起きた、妄想性をともなった、集団
恐怖症ではないかと思う。……思うだけで、何ともいえないが、それがさらにこじれて、学校恐
怖症(幼稚園恐怖症)になったのではないかと思う。



 もっとも恐怖症がこじれて、カラにこもるということは、子どものばあい、よくある。かん黙も、
何かの恐怖体験がきっかけで起こることは、よく知られている。かん黙することにより、自分が
キズつくのを防ごうとする。これを心理学の世界では、防衛機制という。



 しかしもしそうなら、なおさら、無理をしてはいけない。無理をすればするほど、症状がこじ
れ、立ちなおりが遅れる。子どもの立場で、子どもの心をていねいにみながら、対処する。



 保育園の先生が、「必ず連れてくるように」と言ったというが、私には、とんでもない暴言に聞
こえる。あるいは別に何か、先生には先生なりの、理由があったのかもしれない。この点につ
いては、よくわからない。



 なお場面かん黙については、つぎのようなポイントを見て判断するとよい。



●かん黙児



(1)ふとしたこと、あるいは、特定の場面になると、貝殻を閉ざしたかのように、口を閉じ、黙っ
てしまう。



(2)気が許せる人(限られた親や兄弟、友人など)と、気が許せる場所(家)では、ごくふつうに
会話をすることができる。むしろ多弁であることが多い。





(3)かん黙している間、心と表情が遊離したかのようになり、何を考えているか、わからなくな
る。柔和な意味のわからない笑みを浮かべて、ニンマリとしつづけることもある。



(4)かん黙しているとき、心は緊張状態にある。表情に、だまされてはいけない。ささいなことで
興奮したり、激怒したり、取り乱したりする。私は、(親の了解を得た上で)、そっと抱いてみるこ
とにしている。心を許さない分だけ、体をこわばらせる。反対に抱かれるようだと、症状も軽く、
立ちなおりは、早い。



 詳しくは、「はやし浩司のサイト」の「かん黙児」を参照してほしい。



 で、こうした症状がみられたら、軽重もあるが、とにかく、無理をしないこと。そういう子どもと
認めた上で、半年単位で、症状の推移をみる。一度、かん黙症と診断されると、その症状は、
数年単位でつづく。が、小学校に入学するころから、症状は、軽減し、ほとんどの子どもは、小
学三、四年生くらいを境に、何ごともなかったかのように、立ちなおっていく。



 ある子ども(幼稚園児)は、毎朝、幼稚園の先生が、歩いて迎えにきたが、三年間、ただの一
度もあいさつをしなかった。その子どものばあいは、先生と、視線を合わせようとすらしなかっ
た。視線をそらすという、横視現象は、このタイプの子どもによく見られる症状の一つである。



 しかしかん黙症の子どもの、本当の問題は、親にある。家の中では、何も問題がないため、
幼稚園や保育園での様子を見て、「指導が悪い」「先生が、うちの子を、そういう子どもにした」
などと言う。私も、何度か、経験している。



 子ども自身では、どうにもならない問題と考える。いわんや、子どもを説教したり、叱っても意
味はない。



 子どもが自分で自分を客観的に判断できるようになるのは、小学三年生以上とみる。この時
期を過ぎると、自己意識が急速に発達して、自分で自分の姿を見ることができるようになる。そ
して自分で自分を、コントロールするようになる。



 かん黙児は、かん黙するというだけで、脳の働きは、ふつうか、あるいはそれ以上であること
が多い。もともと繊細な感覚をもっている。だから静かに黙っているからといって、脳の活動が
停止していると考えるのは、まちがいである。



 反応が少ないというだけで、ほかに問題は、ない。だから教えるべきことは教えながら、あと
は「よくやったね」とほめて、しあげる。先にも書いたように、この問題は、本人自身では、どう
にもならない問題なのである。

 

●Wさんへ



 メールによれば、「昨年と比べると、別人のように良い方向に変わっています」とのこと。私
は、まず、ここを重要視すべきではないかと思います。



 いただいたメールの範囲によれば、かん黙症状があるにせよ、対人恐怖か、集団恐怖が、
入りまざった症状ではないかと思います。一つの参考的意見として、お考えくだされば、うれし
いです。



 ふつうこの年齢では、かん黙症については、「別人のように……」という変化は、ありません。
その点からも、かん黙症ではなく、やはり何らかの妄想性をともなった、恐怖症が疑われます。
もし恐怖症であれば、少しずつ、環境にならしていくという方法で対処します。



 私自身も、いくつかの恐怖症をもっています。閉所恐怖症。高所恐怖症など。最近では、スピ
ード恐怖症になったこともあります。恐怖症というのはそういうもので、中味があれこれと変わ
ることはあります。つまり「恐怖症」という入れ物ができ、そのつど、その中味が、「閉所」になっ
たり、「高所」になったりするというわけです。



 下のお子さん(弟か妹)のことは書いてありませんが、もしいるなら、分離不安がこじれた症
状も考えられます。



 どちらであるにせよ、「別人のように……」ということなら、私は、もう問題はほとんど解決して
いるのではないかと思います。



●最後に……



 心に深いキズを負った人は、二つのタイプに分かれます。



 そのまま他人の心のキズが理解できるようになる人。もう一つは、心のキズに鈍感になり、今
度は、他人をキズつける側に回る人です。よく最悪のどん底を経験した人が、そのあと、善人
と悪人に分かれるのに、似ています。



 ほかにたとえば、はげしいいじめにあった子どもが、他人にやさしくなるタイプと、今度は、自
分も、いじめる側に回るタイプに分かれるのにも、似ています。



 今、Wさんのお嬢さんは、何かときびしい状況におかれていることは、「大泣き」という言葉か
らも、よくわかります。Wさんが、かばうと、また大泣きということですが、遠慮せず、かばってあ
げてください。無神経で、無理解な人たちに負けてはいけません。お嬢さん自身は、何も、悪い
ことはしていないのです。またどこも悪くはないのです。



 お嬢さんは、日記からもわかるように、たいへん心のやさしいお嬢さんです。回りの人に、そ
ういう目で見られながらも、自分をもちなおしています。理由は、簡単です。あなたという親の愛
情と理解を、たっぷりと受けているからです。つまりここでいう善人の道を、すでに選んでいる
わけです。



 事実、『愛は万能』です。親の愛がしっかりしていれば、子どもの心がゆがむということは、あ
りえません。最後の最後まで、その愛をつらぬきます。具体的には、最後の最後まで、「許し
て、忘れます」。その度量の広さで、親の愛情の深さが決まります。



 長いトンネルに見えたかもしれませんが、もう出口は、すぐそこではないでしょうか。いろいろ
つらいこともあったでしょうが、そのつらさが、今のあなたを大きく成長させたはずです。このこ
とは、もう少し先にならないとわからないかもしれませんが、やがてあなたも、いつか、それに
気づくはずです。



 幸運にも、Wさんは、たいへん気が長い方のように思います。よい母親の第一の条件を、も
っておられるようです。「(子どもが私に)、帰っていいよと言うまで、(いつまでも)、その場で待
っています」などということは、なかなかできるものではありません。尊敬します。



 結論を言えば、今のまま、前向きに進むしかないのではないかと思います。まわりの人を理
解させるのも、あるいはその流れを変えるのも、容易ではないと思います。それ以上に、ここに
も書いたように、もう出口に近いと思われます。あと少しのがまんではないかと思います。いか
がでしょうか?



 仮に、かん黙症であっても、率直に言えば、箱庭療法程度の療法で、その症状が改善すると
は、とても思われません。かん黙症について言えば、半年単位で、その症状を見守ります。



 で、このとき大切なことは、無理をして、今の症状をこじらせないこと、です。時期がくれば、
大半のかん黙症は、なおっていきます。



 「時期」というのは、ここにも書いたように、小学三、四年生前後をいいます。それまでにこじ
らせると、かえって恐怖心をいだかせたり、自信をなくさせたりします。「あなたは、あなたです
よ」という、暖かい理解が、今、大切です。子ども自身には、自分が(ふつうでない)という意識
は、まったくないのですから。



 最近、「暖かい無視」という言葉が、よく使われています。お嬢さんを、暖かい愛情で包みなが
ら、そうした症状については、無視するのが一番かと思います。だいたいにおいて、問題のな
い子どもなど、いないのですから、そういう視点でも、一度、おおらかに見てあげてください。



 なお、「幼稚園とは、行かねばならないところ」と考えるのは、バカげていますから、もしその
ようにお考えなら、そういう考え方は、改めてください。決して、無理をしないこと。「適当に行け
ばいいのよ」「行きたいときに行けばいいのよ」と、です。



 ただこれから先、ふとしたきっかけで、学校などへ行きたがらないことも起こるかもしれませ
ん。それについては、私の「学校恐怖症」(はやし浩司のサイト、症状別相談)を参考にしてくだ
さい。そういう兆候が見られたら、むしろ親のあなたのほうから、「今日は、学校を休んで、動物
園へでも行ってみる?」と、声をかけてみてください。そういうおおらかさが、子どもの心に、風
穴をあけます。



 つぎにスキンシップです。このスキンシップには、魔法の、つまりはまだ解明されていない、不
思議な力があります。子どもがそれを求めてきたら、おっくうがらず、ていねいに、それに答え
てあげてください。



 あとは、CA、MGの多い食生活にこころがけます。海産物を中心とした、食生活をいいます。



 またかん黙症であるにせよ、恐怖症であるにせよ、できるだけそういう状態から遠ざかるの
が、賢明です。要するに、思い出させないようにするのが、コツです。あとは、その期間を、少し
ずつ、できるだけ長くしていきます。



 最後に、子育ては、楽しいですよ。すばらしいですよ。いろいろなことがありますが、どうかそ
れを前向きにとらえてください。仮にあなたのお嬢さんが、かん黙症であっても、そんなのは、
何でもない問題です。先にも書きましたが、それぞれの人が、いろいろな問題をかかえていま
す。が、こと、かん黙症については、時期がくれば、消えていく、つまりは、マイナーな問題だと
いうことです。どうか、私の言葉を信じてください。



 ついでに、できれば、私の電子マガジンをご購読ください。きっと、参考になると思います。無
料です。

(031017)









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●記憶のメカニズム



 人間の記憶は、認知記憶(読んだり聞いたりしたことを、頭の中にたくわえる)と、手続記憶
(練習して、意識しなくても、ピアノが自然にひけるようになる)の二つに大きく分けられる。



 さらにその内容によって、短期記憶(一時的に記憶する)と、長期記憶(遠い昔のことを記憶
する)に分類される。



 このうち、短期の、認知記憶は、脳の中の辺縁系にある、海馬(かいば)という組織が深く関
係していることがわかっている。この海馬を損傷したり、手術によって切除されたりすると、短
期の、認知記憶ができなくなることもわかっている。



 (一方、手続き記憶は、海馬とは関係なく。小脳を中心とした神経回路で形成されると考えら
れている。)



 が、海馬だけで、認知記憶をするわけではない。現在では、人間の記憶は、大脳連合野全
体で、蓄えられると考えられている。が、ここで一つの問題にぶつかる。



●記憶の想起



 記憶というのは、(記銘)→(保持)→(想起)という手続きを経て、蓄(たくわ)えられ、必要に
応じて、外に取り出される。



 いくら頭の中に記憶されていても、また保持されていても、(想起)というメカニズムがうまく働
かないと、「忘れてしまう」という現象となって現れる。



 その(想起)をつかさどっているのが、どうやら「海馬」であることも、最近の研究でわかってき
た。健常者を使った事件では、その人にあれこれ思い出させようとすると、海馬が、選択的に
活発になることがわかっている。最近では、リアルタイムに、こうした脳の働きは、PET画像を
使ってそれを知ることができる。



 が、何らかの原因で、この海馬の働きが、損傷を受けると、(想起)そのものが、できなくな
る。脳のどこかに記録はされていても、それをうまく取り出せないという状態になる。手術など
によって切除されたとか、脳に打撲などの衝撃を与えたようなときである。一時的に血流がと
だえたようなときにも、そうなるとされる。



●脳のメカニズムには、個人差がある。



 長野県のGHさんには、折り返し、この点について、質問してみた。「脳に障害が残るような事
故、事件はなかったか?」「乳幼児期に、一時的に、気を失うような事故はなかったか?」と。



 それに対して、「まったくない」とのこと。



 そうなると、つまり脳に機質的な問題がないとすると、今度は、メカニズム的な問題を疑って
みる必要がある。子どものばあい、脳の中で、情報の受け渡しが、うまくできないと、GHさんの
子どものような症状が現れることがある。



 しかしこの先のことは、大脳生理学の分野でも、まだ未開拓な部分であり、「どうしてそういう
現象が起きるのか」、また「どうすれば、そういう現象を回避できるのか」については、まだよく
わかっていない。(これは私の不勉強によるものかもしれないが……。)



 しかし長年、子どもたちと接してきた結果として、つぎのようなことは言える。つまり脳のメカニ
ズムは、決して、一様ではないということ。個人差が大きいということ。さらにこうした個人差
は、脳のメカニズムに起因しているため、指導でどうにかなる問題ではないということ。



 いろいろな例で考えてみる。



【T君、小三の例】



 彼は、ズケズケとものを言う。相手が、そういう言葉で、どのようにキズつくかについては、ま
ったく無関心。無頓着(むとんちゃく)。



 先日も、何かのことで失敗した子どもがいた。それを見て、T君は、「お前、バカだなあ。こん
なこともできないのか。メダカ学級(養護学級)へ行けよ!」と。



 言われた子どもは、学力がかなり劣る子どもだった。私はその言葉に驚いて、かなりはげしく
叱った。しかしT君は、何かにつけて、そういうタイプの子どもである。



 自分のことしか考えず。まわりの者の気持を、ほとんど考えない。視野が狭いというか、気が
回らないというか。そんな感じである。



【私の例】



 この話とは、直接関係ないが、講演(授業)などをしていると、同時に、二つの脳が働くのを感
ずる。



 一つは、話している内容を考えている脳。もう一つは、その上から、自分を客観的に見なが
ら、「あと二〇分だぞ……」「あと一〇分だぞ……」と、自分をコントロールしている脳である。



 こうした現象は、日常的にも経験する。



 たとえば母親から相談を受けていると、話の内容について考えている脳と、「どこまで話そう
か」「どこまで話していいのか」と、自分をコントロールしている脳があることがわかる。



 このとき、もし自分をコントロールする脳が、疲労などによって乱れると、講演などでは、自分
でも、何を話しているか、わからなくなってしまうときがある。(こうし文章を書いているときも、似
たような現象を経験する。)



●自己意識



 自分で自分をコントロールする意識のことを、自己意識という。自意識という人もいる。



 この自己意識が発達してくると、自分で自分を客観的に見ることができるようになる。「こんな
ことをすれば、みなに、笑われるぞ」「こんなことをすれば、先生に叱られるぞ」「こんなことをす
れば、みなに嫌われるぞ」と。



 この自己意識は、だいたい小学三、四年をさかいに、急速に発達し始める。それ以前の子ど
もには、自己意識そのものがない。だからそれ以前の子どもに、「こんなことをすれば、みんな
に笑われるのよ」式の説教をしても、意味がない。



 このGHさんの子どもの例をとると、「忘れ物をすれば、あなたは困るの」式の説教をしても、
意味がないということになる。自分がどういう状況にあり、どう状況に追いこまれるのか、それ
を認識できないからである。



 親(おとな)というのは、どうしても、自分を基準にして、ものを考える。そしてその基準を、子
どもに、あてはめようとする。



 この自己意識についても、そうで、「自分がそうであるから」という理由だけで、子どもに。そ
れを求めたりする。しかしこれは誤解というよりも、無理をすれば、かえって子どもを、より悪い
方向に追いやってしまうことにもなりかねない。



【GHさんへ】



 メール、ありがとうございました。



 いただきましたメールを読むかぎり、この問題は、子ども自身の自己意識では、どうにもなら
ない問題かと思われます。自分に、「忘れ物をした」という意識そのものがないのです。



 メカニズム的には、本文の中にも書いたように、脳の中で、情報の受け渡しが、何らかの理
由で、うまくできないことが考えられます。記憶のメカニズムは複雑で、そのため、(想起)とな
ると、さらに複雑なメカニズムが働きます。そのとき、情報の受け渡しがうまくできないと、ご相
談のような症状が起きるものと思われます。



 つまり、子ども自身の意識では、どうにもならないということです。もちろん、GHさんが、叱っ
たり、説教したりしても、意味がないということです。



 それはたとえて言うなら、ADHD児(多動児)に向って、「静かに視なさい!」と言うようなもの
です。本人自身は、自分では、騒々しいと思っていないのです。



 そこで登場するのが、自己意識です。



 こうした問題では、いかにして、その自己意識を引き出すかが、大切なポイントとなります。つ
まり自分で、自分を客観的に見て、コントロールしようとする意識のことです。



 年齢的には、GHさんのお子さんは、それができるようになる、ちょうどその時期にさしかかっ
ていることになります。つまりこれからだ、ということです。



 逆に言うと、そのため、子どもの問題点が、かえって目立つということにもなります。そして目
立った分だけ、「どうして?」となるわけです。



 こうしたケースでは、つぎのような点に注意すると、よいでしょう。



(1)言うべきことは言いながら、あとは、時を待つ。

(2)「うちの子は、そういう子だ」と、あきらめて、それに合わせた対処をする。

(3)症状を今、以上に、こじらせない。

(4)周囲に迷惑をかけるようであれば、子どもを叱るのではなく、あなたがガードとして、子ども
をカバーする。



 とくに重要なのが、(3)です。この問題は、親が性急になおそとすると、かえって症状がこじれ
てしまい、そのため、その分だけ、立ちなおりが、遅れてしまいます。



 最後に気になる点がいくつかありますので、それについて、書いておきます。



 ひとつは、GHさんが、どうも「家庭(ホーム)」というものを、誤解をなさっているのではないか
ということ。小学三、四年生にもなると、「家庭は、心と体を休める場所」として機能することにな
ります。またそうでなければなりません。



 メールによれば、「トイレの電気を消すことができない」「寝そべってマンガを読んでいる」「風
呂のドアが閉められない」などなど。



 GHさん自身の、過関心が目立ちます。言うべきことは言いながらも、もう少し、手綱(たづな)
をゆるめてみてはどうでしょうか。つまり、GHさん自身が、不安のウズの中で、心配過剰になっ
ている? 「将来、受験票を忘れるのではないか?」と心配なさっておられるのも、その一つで
す。



 やがて子ども自身が、自分の欠点に気づき、自らカバーしながら生きていくようになります。
そういう子どもを信じながら、ここは一歩引きさがってみては、どうでしょうか。つまり子離れの
準備を始めます。



 メールによれば、自ら学級委員に立候補したりする、など、すばらしい面も見られます。何で
も悪いほうに考えないで、「やってごらん。お母さんも応援するから」くらいのことを言ってあげた
らどうでしょうか。



 実のところ、私の二男も、忘れ物のひどい子どもでした。原因は、一歳前後に、歩行器で土
間に落ち、脳を損傷したからではないかと思っています。



 そのため私も、ワイフも、苦労しました。いちいちメモを渡したり、子どもにつけさせたりするな
ど。しかし中学生になるころからは、自分でも、そういう欠陥に気づくようになり、サイフにはヒモ
をつけたりするようになりました。



 で、今は、その二男も、一児のパパです。誠司という孫の父親になりました。



 みんなそれぞれ、何かの問題をかかえておとなになっていきます。問題のない子どもはいな
いし、そのため、問題のない子育てもないのです。またそういう問題があるから、その人を、よ
り大きくします。



 決して完ぺき主義にならないこと、ですね。



 では、また。はやし浩司

(031008)








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●孝行論



孝行論



●孝行は美徳か?



 日本では、親孝行を美徳と考えている人は多い。また孝行論を、教育論の柱にしている人も
多い。しかし、問題がないわけではない。



 「孝行」というのは、子ども側からの、一方的かつ、献身的な貢献を意味する。またそうであ
ればあるほど、孝行と評価される。そしてその背景には、「親は絶対」という、親絶対論があ
る。



 そこで最初の疑問。本当に、親は絶対なのか?



 江戸時代には、家督制度というのがあった。身分制度が、それを支えた。「家」は、絶対的な
存在であり、「家」を離れたら、身分制度そのものから、はじき飛ばされた。人間としての価値
すら、否定された。実際には、「無宿」とされ、逮捕されれば、そのまま、たとえば、佐渡の金山
へ送りこまれたりした。



(今のK国の社会制度と、よく似ていますね。あの国では、成分(身分)によって、すべてが決ま
るとか。そう言えば、金XXも、「将軍様」と呼ばれているそうで……。ハイ!)



 親絶対論は、こうした歴史的背景から生まれた。私が子どもころでさえ、「勘当(かんどう)」と
いう言葉が残っていた。また今でも、子どもにバツを与えるとき、「(家から)出て行け!」とい
う。そういう言い方が残っている。当時は、家から追いだされるということは、それ自体が恐怖
だった。



 もちろん社会制度の不備もあった。今でいう福祉制度もなかった。もちろん「老人福祉」という
言葉すら、なかった。親たちは一方で子どもを、「家」でしばりながら、一方で、老後は、子ども
たちに依存しようとした。話せば長くなるが、結論を先に言えば、そういうことになる。



 こうした背景から、日本独得の、「親孝行」という言葉が生まれた。



●孝行を強要する親たち



 本来、孝行というのは、子どもの側から自発的に始まるもの。しかしそれが長い間、伝統とし
て定着するうちに、親の側から子どもに求めるようになった。



 そして孝行な息子や、娘をもつことが、親としてあるべき姿ということになった。またそういう子
どもを育てることが、子育ての目標になった。だから今でも、息子や娘の孝行ぶりを自慢する
人は、いくらでもいる。



「Aさんの息子さんは、立派なもんじゃ。親を、あの九州のB温泉へつれていったそうな」

「いやいや、Bさんの娘さんは、もっと偉い。何でも二〇万円もする羽ぶとんを、親に買ってあげ
たそうな」

「とんでもない。孝行息子といえば、Cさんの息子さんじゃよ。今度、親のために、床の間つきの
離れを新築したそうな」と。



 こういう話を代々伝えることで、子どもに孝行というものが、どういうものであるかを教えてい
く。そしてそれが子どもとして、あるべき姿だと教えていく。



 私は、こうした孝行を否定するものではないが、しかし一方で、こうした親の呪縛に苦しんで
いる人も多い。親子という、一対一の関係ならともかくも、親戚ぐるみ、地域ぐるみで縛られると
いうこともある。K氏(四八歳、男性)もそうだ。



 「父は、人前ではいい父親を演じていますが、一対一になったようなとき、『親を粗末にする
と、地獄へ落ちるぞ』と、私をおどします。そういう父なんです。それでときどき盆や、暮れに帰
省することを避けているのですが、そうすると今度は、親戚の叔父から電話がかかってきま
す。『どうして、お前は、父親を粗末にするか。正月のあいさつをしろ』とです。父が、叔父たち
に電話をさせているのですね」と。



●形にしばられない人間関係



 親子といえども、基本は、一対一の人間関係。もちろんその間には、親子であるがゆえの、
特殊な感情や思惑が働く。たとえば母と子の関係というのは、母親にとっても、また子どもにと
っても、特殊な関係である。



 しかしそのことと、ここでいう「孝行論」は、別のことである。多くの誤解は、こうした特別な関
係と、孝行論を結びつけるところから起こる。



 たとえばよく議論されるが、(親がいるから、子どもがいるのか)、それとも(子どもがいるか
ら、親がいるのか)という問題。さらに実存主義の世界では、つぎのように考える。



 私たちは生まれた。生まれてみたら、そこに親がいた、と。



 孝行論を説く人たちは、当然のことながら、「親がいたから、子どもがいる」と考える。そして
その返す刀で、子どもに向かっては、「親のおかげで、お前がいる」と教える。産んでくれたの
は、親ではないか。育ててくれたのも、親ではないか。「だから子どもが、親に孝行するのは、
当然のことだ」と。



 ここでいう「母と子に特殊な関係」については、人間対人間という関係をいう。絶対的な信頼
関係というのがそれだが、それについては、もうすでに何度も書いてきた。しかしだからといっ
て、そこから孝行論が生まれるというわけではない。むしろここでいう絶対的な信頼関係と、孝
行論は、相反するものである。



●「だれが、産んでくれと頼んだ!」



 親が「私は親だ」という親風を吹かせば吹かすほど、子どもは、親の前で仮面をかぶるように
なる。いわゆる(わかりあえない親子)は、こうして生まれる。



 このとき、いくつかの悲劇も生まれる。その一つは、親自身が、独善の世界に入りやすいとい
うこと。このタイプの親ほど、「私はすばらしい親だ」「私たちの親子関係は、うまくいっている」と
思いがちになる。



 このとき子どもも、親の価値観と一致すれば、それなりに親子関係はうまくいく。子どもは子
どもで、親に絶対的に服従することで、親子関係をとりつくろう。しかし、このとき、子どもが親
に従わなかったとしたら……。



 ここで親子の間には、大きなキレツが入る。価値観の衝突というのは、そういうもの。どこか
宗教戦争に似ている。たがいに自分をかけて、衝突する。



親「親に向かって何だ! その言い方は!」

子「親だ、親だって、いばるな!」

親「何だ、その口のきき方は!」

子「口のきき方が、どうした!」

親「お前は、だれのおかげで、ここまで大きくなれたか、わかっているのか!」

子「うるさい!」

親「このバチ当りめ! 産んでもらった恩を忘れたか!」

子「だれが産んでくれと、お前に頼んだア!」と。



 昔なら親は、ここで伝家の宝刀を抜く。「貴様のような息子は、今日かぎり親子の縁を切る。
この家から出て行け!」と。



 しかし今は、そういう時代ではない。身分制度は、とっくの昔に廃止になった。「家だ」「親の威
厳だ」と言ったところで、子どもがそれに応じなければ、どうしようもない。



●ご先祖様 



 もちろん、人それぞれ。孝行論を説く人も、否定する人も、それぞれがぞれぞれの立場でハ
ッピーなら、それでよい。外部の人間が、とやかく言う必要はない。また言ってはならない。



 たとえば私の知人の中には、親絶対主義の人が、何人かいる。五〇歳以上の人は、ほとん
どが、そうではないか。A氏(五五歳、男性)もそうだ。他人が、死んだA氏の父親の批判するこ
とすら、許さない。だれかが批判めいたことを言おうものなら、猛然と、それに反発してくる。



 Bさん(六〇歳、女性)もそうだ。ことあるごとに、「ご先祖様」という言葉を使う。「ご先祖様あ
っての、私でございます」「ご先祖様がいたから、こういう生活ができるのです」「ご先祖様が
代々守ってくださった家風を守るのが、私たち子孫の務めでございます」と。



 しかしよくよく観察すると、親や先祖を大切にしろと教えることは、子どもに向かっては、「自分
を大切にしろ」と言っているようにも聞こえる。それがわかったのは、C氏(七〇歳、男性)と話
していたときのことだ。



 C氏は、このところ、「最近の若いものは、先祖を粗末にする」を、口ぐせにしている。C氏が
いうところの「先祖」というのは、自分のことではないか。まさか「自分を大切にしろ」とは言えな
い。だから「先祖」という言葉を使う?



 このことは、たとえば寺の住職が、「仏様を供養してください」と言うのに、似ている。似ている
というより、同じ。寺の住職が「供養せよ」と言うのは、信徒に向かって、「金を出せ」と言ってい
るのと同じ。まさか「金を出せ」とは言えない。だから、「供養せよ」と言う。それとも、仏様が、お
金を、使うとでもいうのだろうか。



 要するに、親だ、先祖だと言う人は、その一方で、自分の立場を守ろうとしているだけ。ある
いは「家」を守ろうとしているだけ。……というのは言い過ぎかもしれないが、それほど的をは
ずれていないと思う。



●孝行は子どもの問題



 孝行するかどうかということは、あくまでも子どもの問題。親は、それを子どもに期待してはい
けない。求めたり、強要してはいけない。親は、どこまでも無条件の愛をつらぬく。



 ……こう書くと、さみしい老後を心配する人もいるかもしれないが、現実は、逆。「孝行」にあ
たる言葉すらない英語国のほうが、むしろ日本的な孝行息子、孝行娘が多い。



こんな調査結果がある。平成六年に総理府がした調査だが、「どんなことをしてでも親を養う」
と答えた日本の若者はたったの、二三%(三年後の平成九年には一九%にまで低下)しかい
ない。自由意識の強いフランスでさえ五九%。イギリスで四六%。あのアメリカでは、何と六
三%である。欧米の人ほど、親子関係が希薄というのは、誤解である。今、日本は、大きな転
換期にきているとみるべきではないのか。



 以上、そんなわけで私自身も、一〇年ほど前に、自分の考え方を、大きく変えた。……という
より、それまで日本や日本人が、全体としてかかえる問題に、気づかなかった。私もそれまで
は、ごく当たり前に、ごく自然なこととして、孝行論を唱えていたように思う。



 もちろん、だからといって、孝行論を否定しているわけではない。孝行している人を非難して
いるわけでもない。親であれ、自分以外の人のために、我を忘れて献身的に尽くすことは、そ
れ自体、すばらしいことである。



 ただ私がここで言いたいことは、だからといって、それに甘えて、今度は他人、とくに子どもに
向かって、それを求めたり、強要してはいけないということ。



孝行論を説く人も、それだけは、忘れてはいけない。

(030918)



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以前書いた原稿を送ります。簡略版は、中日新聞で発表

させてもらいました。



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子どもの心が離れるとき 



●フリーハンドの人生 



 「たった一度しかない人生だから、あなたはあなたの人生を、思う存分生きなさい。前向きに
生きなさい。あなたの人生は、あなたのもの。家の心配? ……そんなことは考えなくていい。
親孝行? ……そんなことは考えなくていい」と、一度はフリーハンドの形で子どもに子どもの
人生を手渡してこそ、親は親としての義務を果たしたことになる。



子どもを「家」や、安易な孝行論でしばってはいけない。負担に思わせるのも、期待するのも、
いけない。もちろん子どもがそのあと自分で考え、家のことを心配したり、親に孝行をするとい
うのであれば、それは子どもの勝手。子どもの問題。



●本当にすばらしい母親?



 日本人は無意識のうちにも、子どもを育てながら、子どもに、「産んでやった」「育ててやった」
と、恩を着せてしまう。子どもは子どもで、「産んでもらった」「育ててもらった」と、恩を着せられ
てしまう。



 以前、NHKの番組に『母を語る』というのがあった。その中で日本を代表する演歌歌手のI氏
が、涙ながらに、切々と母への恩を語っていた(二〇〇〇年夏)。「私は母の女手一つで、育て
られました。その母に恩返しをしたい一心で、東京へ出て歌手になりました」と。はじめ私は、I
氏の母親はすばらしい人だと思っていた。I氏もそう話していた。



しかしそのうちI氏の母親が、本当にすばらしい親なのかどうか、私にはわからなくなってしまっ
た。五〇歳も過ぎたI氏に、そこまで思わせてよいものか。I氏をそこまで追いつめてよいもの
か。ひょっとしたら、I氏の母親はI氏を育てながら、無意識のうちにも、I氏に恩を着せてしまっ
たのかもしれない。



●子離れできない親、親離れできない子



 日本人は子育てをしながら、子どもに献身的になることを美徳とする。もう少しわかりやすく
言うと、子どものために犠牲になる姿を、子どもの前で平気で見せる。そしてごく当然のこととし
て、子どもにそれを負担に思わせてしまう。その一例が、『かあさんの歌』である。「♪かあさん
は、夜なべをして……」という、あの歌である。



戦後の歌声運動の中で大ヒットした歌だが、しかしこの歌ほど、お涙ちょうだい、恩着せがまし
い歌はない。窪田聡という人が作詞した『かあさんの歌』は、三番まであるが、それぞれ三、四
行目はかっこ付きになっている。つまりこの部分は、母からの手紙の引用ということになってい
る。それを並べてみる。



「♪木枯らし吹いちゃ冷たかろうて。せっせと編んだだよ」

「♪おとうは土間で藁打ち仕事。お前もがんばれよ」

「♪根雪もとけりゃもうすぐ春だで。畑が待ってるよ」



 しかしあなたが息子であるにせよ娘であるにせよ、親からこんな手紙をもらったら、あなたは
どう感ずるだろうか。あなたは心配になり、羽ばたける羽も、安心して羽ばたけなくなってしまう
に違いない。



●「今夜も居間で俳句づくり」



 親が子どもに手紙を書くとしたら、仮にそうではあっても、「とうさんとお煎べいを食べながら、
手袋を編んだよ。楽しかったよ」「とうさんは今夜も居間で俳句づくり。新聞にもときどき載るよ」
「春になれば、村の旅行会があるからさ。温泉へ行ってくるからね」である。そう書くべきであ
る。つまり「かあさんの歌」には、子離れできない親、親離れできない子どもの心情が、綿々と
織り込まれている! ……と考えていたら、こんな子ども(中二男子)がいた。



自分のことを言うのに、「D家(け)は……」と、「家」をつけるのである。そこで私が、「そういう言
い方はよせ」と言うと、「ぼくはD家の跡取り息子だから」と。私はこの「跡取り」という言葉を、四
〇年ぶりに聞いた。今でもそういう言葉を使う人は、いるにはいる。



●うしろ姿の押し売りはしない



 子育ての第一の目標は、子どもを自立させること。それには親自身も自立しなければならな
い。そのため親は、子どもの前では、気高く生きる。前向きに生きる。そういう姿勢が、子ども
に安心感を与え、子どもを伸ばす。親子のきずなも、それで深まる。子どもを育てるために苦
労している姿。生活を維持するために苦労している姿。そういうのを日本では「親のうしろ姿」と
いうが、そのうしろ姿を子どもに押し売りしてはいけない。押し売りすればするほど、子どもの
心はあなたから離れる。 



 ……と書くと、「君の考え方は、ヘンに欧米かぶれしている。親孝行論は日本人がもつ美徳
の一つだ。日本のよさまで君は否定するのか」と言う人がいる。しかし事実は逆だ。こんな調査
結果がある。平成六年に総理府がした調査だが、「どんなことをしてでも親を養う」と答えた日
本の若者はたったの、二三%(三年後の平成九年には一九%にまで低下)しかいない。自由
意識の強いフランスでさえ五九%。イギリスで四六%。あのアメリカでは、何と六三%である
(※)。欧米の人ほど、親子関係が希薄というのは、誤解である。今、日本は、大きな転換期に
きているとみるべきではないのか。



●親も前向きに生きる



 繰り返すが、子どもの人生は子どものものであって、誰のものでもない。もちろん親のもので
もない。一見ドライな言い方に聞こえるかもしれないが、それは結局は自分のためでもある。
私たちは親という立場にはあっても、自分の人生を前向きに生きる。生きなければならない。
親のために犠牲になるのも、子どものために犠牲になるのも、それは美徳ではない。あなたの
親もそれを望まないだろう。いや、昔の日本人は子どもにそれを求めた。が、これからの考え
方ではない。あくまでもフリーハンド、である。ある母親は息子にこう言った。「私は私で、懸命
に生きる。あなたはあなたで、懸命に生きなさい」と。子育ての基本は、ここにある。



※……ほかに、「どんなことをしてでも、親を養う」と答えた若者の割合(総理府調査・平成六
年)は、次のようになっている。

 フィリッピン ……八一%(一一か国中、最高)

 韓国     ……六七%

 タイ     ……五九%

 ドイツ    ……三八%

 スウェーデン ……三七%

 日本の若者のうち、六六%は、「生活力に応じて(親を)養う」と答えている。これを裏から読
むと、「生活力がなければ、養わない」ということになるのだが……。 











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●子どものやる気



●静岡県K市のMT氏(父親)から、こんな質問をもらった。それについて、考えてみる。



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……2才の娘がいます。



「自発性」は人生を前向きに、また、何かを成し遂げる際に必要な素養として重要であると思い
ます。



今日のお話では幼稚園児の「お花屋さん」と、御自身の高校時代の進路の話をされておりまし
たが、小さい頃に形成されるものと大人になるまでをひとつの話として理解して良いのでしょう
か?



つまり、小さい頃に「自発性」はある程度形成、定着されるものなのか、あるいは大人になるま
でにゆっくりと形成されるものなのでしょうか?



個人的には自発性は自信とともに、ちょっとした事で(たとえ大人になってからでも)失いがちな
ので、長い時間をかけて「育てていく」必要があるかも知れないという思いもあります。



金銭観は思いのほか小さい頃に形成されるという事でびっくりしましたが、本来労働の対価とし
て得られるお金の価値は子どもには理解できないでしょうし、健全な金銭価値を教えるのは大
変難しいと思いました。



お金の大切さを教えると言っても小さいこどもがお菓子を目の前にした時の欲求に対しては難
しいと思いますし、欲求を常に否定するのもどうかと思います。



「金銭感覚」を「欲求コントロール」と捉えると、お小遣いが管理でき計画的に使える(今これを
買うとあれを我慢しないといけないとか)様になるまでお金をあまり意識させない様にしたら(親
がお金の事由でいい/悪いを決めない。高いから/安いからと言わない)などとも考えてしま
いました。



(最近娘は2才にしてお金の存在に気付き、執着している風なので…)



以上、アドバイス等何かいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします……。



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 こうした質問をもらうたびに、正直言って、講演がもつ限界を、いつも感ずる。「言い足りなか
った」「説明不足だった」という思いである。



 講演というのは、たとえて言うなら、映画で言えば、あらすじだけを話すようなもの。いつも、
結論だけを話し、それで終わってしまう。



 しかしその点、インターネットができて、本当に便利になった。道端で会話をするように、ごく
気軽に、こうして膨大な情報を、簡単に交換できる。……と、考えながら、@子どものやる気
と、A金銭感覚について、考えてみたい。



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@子どものやる気



子どもの「やる気」は、かなりはやい時期に、決定される。新生児から、乳児期にかけて、決定
されるというのが、通説である。年齢的には、〇歳から一、二歳前後ではないか。



 この時期、子どもの主体性が育つ。「主体性」というのは、「求めること」。そして「求めて満足
させられること」。この二つで、決まる。



 たとえば空腹になる。そこで新生児は、泣く。その泣いたとき、母親がそれに答え、その空腹
感を満足させる。……子どもは、それで満足する。



 これが主体性のはじまりである。



 この時期に、親が拒否的な姿勢や、態度を示すと、子どもの心には、大きなキズがつく。たと
えばこの時期、もとめてもじゅうぶんな乳が与えられないとすると、子どもの中に、基底的な不
安感が増大すると言われている。そしてその不安感が、生涯にわたって、その人の心のあり方
に、大きな影響を与えると言われている。



 この主体性が原動力となって、子どもは、自分の潜在的能力を、前に引き出すことができ
る。この潜在的能力を、R・W・ホワイトという学者は、「コンピテンス」と名づけた。



 つまり主体性のある子どもは、そのつど、要求し、そしてそれを満足させることによって、自
分の潜在的能力を、自ら、引き出していくというわけである。



 たとえば目の前に、きれいに輝く三つのビンがあったとする。それらのビンは、窓から差しこ
む日光によって、明るくキラキラと輝いている。



 そのとき、主体性のある子どもは、そのビンを手に取ろうとする。これが空腹なとき、泣いて
乳を求める行為である。



 そこでその子どもは、そのビンを手に取り、いろいろな方向から、ながめたり、光の変化を楽
しむようになる。そしてある程度、一連の行動を繰りかえしたあと、満足して、それを手放す。こ
れが母親から、乳を与えられ、満足した状態である。



 このとき、子どもの中から、ビンを通して見た、美しいものへの感性、つまり潜在的能力が引
き出される。



 こうした行為を繰りかえしながら、子どもは、その主体性を、「やる気」へと、育てることができ
る。つまり自分で達成感を、楽しむことができる。



 これをチャート化すると、こうなる。



 (主体的行動)→(満足する)→(達成感を覚える)→(さらなる主体的行動を求める)→……、
と。こうした一連の行為を繰りかえしながら、子どもは、自分の潜在的能力を、自ら引き出して
いく。



 どんな子どもにも、この主体性がある。そしてその主体性は、ちょうど、ループを描いて増大
するように、年齢とともに、増大し、加速する。少年少女期にしても、またおとなにしても、やる
気のある人と、そうでない人は、結局は、この時期の方向性によって決まるということになる。



 言いかえると、この時期に、主体性をつぶしてしまうと、やる気を引き出すのは、(不可能とは
言わないが)、そののち、たいへん困難になる。私は、講演では、それを説明した。



 私が言う、「主体性」と、そののちの、子どもの心理の発達は、別のもの。だからといって、子
どもの自主性が、すべて乳幼児期までに決まってしまうというのではない。つまりそこに「教育」
が介在する余地があるということになる。



 それについては、また機会があれば、説明したい。



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A子どもの金銭感覚



子どもの金銭感覚については、以前書いた原稿(中日新聞掲載済み)を、ここに掲載しておき
ます。参考にしてください。



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子どもに与えるお金は、一〇〇倍せよ!



●年長から小学二、三年にできる金銭感覚



 子どもの金銭感覚は、年長から小学二、三年にかけて完成する。この時期できる金銭感覚
は、おとなのそれとほぼ同じとみてよい。が、それだけではない。子どもはお金で自分の欲望
を満足させる、その満足のさせ方まで覚えてしまう。これがこわい。



●一〇〇倍論



 そこでこの時期は、子どもに買い与えるものは、一〇〇倍にして考えるとよい。一〇〇円のも
のなら、一〇〇倍して、一万円。一〇〇〇円のものなら、一〇〇倍して、一〇万円と。つまりこ
の時期、一〇〇円のものから得る満足感は、おとなが一万円のものを買ったときの満足感と
同じということ。そういう満足感になれた子どもは、やがて一〇〇円や一〇〇〇円のものでは
満足しなくなる。中学生になれば、一万円、一〇万円。さらに高校生や大学生になれば、一〇
万円、一〇〇万円となる。あなたにそれだけの財力があれば話は別だが、そうでなければ子
どもに安易にものを買い与えることは、やめたほうがよい。



●やがてあなたの手に負えなくなる



子どもに手をかければかけるほど、それは親の愛のあかしと考える人がいる。あるいは高価
であればあるほど、子どもは感謝するはずと考える人がいる。しかしこれはまったくの誤解。あ
るいは実際には、逆効果。一時的には感謝するかもしれないが、それはあくまでも一時的。子
どもはさらに高価なものを求めるようになる。そうなればなったで、やがてあなたの子どもはあ
なたの手に負えなくなる。



先日もテレビを見ていたら、こんなシーンが飛び込んできた。何でもその朝発売になるゲーム
ソフトを手に入れるために、六〇歳前後の女性がゲームソフト屋の前に並んでいるというの
だ。しかも徹夜で! そこでレポーターが、「どうしてですか」と聞くと、その女性はこう答えた。
「かわいい孫のためです」と。その番組の中は、その女性(祖母)と、子ども(孫)がいる家庭を
同時に中継していたが、子ども(孫)は、こう言っていた。「おばあちゃん、がんばって。ありがと
う」と。



●この話はどこかおかしい



 一見、何でもないほほえましい光景に見えるが、この話はどこかおかしい。つまり一人の祖
母が、孫(小学五年生くらい)のゲームを買うために、前の晩から毛布持参でゲーム屋の前に
並んでいるというのだ。その女性にしてみれば、孫の歓心を買うために、寒空のもと、毛布持
参で並んでいるのだろうが、そうした苦労を小学生の子どもが理解できるかどうか疑わしい。
感謝するかどうかということになると、さらに疑わしい。苦労などというものは、同じような苦労し
た人だけに理解できる。その孫にすれば、その女性は、「ただのやさしい、お人よしのおばあち
ゃん」にすぎないのではないのか。



●釣竿を買ってあげるより、魚を釣りに行け



 イギリスの教育格言に、『釣竿を買ってあげるより、一緒に魚を釣りに行け』というのがある。
子どもの心をつかみたかったら、釣竿を買ってあげるより、子どもと魚釣りに行けという意味だ
が、これはまさに子育ての核心をついた格言である。少し前、どこかの自動車のコマーシャル
にもあったが、子どもにとって大切なのは、「モノより思い出」。この思い出が親子のきずなを太
くする。



●モノに固執する国民性



日本人ほど、モノに執着する国民も、これまた少ない。アメリカ人でもイギリス人でも、そしてオ
ーストラリア人も、彼らは驚くほど生活は質素である。少し前、オーストラリアへ行ったとき、友
人がくれたみやげは、石にペインティングしたものだった。それには、「友情の一里塚(マイル・
ストーン)」と書いてあった。日本人がもっているモノ意識と、彼らがもっているモノ意識は、本質
的な部分で違う。そしてそれが親子関係にそのまま反映される。



 さてクリスマス。さて誕生日。あなたは親として、あるいは祖父母として、子どもや孫にどんな
プレゼントを買い与えているだろうか。ここでちょっとだけ自分の姿勢を振りかってみてほしい。



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参考までに、子どもを伸ばす方法について

考えた原稿を、二作、添付しておきます。



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好子(こうし)と嫌子(けんし)



 何か新しいことをしてみる。そのとき、その新しいことが、自分にとってつごうのよいことや、
気分のよいものであったりすると、人は、そのつぎにも、同じようなことを繰りかえすようにな
る。こうして人間は、自らを進化させる。その進化させる要素を、「好子(こうし)」という。



 反対に、何か新しいことをしてみる。そのとき、その新しいことが、自分にとってつごうの悪い
ことや、気分の悪いものであったりすると、人は、そのつぎのとき、同じようなことをするのを避
けようとする。こうして人間は、自らを進化させる。その進化させる要素を、「嫌子(けんし)」とい
う。



 もともと好子にせよ、嫌子にせよ、こういった言葉は、進化論を説明するために使われた。た
とえば人間は太古の昔には、四足歩行をしていた。が、ある日、何らかのきっかけで、二足歩
行をするようになった。そのとき、人間を二足歩行にしたのは、そこに何らかの好子があった
からである。たとえば(多分)、二足に歩行にすると、高いところにある食べ物が、とりやすかっ
たとか、走るのに、便利だったとか、など。あるいはもっとほかの理由があったのかもしれな
い。



 これは人間というより、人類全体についての話だが、個人についても、同じことが言える。私
たちの日常生活の中には、この好子と嫌子が、無数に存在し、それらが複雑にからみあって
いる。子どもの世界とて、例外ではない。が、問題は、その中身である。



 たとえば喫煙を考えてみよう。たいていの子どもは、最初は、軽い好奇心で、喫煙を始める。
この日本では、喫煙は、おとなのシンボルと考える子どもは多い。(そういうまちがった、かっこ
よさを印象づけた、JTの責任は重い!)が、そのうち、喫煙が、どこか気持ちのよいものであ
ることを知る。そしてそのまま喫煙が、習慣化する。



 このとき喫煙は、好子なのか。それとも嫌子なのか。たとえば出産予定がある若い女性がい
る。そういう女性が喫煙しているとするなら、その女性は、本物のバカである。大バカという言
葉を使っても、さしつかえない。昔、日本を代表する京都大学のN教授が、私に、こっそりとこう
教えてくれた。「奇形出産の原因の多くに、喫煙がからんでいることには、疑いようがない」と。



 体が気持ちよく感ずるなら、好子ということになる。しかし遺伝子や胎児に影響を与えること
を考えるなら、嫌子ということになる。……と、今まで、私はそう考えてきたが、この考え方はま
ちがっている。



 そもそも好子にせよ、嫌子にせよ、それは「心」の問題であって、「モノに対する反応」の問題
ではない。この二つの言葉は、よく心理学の本などに出てくるが、どうもすっきりしない。そのす
っきりしない理由が、実は、この混同にあるのではないか?



 たとえば人に親切にしてみよう。仲よくしたり、やさしくするのもよい。すると、心の中がポーツ
と暖かくなるのがわかる。実は、これが好子である。



 反対に、人に意地悪をしてみよう。ウソをついたり、ごまかしたりするのもよい。すると、心の
中が、どこか重くなり、憂うつになる。これが嫌子である。

 

 こうして人間は、体型や体の機能ばかりではなく、心も進化させてきた。そのことは、昔、オー
ストラリアのアボリジニーの生活をかいま見たとき知った。彼らの生活は、まさに平和と友愛に
あふれていた。つまりそういう「心」があるから、彼らは何万年もの間、あの過酷な大地の中で
生き延びることができた。



 言いかえると、現代人の生活が、どこか邪悪になっているのは、それは人間がもつ本来の姿
というよりは、欲得の追求という文明生活がもたらした結果ともいえる。そのことは、子どもの
世界を総じてみればわかる。



 私は今でも、数は少ないが、年中児から高校三年生まで、教えている。そういう流れの中で
みると、子どもたちが小学三、四年生くらいまでは、和気あいあいとした人間関係を結ぶことが
できる。しかしこの時期を境に、先生との関係だけではなく、友だちどうしの人間関係は、急速
に悪化する。ちょうどこの時期は、親たちが子どもの受験勉強に関心をもち、私の教室を去っ
ていく年齢でもある。子どもどうしの世界ですら、どこかトゲトゲしく、殺伐としたものになる。



 ひょっとしたら、親自身もそういう世界を経験しているためか、子どもがそのように変化しても
気づかないし、またそうあるべきと考えている親も少なくない。一方で、「友だちと仲よくしなさい
よ」と教えながら、「勉強していい中学校に入りなさい」と教える。親自身が、その矛盾に気づい
ていない。



 結果、この日本がどうなったか? 平和でのどかで、心暖かい国になったか。実はそうではな
く、みながみな、毎日、何かに追いたてられるように生きている。立ち止まって、休むことすら許
されない。さらにこの日本には、コースのようなものがあって、このコースからはずれたら、あと
は負け犬。親たちもそれを知っているから、自分の子どもが、そのコースからはずれないよう
にするだけで精一杯。が、そうした意識が、一方で、またそのコースを補強してしまうことにな
る。恐らく世界広しといえども、日本ほど、弱者に冷たい国はないのではないか。それもそのは
ず。受験勉強をバリバリやりこなし、無数の他人を蹴落としてきたような人でないと、この日本
では、リーダーになれない?



 ……と、また大きく話が脱線してしまったが、私たちの心も、この好子と嫌子によって、進化し
てきた。だからこそ、この地球上で、何十万年もの間、生き延びることができた。そしてその片
鱗(へんりん)は、今も、私たちの心の中に残っている。



 ためしに、今日一日だけ、自分にすなおに、他人に正直に、そして誠実に生きてみよう。他人
に親切に、やさしく、家族を暖かく包んでみよう。そしてそのあと、たとえば眠る前に、あなたの
心がどんなふうに変化しているか、静かに観察してみよう。それが「好子」である。その好子を
大切にすれば、人間は、これから先、いつまでも、みな、仲よく生きられる。










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●自己嫌悪



 ある母親から、こんなメールが届いた。「中学二年生になる娘が、いつも自分をいやだとか、
嫌いだとか言います。母親として、どう接したらよいでしょうか」と。神奈川県に住む、Dさんから
のものだった。



 自我意識の否定を、自己嫌悪という。自己矛盾、劣等感、自己否定、自信喪失、挫折感、絶
望感、不安心理など。そういうものが、複雑にからみ、総合されて、自己嫌悪につながる。青春
期には、よく見られる現象である。



 しかしこういった現象が、一過性のものであり、また現れては消えるというような、反復性があ
るものであれば、(それはだれにでもある現象という意味で)、それほど、心配しなくてもよい。
が、その程度を超えて、心身症もしくは気うつ症としての症状を見せるときは、かなり警戒した
ほうがよい。はげしい自己嫌悪が自己否定につながるケースも、ないとは言えない。さらにそ
の状態に、虚脱感、空疎感、無力感が加わると、自殺ということにもなりかねない。とくに、それ
が原因で、子どもがうつ状態になったら、「うつ症」に応じた対処をする。



 一般には、自己嫌悪におちいると、人は、その状態から抜けでようと、さまざまなな心理的葛
藤を繰りかえすようになる。ふつうは(「ふつう」という言い方は適切ではないかもしれないが…
…)、自己鍛錬や努力によって、そういう自分を克服しようとする。これを心理学では、「昇華」
という。つまりは自分を高め、その結果として、不愉快な状態を克服しようとする。



 が、それもままならないことがある。そういうとき子どもは、ものごとから逃避的になったら、あ
るいは回避したり、さらには、自分自身を別の世界に隔離したりするようになる。そして結果と
して、自分にとって居心地のよい世界を、自らつくろうとする。よくあるのは、暴力的、攻撃的に
なること。自分の周囲に、物理的に優位な立場をつくるケース。たとえば暴走族の集団非行な
どがある。



 だからたとえば暴走行為を繰りかえす子どもに向かって、「みんなの迷惑になる」「嫌われる」
などと説得しても、意味がない。彼らにしてみれば、「嫌われること」が、自分自身を守るため
の、ステータスになっている。また嫌われることから生まれる不快感など、自己嫌悪(否定)か
ら受ける苦痛とくらべれば、何でもない。



 問題は、自己嫌悪におちいった子どもに、どう対処するかだが、それは程度による。「私は自
分がいや」と、軽口程度に言うケースもあれば、落ちこみがひどく、うつ病的になるケースもあ
る。印象に残っている中学生に、Bさん(中三女子)がいた。



 Bさんは、もともとがんばり屋の子どもだった。それで夏休みに入るころから、一日、五、六時
間の勉強をするようになった。が、ここで家庭問題。父親に愛人がいたのがわかり、別居、離
婚の騒動になってしまった。Bさんは、進学塾の夏期講習に通ったが、これも裏目に出てしまっ
た。それまで自分がつくってきた学習リズムが、大きく乱れてしまった。が、何とか、Bさんは、
それなりに勉強したが、結果は、よくなかった。夏休み明けの模擬テストでは、それまでのテス
トの中でも、最悪の結果となってしまった。



 Bさんに無気力症状が現れたのは、その直後からだった。話しかければそのときは、柔和な
表情をしてみせたが、まったくの上の空。教室にきても、ただぼんやりと空をみつめているだ
け。あとはため息ばかり。このタイプの子どもには、「がんばれ」式の励ましや、「こんなことで
は○○高校に入れない」式の、脅しは禁物。それは常識だが、Bさんの母親には、その常識が
なかった。くる日もくる日も、Bさんを、あれこれ責めた。そしてそれがますますBさんを、絶壁へ
と追いこんだ。



 やがて冬がくるころになると、Bさんは、何も言わなくなってしまった。それまでは、「私は、ダ
メだ」とか、「勉強がおもしろくない」とか言っていたが、それも口にしなくなってしまった。「高校
へ入って、何かしたいことがないのか。高校では、自分のしたいことをしればいい」と、私が言
っても、「何もない」「何もしたくない」と。そしてそのころ、両親は、離婚した。



 このBさんのケースでは、自己嫌悪は、気うつ症による症状の一つということになる。言いか
えると、自己嫌悪にはじまる、自己矛盾、劣等感、自己否定、自信喪失、挫折感、絶望感、不
安心理などの一連の心理状態は、気うつ症の初期症状、もしくは気うつ症による症状そのもの
ということになる。あるいは、気うつ症に準じて考える。



 軽いばあいなら、休息と息抜き。家庭の中で、だれにも干渉されない時間と場所を用意す
る。しかし重いばあいなら、それなりの覚悟をする。「覚悟」というのは、安易になおそうと考え
ないことをいう。



心の問題は、外から見えないだけに、親は安易に考える傾向がある。が、そんな簡単な問題
ではない。症状も、一進一退を繰りかえしながら、一年単位の時間的スパンで、推移する。ふ
つうは(これも適切ではないかもしれないが……)、こうした心の問題については、@今の状態
を、今より悪くしないことだけを考えて対処する。A今の状態が最悪ではなく、さらに二番底、
三番底があることを警戒する。そしてここにも書いたように、B一年単位で様子をみる。「去年
の今ごろと比べて……」というような考え方をするとよい。つまりそのときどきの症状に応じて、
親は一喜一憂してはいけない。



 また自己嫌悪のはげしい子どもは、自我の発達が未熟な分だけ、依存性が強いとみる。満
たされない自己意識が、自分を嫌悪するという方向に向けられる。たとえば鉄棒にせよ、みな
はスイスイとできるのに、自分は、いくら練習してもできないというようなときである。本来なら、
さらに練習を重ねて、失敗を克服するが、そこへ身体的限界、精神的限界が加わり、それも思
うようにできない。さらにみなに、笑われた。バカにされたという「嫌子(けんし)」(自分をマイナ
ス方向にひっぱる要素)が、その子どもをして、自己嫌悪に陥れる。



 以上のように自己嫌悪の中身は、複雑で、またその程度によっても、対処法は決して一様で
はない。原因をさぐりながら、その原因に応じた対処法をする。一般論からすれば、「子どもを
前向きにほめる(プラスのストロークをかける)」という方法が好ましいが、中学二年生という年
齢は、第二反抗期に入っていて、かつ自己意識が完成する時期でもある。見えすいた励ましな
どは、かえって逆効果となりやすい。たとえば学習面でつまずいている子どもに向かって、「勉
強なんて大切ではないよ。好きなことをすればいいのよ」と言っても、本人はそれに納得しな
い。



 こうしたケースで、親がせいぜいできることと言えば、子どもに、絶対的な安心を得られる家
庭環境を用意することでしかない。そして何があっても、あとは、「許して忘れる」。その度量の
深さの追求でしかない。こういうタイプの子どもには、一芸論(何か得意な一芸をもたせる)、環
境の変化(思い切って転校を考える)などが有効である。で、これは最悪のケースで、めったに
ないことだが、はげしい自己嫌悪から、自暴自棄的な行動を繰りかえすようになり、「死」を口
にするようになったら、かなり警戒したほうがよい。とくに身辺や近辺で、自殺者が出たようなと
きには、警戒する。



 しかし本当の原因は、母親自身の育児姿勢にあったとみる。母親が、子どもが乳幼児のこ
ろ、どこかで心配先行型、不安先行型の子育てをし、子どもに対して押しつけがましく接したこ
となど。否定的な態度、拒否的な態度もあったかもしれない。子どもの成長を喜ぶというより
は、「こんなことでは!」式のおどしも、日常化していたのかもしれない。神奈川県のDさんがそ
うであるとは断言できないが、一方で、そういうことをも考える。えてしてほとんどの親は、子ど
もに何か問題があると、自分の問題は棚にあげて、「子どもをなおそう」とする。しかしこういう
姿勢がつづく限り、子どもは、心を開かない。親がいくらプラスのストロークをかけても、それが
ムダになってしまう。



 ずいぶんときびしいことを書いたが、一つの参考意見として、考えてみてほしい。なお、繰り
かえすが、全体としては、自己嫌悪は、多かれ少なかれ、思春期のこの時期の子どもに、広く
見られる症状であって、決して珍しいものではない。ひょっとしたらあなた自身も、どこかで経験
しているはずである。もしどうしても子どもの心がつかめなかったら、子どもには、こう言ってみ
るとよい。「実はね、お母さんも、あなたの年齢のときにね……」と。こうしたやさしい語りかけ
(自己開示)が、子どもの心を開く。



++++++++++++++++



 たった今、MT氏に、これだけの回答を、メールで送った。時間にすれば、(返信)(コピー)
(送信)で、一〇秒足らずでできたのでは……。改めて、インターネットのすごさに驚く。昔なら、
つまりこんなことを手紙などでしていたら、数日はかかったかもしれない。

(031014)











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【ドラ息子、ドラ娘】



●甘やかしと、きびしさ



+++++++++++++



甘やかしと、きびしさ。一貫性の

ない親の育児姿勢が、子どもを

ドラ息子、ドラ娘にする。



甘やかしで、規範そのものが

崩れる。一方、アンバランスな

きびしさが、子どもを反抗的に

する。



わがままで、自分勝手。

思うようにことが運ばないと、

キレる……。



+++++++++++++



 一方で甘やかす。しかしその甘やかしに手を焼き、ときとして、きびしく接する。はじめは、小
さなすき間だが、それが繰りかえされるうち、やがてすき間が広がる。(甘やかす)→(ますます
きびしく接する)→(甘やかす)の悪循環の中で、親の手に負えなくなる。一貫性のない親の育
児姿勢が、子どもをして、ドラ息子、ドラ娘にする。 



 このタイプの親には、共通点がある。



(1)溺愛性(生活のすべてが、子ども中心)

(2)育児観の欠落(どういう子どもに育てたいのか、その教育観が希薄)

(3)飽食とぜいたく(どちらかというと、余裕のある裕福な家庭)

(4)視野が狭い(目先のことしか、考えていない)

(5)見栄っ張り(世間体や外見を重んじる)

(6)代償的過保護(子どもを自分の思いどおりにしたい)

(7)親自身も、ドラ息子、ドラ娘的(自分がドラ息子、ドラ娘的であることに気づかない)



 これらの特徴と併せて、(8)一貫性がない。そのときの気分で、子どもに甘く接したり、きびし
く接したりする。A君(6歳、架空の子ども)を例にあげて、考えてみよう。



 A君の父親は、もの静かな人だった。一方、母親は派手好き。裕福な家庭で、生まれ育っ
た。ほしいものは、何でも買い与えられた。



 A君は、生まれたときから、両親の愛情に恵まれた。近くに祖父母もいて、A君の世話をし
た。A君は、まさに「蝶よ、花よ」と育てられた。



 母親は、A君に楽をさせること、楽しい思いをさせることが、親の愛の証(あかし)と考えてい
た。A君は、その年齢になっても、家の手伝いは、ほとんどしなかった。いや、するにはしたが、
とても手伝いとは言えないような手伝いをしただけで、みなが、おおげさに喜んでみせたり、ほ
めたりした。「ほら、Aが、クツを並べた!」「ほら、Aが、花に水をやった」と。



 が、やがて、A君のわがままが目立つようになった。あと片づけをしない、ほしいものが手に
入らないと、怒りを露骨に表現するなど。母親は、そのつど、A君をはげしく叱った。A君は、そ
れに泣いて抗議した。



 A君は、幼稚園へ入る前から、バイオリン教室、水泳教室、体操教室に通った。夫の収入だ
けでは足りなかった。A君の母親は、実家の両親から、毎月、5〜8万円程度の援助を受けて
いた。夫には内緒、ということだった。



 A君は、そこそこに伸びたが、しかしそれほど力のある子どもではなかった。そのためA君の
母親は、ますますA君の教育にのめりこんでいった。そのころすでにA君は、オーバーヒート気
味だったが、母親は、それに気づかなかった。「やればできるはず」式に、A君に、いろいろさ
せた。



 A君がだれの目にもドラ息子とわかるようになったのは、年長児になったころである。好き嫌
いがはげしく、先にも書いたように、自分勝手でわがまま。簡単なゲームをさせても、ルールを
守らなかった。そのゲームで負けると、大泣きしたり、あるいはまわりの人に乱暴を繰りかえし
たりした。



 人格の完成度が遅れた。他人の心が理解できない。自己中心的。ほかの子どもたちとの協
調性に欠けた。幼稚園の先生が何か仕事を頼んでも、A君は、機嫌のよいときはそれをした
が、そうでないときは、いろいろ口実を並べて、それをしなかった。



 小学2、3年生になるころには、母親でも、手に負えなくなった。そのころになると、母親にも
乱暴を繰りかえすようになった。母親を蹴る、殴るは、日常茶飯事。ものを投げつけることも重
なった。が、A君は、自分では、何もしようとしなかった。学校の宿題をするだけで、精一杯。そ
の宿題すら、母親に、手伝ってしてもらっていた。



 ……という例は、多い。今では、10人のうち、何人かがそうであると言ってよいほど、多い。
が、何よりも悲劇的なのは、そういう子どもでありながらも、母親が、それに気づくことがないと
いうこと。『溺愛は、親を盲目にする』。A君の母親は、ますます献身的に(?)、A君に仕えた。



 こういうとき母親がそれに気づき、私のようなものに相談でもあれば、私もそれなりに対処で
きる。アドバイスもできる。しかしそれに気づいていない親に向かって、「あなたのお子さんに
は、問題があります」とは、現実には、言えない。言ったところで、そのリズム、つまり子育ての
リズムを変えることは、不可能。親にとっても、容易なことではない。そのリズムは、子どもを妊
娠したときから、はじまっている。そんなわけで、わかっていても、知らぬフリをする。



 が、やがて行き着くところまで、行き着く。親自身が、袋小路に入り、にっちもさっちも行かなく
なる。が、そのときでも、子どもに問題があると気づく親は少ない。「うちの子にかぎって……」
「そんなはずはない……」と、親は親で、がんばる。



 A君のドラ息子性は、さらにはげしくなった。小学5、6年になるころには、まさに王様。食事
も、ソファに寝そべって食べるようになった。母親が、そこまで盆にのせて、A君に食事を届け
た。母親は、A君のほしがるものを、一度は拒(こば)んではみせるものの、結局は、買い与え
ていた。「機嫌をそこねたら、塾へも行かなくなる」と。



 本来なら、こうした異常な母子関係を調整するのは、父親の役目ということになる。が、A君
の父親は、静かで、やさしい人だった。家庭のことには、ほとんど関心を示さなかった。仕事か
ら帰ってくると、自分の部屋で、ひとりでビデオの編集をして時間をつぶしていた。

 

 ……というわけで、子どものドラ息子性、ドラ娘性の問題は、いかに早い段階で、親がそれに
気づくか、それが大切。早ければ早いほど、よい。できれば3、4歳ごろには、気づく。(それで
も遅いかもしれない。)



 というのも、この問題は、家庭がもつ(子育てのリズム)に、深く関係している。そのリズムを
変えるのは、容易なことではない。1年や2年はかかる。あるいは、もっと、かかる。さらに親自
身がもつ、子育て観を変えるのは、ほぼ不可能とみてよい。それこそ行き着くところまで行き、
絶望のどん底にたたき落とされないかぎり、親も、それに気づかない。



 ある母親は、自分の子ども(中3男子)が、万引き事件を起こしたとき、一晩で、事件そのも
のを、もみ消してしまった。あちこちを回り、お金で解決してしまった。また別の子ども(高1男
子)は、無免許で車を運転し、隣家の塀を壊してしまった。そのときも、母親が、一晩で、事件
そのものをもみ消してしまった。



こういうことを繰りかえしながら、親はドン底にたたき落とされる。で、やっとそのころになると、
自分の(まちがい)に気づく。それまでは、気づかない。ひょっとしたら、この文章を読んでいる
あなた自身も、その1人かもしれない。が、ほとんどの人は、こういう文章を読んでも、「私には
関係ない」と、無視する。これは子育てがもつ、宿命のようなもの。



 そこで教訓。



 あなたの子どもが、わがままで自分勝手なら、子どもを責めても意味はない。責めるべきは、
あなた自身。反省すべきは、家庭環境そのもの。あなたの育児姿勢。家庭のリズム。あなたの
人生観、それに子育て観。



 子どもだけを見て、子どもだけをなおそうと考えても、ぜったいになおらない。なおるはずもな
い。この問題は、そういう問題である。



+++++++++++++++



ドラ息子、ドラ娘について書いた

原稿を、いくつか添付します。



+++++++++++++++



子どもをよい子にしたいとき 



●どうすれば、うちの子は、いい子になるの?



 「どうすれば、うちの子どもを、いい子にすることができるのか。それを一口で言ってくれ。私
は、そのとおりにするから」と言ってきた、強引な(?)父親がいた。「あんたの本を、何冊も読
む時間など、ない」と。私はしばらく間をおいて、こう言った。「使うことです。使って使って、使い
まくることです」と。



 そのとおり。子どもは使えば使うほど、よくなる。使うことで、子どもは生活力を身につける。
自立心を養う。それだけではない。忍耐力や、さらに根性も、そこから生まれる。この忍耐力や
根性が、やがて子どもを伸ばす原動力になる。



●100%スポイルされている日本の子ども?



 ところでこんなことを言ったアメリカ人の友人がいた。「日本の子どもたちは、100%、スポイ
ルされている」と。わかりやすく言えば、「ドラ息子、ドラ娘だ」と言うのだ。そこで私が、「君は、
日本の子どものどんなところを見て、そう言うのか」と聞くと、彼は、こう教えてくれた。



「ときどきホームステイをさせてやるのだが、料理の手伝いはしない、食事のあと、食器を洗わ
ない。片づけない。シャワーを浴びても、あわを洗い流さない。朝、起きても、ベッドをなおさな
い」などなど。つまり、「日本の子どもは何もしない」と。反対に夏休みの間、アメリカでホームス
テイをしてきた高校生が、こう言って驚いていた。「向こうでは、明らかにできそこないと思われ
るような高校生ですら、家事だけはしっかりと手伝っている」と。ちなみにドラ息子の症状として
は、次のようなものがある。



●ドラ息子症候群



(1)ものの考え方が自己中心的。自分のことはするが他人のことはしない。他人は自分を喜
ばせるためにいると考える。ゲームなどで負けたりすると、泣いたり怒ったりする。自分の思い
どおりにならないと、不機嫌になる。あるいは自分より先に行くものを許さない。いつも自分が
皆の中心にいないと、気がすまない。



(2)ものの考え方が退行的。約束やルールが守れない。目標を定めることができず、目標を
定めても、それを達成することができない。あれこれ理由をつけては、目標を放棄してしまう。
ほしいものにブレーキをかけることができない。生活習慣そのものがだらしなくなる。その場を
楽しめばそれでよいという考え方が強くなり、享楽的かつ消費的な行動が多くなる。



(3)ものの考え方が無責任。他人に対して無礼、無作法になる。依存心が強い割には、自分
勝手。わがままな割には、幼児性が残るなどのアンバランスさが目立つ。



(4)バランス感覚が消える。ものごとを静かに考えて、正しく判断し、その判断に従って行動す
ることができない、など。





●原因は家庭教育に



 こうした症状は、早い子どもで、年中児の中ごろ(4・5歳)前後で表れてくる。しかし一度この
時期にこういう症状が出てくると、それ以後、それをなおすのは容易ではない。



ドラ息子、ドラ娘というのは、その子どもに問題があるというよりは、家庭のあり方そのものに
原因があるからである。また私のようなものがそれを指摘したりすると、家庭のあり方を反省
する前に、叱って子どもをなおそうとする。あるいは私に向かって、「内政干渉しないでほしい」
とか言って、それをはねのけてしまう。あるいは言い方をまちがえると、家庭騒動の原因をつく
ってしまう。



●子どもは使えば使うほどよい子に



 日本の親は、子どもを使わない。本当に使わない。「子どもに楽な思いをさせるのが、親の愛
だ」と誤解しているようなところがある。だから子どもにも生活感がない。「水はどこからくるか」
と聞くと、年長児たちは「水道の蛇口」と答える。「ゴミはどうなるか」と聞くと、「どこかのおじさん
が捨ててくれる」と。



あるいは「お母さんが病気になると、どんなことで困りますか」と聞くと、「お父さんがいるから、
いい」と答えたりする。生活への耐性そのものがなくなることもある。友だちの家からタクシー
で、あわてて帰ってきた子ども(小6女児)がいた。話を聞くと、「トイレが汚れていて、そこで用
をたすことができなかったからだ」と。そういう子どもにしないためにも、子どもにはどんどん家
事を分担させる。子どもが二〜四歳のときが勝負で、それ以後になると、このしつけはできなく
なる。



●いやなことをする力、それが忍耐力



 で、その忍耐力。よく「うちの子はサッカーだと、一日中しています。そういう力を勉強に向け
てくれたらいいのですが……」と言う親がいる。しかしそういうのは忍耐力とは言わない。好き
なことをしているだけ。



幼児にとって、忍耐力というのは、「いやなことをする力」のことをいう。たとえば台所の生ゴミを
始末できる。寒い日に隣の家へ、回覧板を届けることができる。風呂場の排水口にたまった毛
玉を始末できる。そういうことができる力のことを、忍耐力という。



こんな子ども(年中女児)がいた。その子どもの家には、病気がちのおばあさんがいた。そのお
ばあさんのめんどうをみるのが、その女の子の役目だというのだ。その子どものお母さんは、
こう話してくれた。「おばあさんが口から食べ物を吐き出すと、娘がタオルで、口をぬぐってくれ
るのです」と。こういう子どもは、学習面でも伸びる。なぜか。



●学習面でも伸びる



 もともと勉強にはある種の苦痛がともなう。漢字を覚えるにしても、計算ドリルをするにして
も、大半の子どもにとっては、じっと座っていること自体が苦痛なのだ。その苦痛を乗り越える
力が、ここでいう忍耐力だからである。反対に、その力がないと、(いやだ)→(しない)→(でき
ない)→……の悪循環の中で、子どもは伸び悩む。



 ……こう書くと、決まって、こういう親が出てくる。「何をやらせればいいのですか」と。話を聞く
と、「掃除は、掃除機でものの10分もあればすんでしまう。買物といっても、食材は、食材屋さ
んが毎日、届けてくれる。洗濯も今では全自動。料理のときも、キッチンの周囲でうろうろされ
ると、かえってじゃま。テレビでも見ていてくれたほうがいい」と。



●家庭の緊張感に巻き込む



 子どもを使うということは、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。親が寝そべってテレビを見
ながら、「玄関の掃除をしなさい」は、ない。子どもを使うということは、親がキビキビと動き回
り、子どももそれに合わせて、すべきことをすることをいう。たとえば……。

 あなた(親)が重い買い物袋をさげて、家の近くまでやってきた。そしてそれをあなたの子ども
が見つけたとする。そのときさっと子どもが走ってきて、あなたを助ければ、それでよし。



しかし知らぬ顔で、自分のしたいことをしているようであれば、家庭教育のあり方をかなり反省
したほうがよい。やらせることがないのではない。その気になればいくらでもある。食事が終わ
ったら、食器を台所のシンクのところまで持ってこさせる。そこで洗わせる。フキンで拭かせる。
さらに食器を食器棚へしまわせる、など。



 子どもを使うということは、ここに書いたように、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。たとえ
ば親が、何かのことで電話に出られないようなとき、子どものほうからサッと電話に出る。庭の
草むしりをしていたら、やはり子どものほうからサッと手伝いにくる。そういう雰囲気で包むこと
をいう。何をどれだけさせればよいという問題ではない。要はそういう子どもにすること。それ
が、「いい子にする条件」ということになる。



●バランスのある生活を大切に



 ついでに……。子どもをドラ息子、ドラ娘にしないためには、次の点に注意する。(1)生活感
のある生活に心がける。ふつうの寝起きをするだけでも、それにはある程度の苦労がともなう
ことをわからせる。あるいは子どもに「あなたが家事を手伝わなければ、家族のみんなが困る
のだ」という意識をもたせる。(2)質素な生活を旨とし、子ども中心の生活を改める。(3)忍耐
力をつけさせるため、家事の分担をさせる。(4)生活のルールを守らせる。(5)不自由である
ことが、生活の基本であることをわからせる。そしてここが重要だが、(6)バランスのある生活
に心がける。



 ここでいう「バランスのある生活」というのは、きびしさと甘さが、ほどよく調和した生活をいう。
ガミガミと子どもにきびしい反面、結局は子どもの言いなりになってしまうような甘い生活。ある
いは極端にきびしい父親と、極端に甘い母親が、それぞれ子どもの接し方でチグハグになって
いる生活は、子どもにとっては、決して好ましい環境とは言えない。チグハグになればなるほ
ど、子どもはバランス感覚をなくす。ものの考え方がかたよったり、極端になったりする。



子どもがドラ息子やドラ娘になればなったで、将来苦労するのは、結局は子ども自身。それを
忘れてはならない。



Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



●子どもの金銭感覚



 年長(6歳)から小学2年(8歳)ぐらいの間に、子どもの金銭感覚は完成する。その金銭感覚
は、おとなのそれと、ほぼ同じになるとみてよい。が、それだけではない。子どもはこの時期を
通して、お金によって物欲を満たす、その満たし方まで覚えてしまう。そしてそれがそれから
先、子どものものの考え方に、大きな影響を与える。



 この時期の子どものお金は、100倍して考えるとよい。たとえば子どもの100円は、おとな
の1万円に相当する。1000円は、10万円に相当する。



親は安易に子どもにものを買い与えるが、それから子どもが得る満足感は、おとなになってか
らの、1万円、10万円に相当する。「与えられること」に慣れた子どもや、「お金によって欲望を
満足すること」に慣れた子どもが、将来どうなるか。もう、言べくもない。



さすがにバブル経済がはじけて、そういう傾向は小さくなったが、それでも「高価なものを買って
あげること」イコール、親の愛と誤解している人は多い。より高価なものを買い与えることで、親
は「子どもの心をつかんだはず」と考える。



あるいは「子どもは親に感謝しているはず」と考える。が、これはまったくの誤解。実際には、逆
効果。それだけではない。ゆがんだ金銭感覚が、子どもの価値観そのものを狂わす。ある子
ども(小2男児)は、こう言った。「明日、新しいゲームソフトが発売になるから、ママに買いに行
ってもらう」と。そこで私が、「どんなものか、見てから買ってはどう?」と言うと、「それではおく
れてしまう」と。その子どもは、「おくれる」と言うのだ。



最近の子どもたちは、他人よりも、より手に入りにくいものを、より早くもつことによって、自分
のステイタス(地位)を守ろうとする。物欲の内容そのものが、昔とは違う。変質している。……
というようなことを考えていたら、たまたまテレビにこんなシーンが出てきた。



援助交際をしている女子高校生たちが、「お金がほしいから」と答えていた。「どうしてそういう
ことをするのか」という質問に対して、である。しかも金銭感覚そのものが、マヒしている。もって
いるものが、10万円、20万円という、ブランド品ばかり!



 さて、誕生日。さて、クリスマス。あなたは子どもに、どんなものを買い与えるだろうか。1000
円のものだろうか。それとも1万円のものだろうか。お年玉には、いくら与えるだろうか。与える
としても、それでほしいものを買わせるだろうか。それとも、貯金をさせるだろうか。いや、その
前に、それを与えるにふさわしいだけの苦労を、子どもにさせているだろうか。



どちらにせよ、しかしこれだけは覚えておくとよい。5、6歳の子どもに、1万、2万円のプレゼン
トをホイホイと買い与えていると、子どもが高校生や大学生になったとき、あなたは100万円、
200万円のものを買い与えなくてはならなくなる。



つまりそれくらいのことをしないと、子どもは満足しなくなる。あなたにそれだけの財力と度量が
あれば話は別だが、そうでないなら、子どものために、やめたほうがよい。やがてあなたの子
どもは、ドラ息子やドラ娘になり、手がつけられなくなる。そうなればなったで、苦労するのはあ
なたではなく、結局は子ども自身なのだ。



Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



●ドラ息子症候群



 英語の諺に、『あなたは自分の作ったベッドの上でしか、寝られない』というのがある。要する
にものごとには結果があり、その結果の責任はあなたが負うということ。こういう例は、教育の
世界には多い。



 子どもをさんざん過保護にしておきながら、「うちの子は社会性がなくて困ります」は、ない。
あるいはさんざん過干渉で子どもを萎縮させておきながら、「どうしてうちの子はハキハキしな
いのでしょうか」は、ない。もう少しやっかいなケースでは、ドラ息子というのがいる。M君(小3)
は、そんなタイプの子どもだった。



 口グセはいつも同じ。「何かナ〜イ?」、あるいは「何かほシ〜イ」と。何でもよいのだ。その
場の自分の欲望を満たせば。しかもそれがうるさいほど、続く。そして自分の意にかなわない
と、「つまんナ〜イ」「たいくツ〜ウ」と。約束は守れないし、ルールなど、彼にとっては、あってな
いようなもの。他人は皆、自分のために動くべきと考えているようなところがある。



 そのM君が高校生になったとき、彼はこう言った。「ホームレスの連中は、人間のゴミだ」と。
そこで私が、「誰だって、ほんの少し人生の歯車が狂うと、そうなる」と言うと、「ぼくはならない。
バカじゃないから」とか、「自分で自分の生活を守れないヤツは、生きる資格などない」とか。こ
うも言った。



「うちにはお金がたくさんあるから、生活には困らない」と。M君の家は昔からの地主で、そのと
きは祖父母の寵愛を一身に集めて育てられていた。



 いろいろな生徒に出会うが、こういう生徒に出会うと、自分が情けなくなる。教えることそのも
のが、むなしくなる。「こういう子どもには知恵をつけさせたくない」とか、「もっとほかに学ぶべき
ことがある」というところまで、考えてしまう。そうそうこんなこともあった。



受験を控えた中3のときのこと。M君が数人の仲間とともに万引きをして、補導されてしまった
のである。悪質な万引きだった。それを知ったM君の母親は、「内申書に影響するから」という
理由で、猛烈な裏工作をし、その夜のうちに、事件そのものを、もみ消してしまった。そして彼
が高校二2生になったある日、私との間に大事件が起きた。



 その日私が、買ったばかりの万年筆を大切そうにもっていると、「ヒロシ(私のことをそう呼ん
でいた)、その万年筆のペン先を折ってやろうか。折ったら、ヒロシはどうする?」と。



そこで私は、「そんなことをしたら、お前を殴る」と宣言したが、彼は何を思ったか、私からその
万年筆を取りあげると、目の前でグイと、そのペン先を本当に折ってしまった! とたん私は彼
に飛びかかっていった。結果、彼は目の横を数針も縫う大けがをしたが、M君の母親は、私を
狂ったように責めた。(私も全身に打撲を負った。念のため。)



「ああ、これで私の教師生命は断たれた」と、そのときは覚悟した。が、M君の父親が、私を救
ってくれた。うなだれて床に正座している私のところへきて、父親はこう言った。「先生、よくやっ
てくれました。ありがとう。心から感謝しています。本当にありがとう」と。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 ドラ息
子 ドラ息子症候群 スポイルされる子どもたち)















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●自己開示



親子のさらけ出し



 親子で、どこまでたがいに、さらけ出しができるか。その度合いによって、信頼関係が決ま
る。



 子どもも、小学三年生くらいを境に、急速に親との間に距離を置くようになる。いわゆる「親離
れ」が始まる。



 このとき親が、それなりの覚悟と、そして子離れの準備をしていればよいが、そうでないとき、
いろいろな問題が起きる。子どもが幼児のころの親子関係にこだわり、その状態に戻そうとあ
がく親も、少なくない。



 とくに溺愛ぎみの親や、子育てを生きがいにしている親ほど、その傾向が強い。このタイプの
親にとっては、子離れそのものが、考えられない。中には、子どもが親離れを始めたとたん、
その絶望感(?)から、自己否定、自己嫌悪に陥(おちい)ってしまう親もいる。



 親子でも、たがいのさらけ出しが、信頼関係の基本だが、しかしその信頼関係は、子どもの
年齢とともに、質的に変化する。具体的に考えてみよう。



 以前、こんなことを相談してきた母親がいた。



 何でも最近、その母親の息子(小三)が、学校であったことを話してくれなくなったというのだ。
それまでは学校であったことを、あれこれ話してくれたが、それがなくなった。「それで、どうした
らいいか?」と。



 この時期を境に、子どもは急速に交友関係を広める。同時に、親子の関係は、希薄になる。
こうした関係の変化は、子どもの成長期には、よく見られる。が、それをもって、親子の信頼関
係が崩壊したと考えるのは、誤解である。



 この時期を境に、親子の関係は、「親子」から、「一対一」の人間関係に変化する。いつまで
も親が、親風を吹かし、上下意識をもつほうがおかしい。一方、子どもにしても、いつまでも、
「ママ、ママ……」「パパ、パパ……」と甘えるほうが、おかしい。



 そこで問題となるのが、自分の子どもであっても、いかにして、子どもを、一人の人間として見
ていくかということ。そして子どもではなく、一人の人間として、どこまで信頼していくかというこ
と。私が先に書いた、「質的な変化」というのは、そのことをいう。



 そこで自己診断。



【自己診断】



●信頼型ママ……いつも心のどこかで、「うちの子は、すばらしい」と思っている。「うちの子が
できなければ、ほかの子にできるはずはない」と思うこともある。子どもの失敗や、生活態度の
悪さは、ほとんど気にならない。



●不信型ママ……いつも心のどこかで、「うちの子は、何をしても心配だ」と思っている。「何か
失敗するのではないか」とか、「人に笑われるのではないか」と思うこともある。ささいなことが
気になって、それをよく叱る。



少し前も、「食事中、子どもがよく食べ物をこぼす。どうしたらいいか」と相談してきた母親がい
た。その母親は、子どものしつけを心配していたが、問題は、その「しつけ」ではない。母親自
身が、子どもに対して、大きな不信感をもっている。それが姿を変えて、こうした相談になった。
もし子どもを信頼していれば、子どもが食べ物をこぼしても、「あら、だめよ」と、軽くすますこと
ができるはずである。



 そこであなた自身はどうか、少し振りかえってみてほしい。あなたは子どもの前で、自分をさ
らけ出しているだろうか。あなたはさらけ出しているとしても、子どもは、どうだろうか。あなたの
前で、言いたいことを言い、したいことをしているだろうか。



 このとき、たいていの親は、「うちの子は、私の前では、伸び伸びしています」と言う。「言いた
いことも言っています。態度も大きいです。したいことも、もちろんしています」と。しかし本当に
そうだろうか。あるいはひょっとしたら、あなたがそう思いこんでいるだけではないだろうか。



 こういうケースでは、「私の子どものことは、私が一番よく知っている」「私と子どもの関係は、
すばらしい」と思っている親ほど、あぶない。親が傲慢であればあるほど、子どもは、その心を
閉ざす。



 一方、「どうもうちの子のことがわからない」「親子関係は、これでいいのか」と思っている親ほ
ど、子どもに対して謙虚になる。その謙虚さが、子どもの心を開く。このことがわからなけれ
ば、反対の立場で考えてみればわかる。もしあなたが、あなたの親に、つぎのように言われた
ら、あなたは、どのように反応するだろうか。



●「あなたはどう思う? 私は掃除したほうがいいと思うけど、ね。お客さんも来るし」と、相談を
もちかけられる。



●「掃除をしっかり、しなさい。お客さんが来るでしょ。こんなことではどうするの!」と、命令さ
れる。



もしあなたの子どもが、あなたの前で、小さくなっていたり、よい子ぶっていたりしたら、あなた
の親子関係は、かなりあぶない状態にあるとみる。表面的にはうまくいっているように見えるか
もしれないが、それはあくまでも「表面的」。たいていのばあい、あなたという親がそう思ってい
るだけと考えてよい。

(030915)





Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



人間関係を築けない若者たち



●新潟県M市で、中学三年の少女を、若い男が誘拐するという事件があった。これについて、
静岡県K市の母親から、「どう考えたらいいですか」という、質問をもらった。それを考える前
に、事件の概要について引用しておく。



+++++++++++++++++++++



新潟・少女連れ去り男の素顔に迫る 



 新潟県 M市で中学三年生の女子生徒が連れ去られた事件で、逮捕された26歳の男は、紐
で縛ったり、ナイフで脅すなどして連れ回していた。この26歳の男は、どのような人物だったの
か、その素顔に迫ってみた。



 未成年者略取の疑いで逮捕されたKJ容疑者(26歳)は、新潟県 佐渡にある中学校を卒
業。しかし、学校にはほとんど行っていなかったという。

 

Q.近藤容疑者について

 「内向的で消極的で、いじめられていた。成績は全く良くなくて、家にひきこもっていて、たまに
学校へ行く程度」(中学時代の同級生)

(TBS・news i、より)



+++++++++++++++++++++



●原因と考え方



新生児期から乳幼児期にかけて、とくに母子の関係で、基本的信頼関係を結ぶことに失敗し
た子どもは、そののち、他人との人間関係をうまく結べなくなる。そのため、(密着)と(離反)を
繰りかえすようになる。それをうまく説明したのが、ショーペンハウエルである。



●ショーペンハウエルの「二匹のヤマアラシ」



 寒い夜だった。二匹のヤマアラシは、たがいに寄り添って、体を温めようとした。しかしくっつ
きすぎると、たがいのハリで相手の体を傷つけてしまう。しかし離れすぎると、体が温まらない。
そこで二匹のヤマアラシは、一晩中、つかず離れずを繰りかえしながら、ほどよいところで、体
を温めあった。



 これがショーペンハウエルの「二匹のヤマアラシ」の話である。しかしこれと同じようなことは、
夫婦の間でも、そして親子の間でもある。



 男と女は、結婚する。電撃に打たれるような衝撃を受け、相思相愛で結婚したというケースは
別として、中には、孤独からのがれるために結婚する人も珍しくない。もともとは他人への依存
性が強い人で、心のスキ間を埋めるために結婚する。しかしこのタイプの人は、一方で、人づ
きあいが苦手。結婚はしたものの、結婚生活そのものが、わずらわしくてしかたない。だから、
たがいにつかず離れずを繰りかえしながら、ほどよいところで関係を保つ。



 親子でも、似たようなケースがある。子どもがそばにいないと不安でならない。「ママ、ママ」と
甘えてくれる間は、うれしい。しかしそれが一定の限度を超え、子どもがずっとそばにいると、う
るさくてしかたない。「子どもを愛している」という自覚はどこかにはあるが、しかし一方で、「で
きるだけ早く、子育てから解放されたい」と願っている。そのため親子関係も、どこかつかず離
れずの関係になる。



 奈良県のHYさん(母親)からの相談に、こんなのがあった。何でも夫がそばにいないと、さみ
しく思うのだが、しかしたまの日曜日など、夫が一日中、家の中でゴロゴロしているのを見る
と、わずらわしくてならないというのだ。いわく「ときどき私は、夫なんかいてもいなくても、どちら
でもよいと思うことがあります。しかしそのくせ夫が、そばにいないとさみしくて、気がへんになっ
てしまうのです」と。



 結論を先に言えば、このタイプの人は、乳幼児期の家庭環境に問題があったとみる。ふつう
子ども(人)というのは、絶対的に安心できる、心豊かな家庭環境の中で、心をはぐくむことが
できる。「絶対的」というのは、「疑いをいだかない」という意味。そういう環境があってはじめ
て、子ども(人)は心の開き方を学び、そこから、たがいの信頼関係の結び方を学ぶ。が、何ら
かの理由で、その「絶対的に安心できる、心豊かな家庭環境」が阻害されると、子ども(人)は
心を開けなくなり、ついで人との信頼関係を、じょうずに結べなくなる。



ここでいうHYさんは、まさにそのタイプの女性と考えてよい。HYさんは、夫や子どもにすら、心
を開くことができない。つまり信頼関係を結ぶことができない。そしてそれが夫婦関係や、親子
関係にまで影響を与えている。



 一般的に、心を開くことができない子ども(人)は、人と接するのが苦手。表面的には、快活
にふるまい、社交的になることはあるが、その分、精神疲労を起こしやすい。数時間、町内の
人といっしょに活動しただけで、ヘトヘトに疲れてしまったりする。しかしその一方で、心を開くこ
とができないため、孤独。さみしがり屋。ここにも書いたように、もともと他人への依存性も強
い。近くにだれかがいないと、自分の心を保つことさえできない。つまり、ここでショーペンハウ
エルの「二匹のヤマアラシ」の話にもどる。このタイプの人は、孤独(寒さ)から逃れるために人
(温もり)を求める。しかし人に近づきすぎると、自分がキズつく。それを恐れるあまり、今度は
そばには近寄れない。つまりつかず離れずの関係になる。



●「密着」と「離反」



このタイプの子ども(人)の最大の特徴は、そのため人づきあいが、どこかぎこちなくなること。
ほどほどのところで、ほどよい人間関係を築くことができない。あるとき急に接近してきたかと
思うと、今度は、同じように急に離れていく。これを心理学の世界では、「密着」「離反」という。



幼稚園の世界にも、『急速になれなれしてくる親には、要警戒』という言いまわしがある。たとえ
ばある日突然、幼稚園へやってきて、「ここの幼稚園が気に入りました。すばらしい幼稚園で
す。来年からうちの息子をここへ入れます。下にももう一人、子どもがいますが、その子どもも
ここに入れます」などとワーワーと騒ぐ。しかしそういう親ほど、離れていくのも早い。



 つまりこのタイプの子ども(人)は、相手を自分の思わくだけで、引きずりまわしてしまう。引き
ずりまわすほうは、それでかまわないが、引きずりまわされるほうは、たまらない。私も若いと
き、こんな経験をしたことがある。



 ある会社の社内報の編集を手伝っていた。社長じきじきの依頼で、それなりに張り切って仕
事をしていた。が、その社長は、大の電話魔。真夜中であろうが、早朝であろうが、電話をかけ
てきて、あれこれ私に指示してきた。それだけではない。そのつど怒涛(どとう)のように、「君
はすばらしい」「今度香港へ出張してほしい」「私がもっているアパートを君に使ってもらいたい」
「君の作る会報は一級だ。ついては予算を倍増したい」などと言う。



 最初のうちはそれを真に受けて、ワイフと二人で喜びあったが、そのうちどうも様子がおかし
いのに気がついた。私がそれらの話を煮つめるため、社長の自宅へ行くと、今度は、ああでも
ない、こうでもないと私の仕事にケチをつけて、「だから約束は守れない」と言い出した。まさに
私が遠ざかれば、近づいてきて、私が近づいていけば、遠ざかる……という感じだった。



 その社長は、いわゆる心を許さないタイプの社長だった。俗な言い方をすれば、コロコロと気
分が変わる。私の立場からすると、つかみどころがない。その社長は、まさに密着と離反を繰
りかえしていたことになる。

 

●さらけ出す

 

 信頼関係を結ぶためには、自分をさらけ出す。さらけ出しても、平気である。そういう自分へ
の確信をもつ。本来ならこうした信頼関係の原型は、乳幼児期に形成される。それが先に書い
た、「絶対的に安心できる、心豊かな家庭環境」ということになる。子ども(人)は、そういう環境
の中で、とくに親子関係の中で、自分をさらけ出すことを学ぶ。またさらけだしても、安心できる
ことを学ぶ。



 が、それが阻害されることがある。原因はいろいろあるが、その原因はともかくも、子ども
(人)側からみて、自分をさらけ出せなくなってしまう。さらけ出すことに自信がなくなるケースも
あるが、さらけ出すことに恐怖感を覚えることもある。母親に向かって「ババア」と言ってみた。
とたん、母親に殴られたとかなど。そういう無数の経験が積み重なって、自分をさらけ出せなく
なることもある。



 こういうことが重なると、子ども(人)は、仮面をかぶるようになる。自分を隠すようになる。た
いていは「いい子」ぶりながら、無理をするようになる。よくある例は、幼児期に、園の先生たち
に「いい子だ」「いい子だ」とほめられるようなケース。このタイプの子ども(人)は、いい子ぶる
ことで、自分の身の保全をはかる。相手(親や教師)に取り入るのがうまくなり、またその分、相
手の期待にこたえようとする。この無理が無数に重なって、やがて子どもの心をゆがめる。



 そういう意味では、幼児期から少年少女期にかけて、「いい子」で通った子どもほど、心配と
いうことになる。勉強もよくできる。言われたことは、ソツなくやりこなす。園でも学校でも、いつ
もリーダー格で、問題を起こすということもない。もちろん本来的に「いい子」というケースもない
わけではないが、たいていは「無理をしている」と考えたほうがよい。



 しかし問題は子ども(人)というより、あなた自身かもしれない。あなた自身は、夫(あるいは
妻)や子どもの前で、自分をさらけ出すことができるかということ。わかりやすい例では、あなた
は夫(あるいは妻)の前でも、平気でプリプリっと、おならを出すことができるか。あるいは悲し
いときやさみしいとき、自分の心を、すなおにそのまま表現できるか。それができればよし。し
かしそれができないようであれば、当然のことながら、子どももそれができなくなる。



 人というのは、自分がしていることには、寛容になる。していないことには、寛容になれない。
常、日ごろから、自分をさらけ出すことになれている親は、子どもがそれをしたとき、それを自
然な形で受け止めることができる。しかし自分をさらけ出すことができない親は、子どもがそれ
をするのを許さないばかりか、子どもが自分をさらけ出したりすると、それを悪いことだと決め
てかかってしまう。おさえてしまう。そしてその結果として、親が、子どもに仮面をかぶるようにし
むけてしまう。



●チェックテスト



 そこであなた自身をチェックテストしてみよう。



(6)あなたは夫(あるいは妻)の前で、したいことをし、言いたいことが言えるか。

(7)あなたは他人の中でも、それほど気をつかわず、自分をさらけ出すことができるか。

(8)あなたはあなたの親に対して、したいことをし、言いたいことをズケズケと言えるか。

(9)あなたは自分の子どもに対して、したいことをし、言いたいことを言えるか。

(10)あなたの子どもはあなたに対して、したいことをし、言いたいことを言っているか。



 このテストで、四〜五個、「YES」と答えたあなたは、いつもみなに、心を開いている人という
ことになる。信頼関係の結び方もうまく、人間関係もスムーズ。そのため友人も多いはず。



 しかしそうでなければ、まず「心を開く」ことから、始める。あなたの心を取り巻いている無数
のクサリを、一本ずつ解き放していく。根気のいる作業だが、しかし不可能ではない。もしあな
たがこのタイプの子ども(人)なら、夫(もしくは妻)の協力を得て、少しずつ心を開く訓練をす
る。



方法としては、夫(あるいは妻)の前で、したいことをする。言いたいことを言う。自分をさらけ出
してみる。というのも、この問題だけは、決してあなただけの問題ではすまない。そういう心の
開けないあなたといっしょに住むことによって、さみしい思いをしているのは、実はあなたの夫
(妻)であることを忘れてはいけない。さらにあなたという親が、そういう状態であるのに、どうし
て子どもに、「心を開け」と言えるだろうか。



 何でもないことのようだが、心を開くことができる人は、それをいとも簡単に、しかも自然な形
でできる。そうでない人には、そうでない。この問題は、その子ども(人)の乳幼児期までさかの
ぼるほど、もともと「根」の深い問題である。



 夫婦にせよ、親子にせよ、その基本は、ゆるぎない信頼関係で決まる。その信頼関係を結ぶ
ためにも、まずあなたは、あなたの心を開き、その心を空に解き放ってみる。勇気を出して、自
分をさらけ出してみる。自分を飾ることはない。自分をつくることはない。気負う必要もない。あ
なたはあなたのままでよい。そういう自分を、すなおにさらけ出してみる。



 そこはすがすがしいほど、広い世界。青い空がどこまでも、どこまでもつづく、広い世界。あな
たも心を取り巻いているクサリを解き放ち、その広い世界を、思う存分、羽ばたいてみよう! 
もし今、あなたが心の開けない人ならば……。



●攻撃型の子ども



他人との人間関係がうまく結べない子どもは、独特の症状を示すことが知られている。



大きく、@攻撃型、A服従型、B同情型、C依存型に分けられる。



攻撃型というのは、暴力や威圧をつかって、相手を自分の支配下におくというタイプ。ツッパリ
児が、その典型的な例ということになるが、この攻撃型にも、いろいろある。ガリガリの猛勉強
をする子どもも、この攻撃型の一つということになる。他人に対して攻撃的になるか、自分に対
して攻撃的になるかの違いと考えてよい。



 服従型というのは、服従する相手を決めて、その相手に徹底的に服従しようとする。親分、
子分の関係でいうなら、子分の立場ということになる。思考能力や判断力を、すべて相手に渡
す。集団非行を繰りかえす子どもの中に、このタイプの子どもが多いのは、そのためと考えて
よい。



 同情型というのは、弱い自分をわざと演じたり、人前でわざと病弱であることや、けがを強調
することで、自分の立場をつくる。相手が「どうしたの?」「だいじょうぶ?」と声をかけてくれる
のを、待っている。このタイプの子どもは、たとえば先生の前でも仮面をかぶり、よい子を演ず
ることが多い。



 依存型というのは、親や先生に、ベタベタ依存することで、自分の立場をつくる。俗にいう甘
えん坊ということになる。全体に人格の「核」形成が遅れ、見た感じ、その年齢に比して、子ども
っぽくなる。みなに、「かわいい子ね」と、あれこれ手をかけてもらうことを、無意識であるにせ
よ、求める。



 これら四つのタイプの子どもは、こうした環境を自分の周囲につくることによって、自分にとっ
て、居心地のよい世界をつくろうとする。だからたとえばツッパリ児に向って、「そんなことをす
ると、あなたはみんなに嫌われるよ」と説教しても、意味がない。このタイプの子どもは、わかり
やすく言えば、みなに恐れられることによって、自分の立場を作っている。



●冒頭の事件



 さて、未成年者略取の疑いで逮捕されたKJ容疑者(26歳)という男は、ここでいう@攻撃型
ということになる。



 KJ容疑者は、他人とうまく、人間関係が結べない。そのため攻撃的に、中学生を略取した。
そしてその原因は、ここにも書いたように、彼自身の幼児期にある。はからずもTBSのnew・i
は、こう報道している。



「Q.近藤容疑者について、内向的で消極的で、いじめられていた。成績は全く良くなくて、家に
ひきこもっていて、たまに学校へ行く程度だった」(中学時代の同級生)と。



 この一文が、すべてを語っている。

(030916)





Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



●自己開示の限界



 徹底した自己開示。それが信頼関係の基本であることは、まちがいない。しかしその自己開
示にも、限界がある。



 たとえばあなたがある男性と、不倫をしたとしよう。何度も密会し、性的関係もある。相手の
男にも、妻子がいる。



 そのときあなたは愛に溺れながらも、一方で、その罪の重さに悩む。苦しむ。あなたがまとも
な女性なら、心苦しくて、夫と顔を合わせることもできないだろう。



 しかしそれで夫との信頼関係が、崩壊するわけではない。あなたはその秘密を、心の奥深く
にしまう。そして何ごともなかったかのように、その場を切り抜けようとする。あなたには、夫も
子どももいる。



そんなやるせない女心をみごとに表現したのが、R・ウォラーの『マディソン郡の橋』である。映
画の中では、主人公のフランチェスカが、車のドアを迷いながらも、しっかりと握りしめる。あの
ワンカットが、フランチェスカの心のすべてを語る。



 そこで問題は、夫婦であるという理由だけで、妻は、夫にすべてを語る必要があるかというこ
と。仮に成りゆきで、ほかの男性と性的関係をもったとしても、だ。だまっていれば、バレない
し、夫も、それによってキズつくことはない。



 つまりここで自己開示の問題が、出てくる。そこでオーストラリアの友人(男性)に、メールで
聞くと、こう話してくれた。



 「ウソをつくのは、まずいが、聞かれるまでだまっているのは、悪いことではない」と。



 何とも微妙な言い回しだが、「聞かれてもだまっていればいい」「またそういうことは、夫や妻
に聞くべきではない」とも。



 仮に自分の夫や妻が不倫をしても、「その範囲」にあれば、それもしかたないのではというこ
とらしい。そこで私が、「君は、不倫をしたことがあるか?」と聞くと、「君と同じだ」と。ナルホ
ド!



 私は自分のワイフのことは知らない。しかし、そういうことは聞かない。信頼しているとか、い
ないかということではない。聞いても本当のことは言わないだろうし、ウソを言われるのは、不
倫より、つらい。



 一方、ワイフも、私には聞かない。反対の立場で、同じように考えているせいではないか。



 世俗的な言い方だが、結婚生活を三〇年もつづけていると、いろいろなことがある、というこ
と。不倫もその一つかもしれないし、そうでないかもしれない。私たちは夫や妻である前に、人
間だ。人間である前に、動物だ。夫や妻になったからといって、人間であることを捨てるわけで
はない。動物であることを捨てるわけではない。



 だからどうせ不倫をするなら、命がけでしたらよい。夫や妻である前に、人間の。人間である
前に、動物の。そんな雄たけびが聞こえるような不倫をしたらよい。恋焦がれて、苦しんで、自
分を燃やしつくすような不倫なら、したらよい。「私は人間だ」と、心底から叫べるような不倫な
ら、したらよい。が、それができないなら、不倫など、してはいけない。



 ……と話がそれたが、夫婦の間でも、自己開示には限界がある。それは「相手をキズつけな
い」という範囲での限界である。いくらさらけ出すといっても、相手がそれによってキズつくような
ら、してはいけない。またそういう限界があるからといって、信頼関係が築けないということでも
ない。



 私はこのことを、最近知った。このつづきはどうなるかわからないが、もう少し、考えて、また
報告する。

(030924)



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久しぶりに「マジソン郡の橋」を思い出したました。

以前書いた原稿を、再掲載します。



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母親がアイドリングするとき 



●アイドリングする母親



 何かもの足りない。どこか虚しくて、つかみどころがない。日々は平穏で、それなりに幸せの
ハズ。が、その実感がない。子育てもわずらわしい。夢や希望はないわけではないが、その充
実感がない……。



今、そんな女性がふえている。Hさん(三二歳)もそうだ。結婚したのは二四歳のとき。どこか不
本意な結婚だった。いや、二〇歳のころ、一度だけ電撃に打たれるような恋をしたが、その男
性とは、結局は別れた。そのあとしばらくして、今の夫と何となく交際を始め、数年後、これまた
何となく結婚した。



●マディソン郡の橋



 R・ウォラーの『マディソン郡の橋』の冒頭は、こんな文章で始まる。「どこにでもある田舎道の
土ぼこりの中から、道端の一輪の花から、聞こえてくる歌声がある」(村松潔氏訳)と。主人公
のフランチェスカはキンケイドと会い、そこで彼女は突然の恋に落ちる。忘れていた生命の叫
びにその身を焦がす。どこまでも激しく、互いに愛しあう。



つまりフランチェスカは、「日に日に無神経になっていく世界で、かさぶただらけの感受性の殻
に閉じこもって」生活をしていたが、キンケイドに会って、一変する。彼女もまた、「(戦後の)あ
まり選り好みしてはいられないのを認めざるをえない」という状況の中で、アメリカ人のリチャー
ドと結婚していた。



●不完全燃焼症候群



 心理学的には、不完全燃焼症候群ということか。ちょうど信号待ちで止まった車のような状態
をいう。アイドリングばかりしていて、先へ進まない。からまわりばかりする。Hさんはそうした不
満を実家の両親にぶつけた。が、「わがまま」と叱られた。夫は夫で、「何が不満だ」「お前は幸
せなハズ」と、相手にしてくれなかった。しかしそれから受けるストレスは相当なものだ。



昔、今東光という作家がいた。その今氏をある日、東京築地のがんセンターへ見舞うと、こん
な話をしてくれた。「自分は若いころは修行ばかりしていた。青春時代はそれで終わってしまっ
た。だから今でも、『しまった!』と思って、ベッドからとび起き、女を買いに行く」と。「女を買う」
と言っても、今氏のばあいは、絵のモデルになる女性を求めるということだった。



晩年の今氏は、裸の女性の絵をかいていた。細い線のしなやかなタッチの絵だった。私は今
氏の「生」への執着心に驚いたが、心の「かさぶた」というのは、そういうものか。その人の人生
の中で、いつまでも重く、心をふさぐ。



●思い切ってアクセルを踏む



 が、こういうアイドリング状態から抜け出た女性も多い。Tさんは、二人の女の子がいたが、
下の子が小学校へ入学すると同時に、手芸の店を出した。Aさんは、夫の医院を手伝ううち、
医療事務の知識を身につけ、やがて医療事務を教える講師になった。またNさんは、ヘルパー
の資格を取るために勉強を始めた、などなど。



「かさぶただらけの感受性の殻」から抜け出し、道路を走り出した人は多い。だから今、あなた
がアイドリングしているとしても、悲観的になることはない。時の流れは風のようなものだが、止
まることもある。しかしそのままということは、ない。



子育ても一段落するときがくる。そのときが新しい出発点。アイドリングをしても、それが終着
点と思うのではなく、そこを原点として前に進む。方法は簡単。勇気を出して、アクセルを踏
む。妻でもなく、母でもなく、女でもなく、一人の人間として。それでまた風は吹き始める。人生
は動き始める。

(中日新聞東掲載済み)



●Where there is sorrow, there is holy ground.−Oscar Wilde

悲しみのあるところに、神聖な土壌がある。(オスカー・ワイルド)



●"According to the Buddha, these are all signs of a false identity: fear, attachment, shame, 
compulsion and rigidity. Hmmm. I feel like if I didn't have these things, I'd never clean my 
house. What's up with that?" - Nerissa Nields

「ブッダによれば、恐れ、依存、恥、強制、がんこ。これらはすべて偽の自分自身の兆候だそう
ね。ウム。もし私に、そういうものがないなら、私の家は、掃除しないでしょうね。それがどうした
というの?」(N・ニールズ)



●I hate quotations. Tell me what you know. - Ralph Waldo Emerson

引用は嫌いだ。あんたの言葉で言え。(R・W・エマーソン)



●Do not go where the path may lead instead go where there is no path and leave a trail. - 
Ralph Waldo Emerson



道があるところを行ってはいけないよ。足跡が残るような、道のないところを行きなよ。(R・W・
エマーソン)



●A day without sunshine is, you know, night. - Shannon

サンシャインのない日というのはね、夜だよ。(シャノン)



●My advice to you is to get married: if you find a good wife you'll be happy: if not, you'll 
become a philosopher - Socrates

私からあなたへのアドバイスはね、結婚することだよ。よい妻を見つければ、あんたは幸福に
なるだろう。そうでなければ、あんたは哲学者になるだろう。(ソクラテス)



●The unexamined life is not worth living. - Socrates

吟味されない人生は、生きる価値はない。(ソクラテス)








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●依存性



 人というのは、それがモノであれ、人であれ、はたまた宗教であれ、何かに依存しないと、生
きていかれないものなのか。



 あのK国を見ていると、ときどき、こちらまで頭がヘンになる。ここ数日だけでも、こんなことを
言っている。



 「日本は拉致問題を取りあげて、反K国感情を、かきたてている」「六か国協議で、拉致問題
を取りあげ、協議のじゃまをしたのは、日本だ」と。きわめつけは、こんな意見。



「アメリカは、食糧を一〇万トン援助すると言ったが、まだ四万トンしか渡さない。約束を守
れ!」と。



 K国の論法をまともに耳を傾けていると、「我々は、悪いことをしたくないが、させられている
だけだ」「世界は、我々を助ける義務がある」というふうにも、聞こえる。もしこんなことを、ふつ
うの生活の中で言う人がいたら、まちがいなく、私は、こう言う。「甘ったれるのも、いいかげん
にしておけ!」と。



 で、今日(九月一五日)の朝刊によれば、もしK国が核実験をしたら、日本は、段階的な制裁
措置をとるという。しかしこれも、どこか、おかしい。「制裁」というのは、一方の側が優位に立っ
ているときのみに、使われる言葉。そこでたとえば、「制裁」という言葉ではなく、たとえば「縮
小」「遠慮」「停止」という言葉を使ったら、どうか。



 「貿易を縮小する」「人的交流を遠慮する」「協議を停止する」と。「日本だって、困るのだが…
…」という立場をつくる。K国の金XXは、「制裁イコール、即、戦線布告」と息巻いている。



 さて、依存性の問題。



 子どもというより、老人の問題ということになる。子どもにベタベタ甘えるというより、「子どもは
親のめんどうをみるべき」と、当然のように考えている老人は、多い。「産んでやった」「育てて
やった」という意識が、いつしか転じて、そうなる。このタイプの老人は、独特の人生観をもって
いる。



 親意識が強く、何かにつけて親風を吹かす。

 親は絶対という、権威主義的なものの考え方をする。

 孝行論を説き、親に尽くす子どもイコール、できのよい子と評価する。

 子どもそのものを財産のように考え、たとえば息子の嫁の人格を認めない。

 「家」「モノ」「財産」への執着心が強く、世間体、見栄、体裁を気にする。

 上下意識が強く、ものの考え方が出世主義。過去の栄華にしがみつく、など。



 こうしてあげたら、キリがない。



 つまりこうした考え方をもつことにより、「子どもは親のめんどうをみるべき」という考え方を、
自ら正当化する。よくマザコンタイプの男性(夫)が、自分のマザコン性を正当化するために、
親を必要以上に美化することがある。「私の親は、すばらしい親だ。だから私は、親を大切に
するのだ」と。



 同じように、依存性の強い親は、今度は反対に、権威主義をもちだし、自分の依存性をカモ
フラージュしたり、正当化したりする。このことは、あのK国をみれば、わかる。



 K国の高官たちは、ことあるごとに、「民族の誇り」を口にする。そしてささいなことを、針小棒
大に問題にしては、「侮辱(ぶじょく)した」と騒ぐ。つまりそういう形で、自分たちの依存性をカモ
フラージュし、正当化している。本来なら、頭をさげて、「食糧をください」と素直に言うべきなの
だが、K国の人たちには、それができない。



 こうして考えてみると、(依存性)と(権威主義)は、ちょうど、紙にたとえると、表と裏の関係に
あることがわかる。まったく別のように見えるが、しかしその奥では、たがいにしっかりと結びつ
いている。



たとえば宗教に依存する人は多い。しかしそういう人でも、権威のない宗教には、身を寄せな
い。あるいは身を寄せても、権威を大切にする。K国について言えば、金XXが、その最高権威
ということになる。



 では、人は、何に依存したらよいのか。



 あくまでも一つのヒントとして、こんなことがある。



 私はときどき、どうして自分が、こうした原稿を書いているか、わからないときがある。またど
うして読者が読んでくれるか、わからないときがある。私には、地位も肩書きも、権威もない。
が、そういう私を支えてくれるのは、実は私自身である。



 「私は、ほかのだれもまねできない経験をした。それを信じる」と。



 どこかの肩書きのある人と議論するときも、そうだ。彼らは最新の情報はもっている。しかし
私には、それがない。ないかわりに、私はいつも最前線で戦ってきた。その経験がある。それ
を心のどこかで信じながら、議論をする。つまりは、自分に依存する。



 人は、何かに依存しないと、生きていかれないものなのかもしれない。が、どうせ依存するな
ら、(私自身)ということになる。私自身なら、自分を裏切ることもない。依存先としては、もっと
も確実な依存先ということになるが、ちがうだろうか。

(030916)



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この問題に関して、以前、つぎのような原稿を

書きました。参考にしていただければ、うれし

いです。

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●子の気負い



 「親だから……」と気負うのを、親の気負いという。それはよく知られているが、「子だから…
…」という気負いもある。これを子の気負いという。



 Sさん(長野市在住・女性)も、その「子の気負い」で苦しんでいる。両親と祖母の問題。それ
に伯父、伯母の問題。こうした問題は、クモの巣のようにからんでいて、一筋縄ではいかない。
ときどき私は相談を受けるが、どこからどう手をつけてよいのか……? 



 そのSさん。今は、毎日、悶々と悩んでいる。祖母のボケが進んでいる。そのこともあって母
親が沈んでいる。うつ病かもしれない。父親とうまくいっていない。実家へ帰っても、父親と会話
をするだけで、疲れてしまう。祖母の介護のことで、伯父が口を出して、困る、などなど。



●相互依存性 



 こうした気負いは、相互的なもの。決して、一方的なものではない。親としての気負いの強い
人ほど、一方で、子としての気負いが強い。「よい親であろう」と思う反面、「よい子どもであろ
う」とする。だからどちらを向いても、疲れる。



 こうした気負いの背景にあるのが、依存性。もう少しわかりやすい言葉でいうと、「甘え」。親
に対しては、しっかりと親離れできていない。一方、子どもに対しては、しっかりと子離れできて
いない。結果として、どこかベタベタの人間関係になる。



 このベタベタの人間関係が、祖父母→親→自分→子へと、脈々とつながっている。だからふ
つう、その中にいる人は、それに気づかない。それがその人にとっては、ふつうの人間関係で
あり、またたいていのばあい、それが「あるべき人間関係」と考える。



●Sさんのケース



 Sさんのケースでは、Sさんが、親のグチのはけ口になっている。とくにSさんの母親は、何か
につけて、Sさんにグチをいう。「望まない結婚であった」「したいこともできなかった」「夫(Sさん
の父親)が何もしてくれない」と。



 こうした母親の不平、不満を聞きながら、Sさんは、ますます悶々と悩む。「両親たちは、見た
感じは、一見、仲のよい、理想的な夫婦に見えるのですが……」「友人がうらやましがることも
ありました」と。



 しかしそういうグチを、母親がSさんという子どもにぶつけること自体、おかしい。仮にぶつけ
たとしても、子どもが悩むところまで、子どもを追いこんではいけない。Sさんは、たいへん生真
面目(きまじめ)な人なのだろう。そういう母親のグチを聞きながら、適当にそれを聞き流すとい
うことができない。



●未熟な人間性



 依存型家庭につかっていると、依存性が強い分だけ、代々、子どもは精神的に自立できなく
なる。自立できないまま、それがひとつの「生活習慣」として定着してしまう。



 たとえば日本には「かわいい」という言葉がある。「かわいい子ども」「子どもをかわいがる」と
いうような使い方をする。



 しかし日本語で「かわいい子ども」と言うときは、親にベタベタと甘える子どもを、かわいい子
どもという。自立心が旺盛で、親を親とも思わない子どもを、かわいい子どもとは、あまり言わ
ない。



 また「子どもをかわいがる」というのは、子どもに楽をさせること。子どもによい思いをさせるこ
とをいう。



 こういう子ども観を前提に、親は子どもを育てる。そしてその結果として、子どもは自立できな
い、つまりは、人間的に未熟なまま、おとなになっていく。



●親の支配



 依存型家庭では、子どもが親に依存する一方、親は、子どもに依存する。その依存性も、相
互的なもの。自分自身の依存性が強いため、同時に子どもが自分に依存性をもつことに甘く
なる。その相互作用が、たがいの依存性を高める。



 しかし親が、子どもに依存するわけにはいかない。そこで親は、その依存性をカモフラージュ
しようとする。つまり子どもに依存したいという思いを、別の「形」に変える。方法としては、@命
令、A同情、B権威、C脅迫、D服従がある。



O命令……支配意欲が強く、親のほうが優位な立場にいるときは、子どもに命令をしながら、
親は子どもに依存する。「あんたは、この家の跡取りなんだから、しっかり勉強しなさい!」と言
うのが、それ。

P同情……支配意欲が強く、親のほうが劣位な立場にいるときは、子どもに同情させながら、
結果的に、子どもに依存する。「お母さんも、歳をとったからね……」と弱々しい言い方で言うの
が、それ。

Q権威……封建的な親の権威をふりかざし、問答無用に、子どもを屈服させる。そして「親は
絶対」という意識を子どもに植えつけることで、子どもに依存する。「親に向かって、何てこと言
うの!」と、子どもを罵倒(ばとう)するのが、それ。

R脅迫……脅迫するためによく使われるのが、宗教。「親にさからうものは、地獄へ落ちる」
「親不孝者は、不幸になる」などという。「あんたが不幸になるのを、墓場で笑ってやる」と言っ
た母親すら、いた。

S服従……子どもに隷属することで、子どもに依存する。親側が明らかに劣位な立場にたち、
それが長期化すると、親でも、子どもに服従的になる。「老いては子に従えと言いますから…
…」と、ヘラヘラと笑って子どもに従うのが、それ。



●親であるという幻想



 人間の自己意識は、三〇歳くらいまでに完成すると言われている。言いかえると、少し乱暴
な言い方になるが、三〇歳をすぎると、人間としての進歩は、そこで停滞すると考えてよい。そ
うでない人も多いが、たいていの人は、その年齢あたりで、ループ状態に入る。それまでの過
去を、繰りかえすようになる。



 たとえば三〇歳の母親と、五歳の子どもの「差」は、歴然としてあるが、六〇歳の母親と、三
五歳の子どもの「差」は、ほとんどない。しかし親も子どもも、それに気づかない。この段階で、
「親だから……」という幻想にしがみつく。



 つまり親は、「親だから……」という幻想にしがみつき、いつも子どもを「下」に見ようとする。
一方、子どもは子どもで、「親だから……」という幻想にしがみつき、親を必要以上に美化した
り、絶対化しようとする。



 しかし親も、子どもも、三〇歳をすぎたら、その「差」は、ほとんどないとみてよい。中には、努
力によって、それ以後、さらに高い境地に達する親もいる。しかし反対に、かなり早い時期に、
親よりはるかに高い境地に達する子どももいる。



 そういうことはあるが、親意識の強い親、あるいはそういう親に育てられた子どもほど、この
幻想をいだきやすい。この幻想にしばられればしばられるほど、「一人の人間としての親」、
「一人の人間としての子ども」として、相手をみることができなくなる。



●Sさんのケース



Sさんのケースの背景にあるのは、結局は、親離れできないSさん自身といってもよい。Sさん
は、実家の両親の問題に悩みながら、結局は、その実家にしがみついている。そういうSさん
にしたのは、Sさんの両親、さらにはSさんの祖父母ということになる。つまり大きな流れの中
で、Sさんは、Sさんになった。



 なぜ、Sさんは、「両親の問題は、両親の問題」と、割り切ることができないのか? 一方、S
さんの両親は、「私たちの問題は、私たちの問題」と、割り切ることができないのか? Sさん
は、両親の問題を分担することで、結局は両親に依存している。一方、Sさんの両親は、自分
の問題を娘のSさんに話すことで、Sさんに依存している。



 本来なら、Sさんは、両親の問題にまで、首をつっこむべきではない。一方、親は、自分たち
の問題で、娘を悩ませてはいけない。どこかで一線を引かないと、それこそ、人間関係が、ドロ
ドロになってしまう。



●批判



 こうした私の意見に対して、「林の意見は、ドライすぎる」と批判する人がいる。「親子というの
は、そういうものではない」と。「君の意見は、若い人向きだね。老人向きではない」と言ってき
た人(七五歳男性)もいた。



少し話はそれるが、ここまで書いて、こんな問題を思い出した。親は子どものプライバシーの、
どこまで介入してよいかという問題である。ある母親は、「子どものカバンの中まで調べてよい」
と言った。別の母親は、「たとえ自分の子どもでも、子ども部屋には勝手に入ってはいけない」
と言った。どちらが正しいかということについては、また別の機会に考えるとして、私が言ってい
ることは、本当にドライなのか? このことは、反対の立場で考えてみればわかる。



 あなたは、いつかあなたの子どもが、あなたの問題で、今のSさんのように悩んだとする。そ
のときあなたは、それでよいと思うだろうか。それとも、それではいけないと思うだろうか。Sさ
んは、メールで、こう書いてきた。



 「娘(中学一年)には、今の私のように、私の問題では悩んでほしくありません」と。



 私は、それが親としての、当然の気持ちではないかと思う。またそういう気持ちを、ドライと
は、決して言わない。



●カルト抜き



 こうした生きザマの問題は、思想の根幹部分にまで、深く根をおろしている。ここでいう依存
性にしても、その人自身の生きザマと、密接にからんでいる。だからそれを改めるのは容易で
はない。それから抜け出るのは、さらに容易ではない。



 しかも親子であるにせよ、そういう人間関係が、生活のパターンとして、定着している。生きザ
マを変えるということは、そういう生活のあらゆる部分に影響がおよんでくる。



 これは一例だが、Y氏(五〇歳男性)は、子どものころ、母親に溺愛された。それは異常な溺
愛だったという。そこでY氏は、典型的なマザコンになってしまったが、それに気づき、自分の
中のマザコン性を自分の体質から消すのに、一〇年以上もかかったという。



 親子関係というのは、そういうもの。それを改めるにしても、口で言うほど、簡単なことではな
い。それはいわばカルト教の信者から、カルトを抜くような苦痛と努力、それに忍耐が必要であ
る。時間もかかる。



●因縁を断つ



 そんなわけで、私たちが親としてせいぜいできるここといえば、そうした「カルト」を、子どもの
代には伝えないということ程度でしかない。少し古臭い言い方になるが、昔の人は、それを「因
縁を断つ」と言った。



 Sさんについていえば、仮にSさんがそうであっても、同じ苦痛や悩みを、子どもに伝えてはい
けない。つまりSさん自身は、親離れできない親、子離れできない子どもであったとしても、子ど
もは、親離れさせ、ついでその子どもが親になったときには、子離れできる子どもにしなければ
ならない。



 しかしこと、Sさんの子どもについて言えば、ここに書いたような問題があることに気づくだけ
でも、問題のほとんどは解決したとみてよい。このあと、多少、時間はかかるが、それで問題は
解決する。



 私はSさんに、こうメールを書いた。



 「勇気を出して、自分の心の中をのぞいてください。つらいかもしれませんが、これはつぎの
代で、あなたの子どもに同じような悩みや苦しみを与えないためです」と。

















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●引きこもり



●イギリスのBBCが、日本の子どもたちの「引きこもり」を特集して、報道した。その資料が届
いたので、翻訳してみる。イギリス人のM・A氏が、イギリスから、インターネットで送ってくれ
た。



Japan: The Missing Million

(日本、失われた100万人)



By Phil Rees

(日本特派員)



Teenage boys in Japan's cities are turning into modern hermits - never leaving their rooms. 
Pressure from schools and an inability to talk to their families are suggested causes. Phil 
Rees visits the country to see what the "hikikomori" condition is all about. 



日本の都市部の10代の子どもたちが、今、世捨て人になりつつある。部屋から出ようともしな
い。学校からの圧力と、家族と会話ができないことが、その原因と考えられる。フィル・リ−ズ
が、「引きこもり」がどのようなものか、現地で取材してみた。





I knew him only as the boy in the kitchen. 

私は息子を、台所で見かけるだけです。

His mother, Yoshiko, wouldn't tell me his name, fearful that neighbours in this Tokyo suburb 
might discover her secret. 

彼の母親の、ヨシコは、彼の名前すら呼ぼうとしない。近所の人たちに自分の秘密を知られる
のを、恐れているためである。

Her son is 17 years old. Three years ago he was unhappy in school and began to play 
truant. 

彼女の17歳の息子は、3年前、学校でいやなことがあり、学校を怠けるようになった。

Then one day, he walked into the family's kitchen, shut the door and refused to leave. 

が、ある日、突然、彼は家の台所へやってきて、ドアを閉め、そこから出ることを拒んだ。



Families adjust 

家族の適応

Since then, he hasn't left the room or allowed anyone in. The family have since built a new 
kitchen - at first they had to cook on a makeshift stove or eat take away food. 

それ以来、彼は台所から出ようとせず、だれも、その中に入れなくなった。

それで家族は新しい台所を作った。

で、最初のころは、ほかの家族たちは、移動用コンロを使い、テイクアウェイの料理を買ってき
て食べた。

His mother takes meals to his door three times a day. 

子どもの母親が、一日に三度、ドアのところまで、食事を運んだ。

The toilet is adjacent to the kitchen, but he only baths once every six months. 

トイレは、台所の中につくった。しかし彼は6か月に一度しか、風呂に入らなかった。

Yoshiko showed me pictures of her son before his retreat into isolation; he was a plump, 
cheerful young teenager, with no symptoms of mental illness. 

ヨシコは、息子のそれ以前の写真を見せてくれた。その写真では、彼は明るく、ふっくらとした
少年だった。そうなる兆候は、まったく見られなかった。



Bullying tipped the balance 

いじめが、心のバランスを崩した

Then a classmate taunted him with anonymous hate letters and scrawled abusive graffiti 
about him in the schoolyard. 

そのとき彼のクラスメートが、匿名の手紙をわたし、彼をいじめた。そして学校の校庭で、彼を
誹謗する落書きを書いた。

The boy in the kitchen suffers from a social disorder known in Japan as hikikomori, which 
means to withdraw from society. 

その台所の少年は、「引きこもり」として知られる、社会(適応)障害を起こすようになった。つま
り、社会からの引きこもりを意味する。

One psychologist has described the condition as an "epidemic", which now claims more than 
a million sufferers in their late teens and twenties. 

一人の心理学者は、この状態を「流行」という言葉を使って説明している。そしてその流行によ
って、今、10代後半から20代にわたって、100万人の子どもたちが苦しんでいるという。

The trigger is usually an event at school, such as bullying, an exam failure or a broken 
romance. 

その引き金は、学校であったり、いじめであったり、試験の失敗や失恋であったりする。



Unique condition 

特殊な状態

Dr Henry Grubb, a psychologist from the University of Maryland in the United States, is 
preparing the first academic study to be published outside Japan. 

合衆国メリーランド大学の心理学者、ヘンリー・グラブ博士は、日本の外で、最初の学術的研
究を準備している。

He says that young people the world over fear school or suffer agoraphobia, but hikikomori 
is a specific condition that doesn't exist elsewhere. 

彼はつぎのように言っている。若い人たちは、学校を恐れたり、「広場恐怖症」になりがちなも
のだが、日本の「引きこもり」は、ほかの国には、ないものである。

"It's really hard to get a handle on this" he told me, "there's nothing like this in the West." 

「このタイプの子どもへの対処は、たいへんむずかしい。西洋社会には、こうした問題はない」
と彼は、述べている。

Dr Grubb is also surprised by the passive, softly approach followed by parents and 
counselors in Japan. 

グラブ博士は、また日本の親や、カウンセラーの、受動的かつソフトな対応ぶりに驚いている。

"If my child was inside that door and I didn't see him, I'd knock the door down and walk in. 
Simple. But in Japan, everybody says give it time, it's a phase or he'll grow out of it." 

「もし私の子どもが、部屋の中に閉じこもり、もし彼を見なかったとしたら、私はドアをノックし、
中に入るだろう。簡単なことだ。しかし日本では、時間をかけろ。段階がある。やがて子どもは
出てくるだろうと言う」と。

If children refuse to attend school, social workers or the courts rarely get involved. 

子どもが不登校を起こしても、ソーシアルワーカーや、裁判所が、介入することは、めったにな
い。

Most consider hikikomori a problem within the family, rather than a psychological illness. 

日本では、ほとんどの人は、引きこもりは、心理学的な病気というよりは、家族内部の問題と
考えるようだ。

Historical origins 

歴史的な背景

Japan's leading hikikomori psychiatrist, Dr Tamaki Saito, believes the cause of the problem 
lies within Japanese history and society. 

日本の引きこもりの心理学者である、サイトー・タマキ博士は、その原因は、日本の歴史と社
会にあると言う。

Traditional poetry and music often celebrate the nobility of solitude. 

伝統的な詩や音楽は、孤独の尊さをしばしば、めでる。

And until the mid-nineteenth century, Japan had cut itself off from the outside world for 
200 years. 

そして19世紀中ごろまでは、日本は、200年近くも、外の世界から遮断されていた。

More recently, Dr Saito points to the relationship between mothers and their sons. 

ごく最近、サイトー博士は、母と子どもの関係を指摘している。

Most hikikomori sufferers are male, often the eldest son. "In Japan, mothers and sons often 
have a symbiotic, co-dependent relationship. 

ほとんどの引きこもり児は、男の子である。とくに長男である。日本では、母と息子は、象徴的
な、つまりは相互依存の関係にある。

Mothers will care for their sons until they become 30 or 40 years old." 

母親は、息子が30、40歳になるまで、息子のめんどうをみる。

After a period of time - usually a matter of years - some re-enter society. 

そのあとは、それは年数の問題だが、その中のある子どもは、社会復帰をする。



The mystery remains 

謎は残る

Increasingly, clinics are opening, offering a half-way house for recovering sufferers. 

苦しんでいる人を治療するために、「半分ハウス」を提供するクリニックが、このところ、ふえて
いる。

Another sufferer, Tadashi, spent four years without leaving his home. 

タダシ君というもう一人の引きこもり児は。4年間、家から出なかった。

Two years ago, he sought help and now has a part time job making doughnuts. 

2年前、彼は助けを求め、今は、ドーナツをつくるパートタイムの仕事をしている。

Tadashi is slowly re-entering society. 

タダシ君は、少しずつ、社会復帰をしつつある。

He still fears meeting strangers and is petrified that neighbours will find out that he once 
suffered from the disorder. 

彼はまだ人に会うのを恐れている。そして彼は今、彼がその障害児であったことを、近所に知
られるのではないかと、恐れおののいている。

But what bothers him most is not understanding why he lost four years of his life. 

が、もっとも彼を当惑させているのは、なぜ彼が4年間を失ったかを理解できないところにあ
る。

"I want to know the reasons," he told me. "You could say it's related to Japanese 
traditions. 

「ぼくは、理由を知りたい。あなたはそれが日本の伝統に関係していると言うことができるかも
しれない」と、タダシ君は言う。

"I just don't know. I suppose people are still trying to find out what hikikomori is all about." 

「私は、ただわからないだけ。いったい引きこもりが何であるか、人々が、それを知ろうとしてい
るところだと思う」と。

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【後記】

 

●引きこもりが、日本独特の現象であるとしても、日本の文化と関係があるというのは、どう
か? S・T博士は、「日本人は、孤独をめでる国民だから」と。ホント?



●引きこもる子どもで、長男が圧倒的に多いというのは、事実である。むしろ疑うべきは、乳幼
児期の母子の間で形成される、基本的信頼関係ではないのか。



●このレポートの中で、引きこもり児をもった親も、また引きこもり児自身も、世間体を気にして
いるのがわかる。日本の文化で問題点があるとするなら、むしろこちらのほうではないのか。こ
うした障害児をもつことを、日本人は「恥」ととらえる。おかしな社会風潮である。



●またグラブ博士は、「ドアをノックして、中に入る」と言うが、これはまったくの認識不足。そん
な問題ではないことは、一人でも引きこもり児を経験した研究者なら、すぐわかる。



●引きこもりは、対人障害の一つとして考えるべきである。その原因は、乳幼児期の母子関係
の不全にある。そしてそれを助長するものとして、息の抜けない家庭環境、家屋構造、ゆがん
だ受験社会、それから生まれる人間関係がある。さらにこうした心の病気に対する、社会の認
識の甘さもある。こうした問題が複合して、子どもの引きこもりが起こる。



(030917)



【子どもが引きこもったら……】



 あれこれするのは、かえって逆効果。引きこもりから立ちなおった子ども(青年)は、みな、異
口同音に、こう言う。「家族が無視してくれたときが、一番ありがたかった」と。



 「暖かい無視」という言葉がある。子どもの心の病気を暖かく包みながら、無視するのが一番
よい。



 なお、このBBCのレポートでは、親側の対処のまずさについては、一言も触れられていな
い。恐らく子どもが引きこもる過程において、はげしい親子騒動があったものと推察される。そ
の騒動が、症状を、こじらせる。



 親は、こうした自分自身の失敗を隠す傾向がある。あるいはその認識すらない。しかしこうし
た子どもの心の病気では、当初の親の対処の失敗が、症状を重くする。たとえば学校恐怖症
(不登校)にしても、第二期のパニック期で、親が無理をすると、症状は一挙に悪化する。



 引きこもりにしても、必ず、なおる。そのとき大切なのは、親がまず子どもを信ずること。親が
不安になればなるほど、子どもは、その不安を敏感に察知して、立ちなおる機会さえ、見失っ
てしまう。



 またこうした心の病気は、恥ずかしいことでも何でもない。世間体が大切か、子どもが大切か
と聞かれれば、子どもに決まっている。世間体など、クソ食らえ! 子どもや子どもの病気を隠
す必要はまったく、ない。こうしたケースでは、親自身が、まずおとなになること。



++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

 

子育て随筆byはやし浩司(171)



性欲は、自然



 あからさまに「性」について語ることに、日本人は、大きな抵抗を感ずる。たいていの人は、そ
れを恥ずかしいことと考える。



 しかし性について語ることは、恥ずかしいことでも、何でもない。ごく自然な行為である。卑猥
(ひわい)なことを考えれば、男は勃起する。女は湿潤する。しかしこれは、ごく自然な、人体の
反応である。それは食物を口に含んだとき、唾液が出るのと同じである。



 だから男も、女も、もっと堂々と、性について語ればよい。遠慮することはない。がまんするこ
とはない。もし知りあいの男女が、たがいに、性について語りあうことができれば、そんなすば
らしいことはない。



男「あなたの性感帯はどこですか?」

女「私は、首すじですわ」

男「首ですか? うちのワイフなんか、やはりクリトリスだと言いますよ」

女「そうね。最終的には、そこかしら……」

男「ところで、お宅は、週に何度ほど?」

女「うちは、少ないわ。週に一、二度ということかしら」

男「それは少ない。あなたの若さなら、毎晩でもおかしくない」と。



 やがてそういう時代がくるのだろう。今では、小学生ですら、フェラチオとか、クリニングスと
か、そういう言葉を知っている。おとなの世界でも、スワッピングパーティや、乱交、ハプニング
バーなどが、大盛況である。ホームページの中には、ごくふつうの家庭の主婦たちがつくってい
る交際クラブさえある。「性」そのものが、解放されつつあるとみてよい。



 人体は、さまざまな快感を覚えるが、セックスで得る快感ほど、すばらしいものはない。その
瞬間、脳の中が、モルヒネ様の物質で満たされる。こうした快感が、なぜ悪なのか。なぜそれ
を隠さねばならないのか。



 私も実は、このところ、性についての考え方を、大きく変えつつある。私たちの世代は、あまり
にも抑圧されすぎた。セックスはもちろんのこと、それについて語ることさえ、許されなかった。
「オナニーは、悪」などと、オナニー罪悪論さえあった。



 しかし私たちは、もう一度、原点に立ちかえって、考えなおしてみる必要がある。たとえば不
倫(浮気)がある。その不倫にしても、夫婦だから、不倫をしてはいけないとか、不倫をしたか
ら、夫婦関係にヒビが入るとか、そういうふうに考えること自体、おかしい。



 どうしてセックスだけを、ほかのもろもろの行為と切り離して考えるのか。もちろんセックスに
は、濃密な肉体の接触がある。その結果として、女性は妊娠する。だからだれとでも、というわ
けにはいかない。しかし理づめで考えていくと、セックスを特別視することには、つぎつぎと矛盾
が生じてくる。



 だからといって、自由気ままにセックスをしろと言っているのではない。実は、この問題には、
もっと重大な問題が隠されている。



 私たちの「魂」には、無数のクサリがからんでいる。いくら「自由だ」と叫んでも、それはまさに
「しくまれた自由」(尾崎豊「卒業」)でしかない。



 そのクサリの象徴が、実は、「性の問題」ということになる。つまり性の問題には、日本人が、
何百年もかけて、つくりあげてきた、文化というクサリがまきついている。その性の問題を解決
するということは、そのまま魂の解放ということにつながる。



 セックスの嫌いな人はいない。スケベな話が嫌いな人はいない。だったら、みな、もっと堂々
と、セックスについて語ったらよいのではないか。何とも教育マガジンらしからぬエッセーになっ
てしまったが、だからこそ、よけいに、この問題について書いてみたかった。

(030917)



【追記】

 この問題と、ハレンチ文化の問題は、別である。大切なことは、性を精神文化として、高める
こと。たとえば食欲を満たすための料理が、ただの(空腹を満たすための料理)から、(食文化
を高めるための料理)に、昇華したように、性もまた、昇華すべきだということ。



 方法と手段は、これから先、いろいろ考えられるのだろうが、その第一歩として、みなが、もっ
と、性についてオープンに議論すればよいのではないかと思っている。

















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●子どものやさしさ



【今週の幼児教室から】



 今週のテーマは、手作業。わかりやすく言えば、脳の中でも、運動野に属する部分の学習。
(少し大げさかな?)



 たとえば(かかし)を、何十個も、描かせてみる。(大きさは、数センチ四方のワクの中に描か
れたかかし。)



 そのとき学習能力の高い子どもは、数個描いただけで、描き順を定型化し、能率よく描きつ
づける。そうでない子どもは、いつまでもその描き順が乱れる。



 また全体をながめて、つぎのように判断する。



 筆圧や形、大きさが、ある一定のリズムで乱れるのは、むしろ正常なことと判断される。しか
しそれが不規則に乱れるようであれば、それだけ気分的なムラのはげしい子どもとみる。



 ……などなど。こうした判断については、その場で、参観している親に説明した。



 そのあと、みんなで、アイロンビーズで遊んだ。「お母さんにすてきなプレゼントを作ってあげ
ようね」と。自分以外の人を喜ばすことを教える。言うまでもなく、やさしい人というのは、それが
自然な形でできる人のことをいう。



 アイロンがけは、もちろん私がした。で、子どもたちは基盤の上に並べたアイロンビーズをも
ってきたが、一人、私の不注意で、こわしてしまった子どもがいる。本当は怒って泣き叫びたか
ったのだろうが、がまんした。気持ちは、よくわかった。私は何度もあやまり、いっしょに、並べ
なおしてやった。

(030918)



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やさしい人について、以前、こんな原稿を

書いたので、転載します。

(中日新聞発表済み)



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●指示は具体的に



 具体性のない指示には、意味がない。たとえば「友だちと仲よくするのですよ」「先生の話をよ
く聞くのですよ」と言うのは、それを言う側の、気休め程度の意味しかない。「交通事故に気を
つけるのですよ」と言うのも、そうだ。そういうときは、こう言う。



友だちと仲よくしてほしかったら、「この○○を、A君にもっていってあげてね。きっとA君は喜ぶ
わ」と。先生の話をよく聞いてほしかったら、「今日、学校から帰ってきたら、先生がどんな話を
したか、あとで話してね」と言うなど。



交通事故については、一度、事故の様子を演技してみせるとよい。(自動車が走ってくる)→
(子どもが飛び出す)→(自動車が子どもをはねる)→(子どもがもがき苦しむ)と。迫真の演技
であればあるほど、よい。気の弱い子どもだと泣き出してしまうかもしれないが、子どもの命を
守るためだと思い、決して手を抜かないこと。茶化さないこと。こんな子どもがいた。



 その子どもは、母親が何度注意しても、近くの小川で遊んでいた。そこである日母親が、トイ
レの排水がどこをどう通って、その小川にどう流れていくかを、歩きながら順に追って見せた。
以後、その子どもは、その小川で遊ばなくなった。要するに子どもに与える指示には、具体性
をもたせろということ。この方法は、次のようにも応用できる。



 たとえば自尊心。「自分を大切にしなさい」と言っても、やはり意味がない。そういうときは、
「名前を大切にしようね」と教える。さらに具体的には、新聞でも雑誌でも、子どもの名前の出
ているものは、最大限尊重する。切りぬいて、高いところに張りつけたり、アルバムにしまった
りする。皆の前で、ほめるのもよい。そしてそのつど、「あなたの名前はいい名前だ」「すばらし
い名前だ」と言う。子どもは自分の名前を大切にすることによって、自分自身を大切にすること
を学ぶ。それが自尊心につながる。



 たとえばやさしさ。「人に親切にしようね」と言っても、やはり意味がない。そういうときは、そ
のつど、「こうするとパパが喜ぶよね」「これを分けてあげると、○○(妹)が喜ぶわね」と、相手
を喜ばすことを教える。また結局はそれが自分にとっても、楽しいことであることを教える。やさ
しい人というのは、それが自然な形でできる人のことをいう。



 たとえば命の尊さ。「命を大切にしようね」と言っても、やはり意味がない。子どもに命の尊さ
を教えようとするなら、どんな生きものであれ、その「死」をていねいに弔うこと。子ども自身が、
さみしさや悲しみを味わうようにしむける。



たとえばあなたのペットが死んだとする。そのときあなたがその死骸を、紙袋か何かに包んで、
ポイと捨てるようなことをすると、あなたの子どもは「命」というのは、そういうものだと思うように
なる。そして命、さらには生きていることそのものを、粗末にするようになる。どんな宗教でも、
死をていねいに弔う。それは死を弔いながら、その反射的効果として、生きていることを再確
認するためではないか。



そういうことも考えながら、死はどこまでも厳粛に。なお死への恐怖心(地獄論やバチ論など)
をもたせて、命の尊さを教える人もいるが、これは教育の世界では邪道。幼児や年少の子ども
には、決してしてはならない。



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もう一つ、以前、書いた原稿を

再掲載します。



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●利己と利他



 自分への利益誘導を、「利己」という。他人への利益誘導を、「利他」という。一見、正反対に
見える人間の反応だが、方向性が、違うだけ。「根」は、同じ。利益誘導が自分に向かえば、利
己。他人に向かえば、利他。ここまでは常識だが、しかし、利己は利己のままだが、利他は、
結局は、利己にかえってくる。



 子どもは、成長過程において、乳児期の段階では、利己的な行動パターンが中心。自分へ
の利益を求めて、泣いたり、ぐずったりする。しかしやがて幼児期に入ると、他人を喜ばすこと
を覚え、そしてそれが結局は、自分にとっても、楽しいことであることを学ぶ。たとえばよく、幼
い子どもが、何か新しいことができるようになったとき、母親に向かって、「見て、見て、お母さ
ん、できるようになった!」と言ってくることがある。はじめて自転車に乗れるようになったとき。
はじめて文字が読めるようになったとき、など。



 これは(新しいことができる)→(母親が喜んでくれる)→(母親が喜んでくれれば、自分もうれ
しい)という心理作用による。子どもは、母親を喜ばすこと(=利他)によって、自分を満足させ
ている(=利己)のが、わかる。しかしこの段階で、もし子どもにとって、喜んでくれる人がいな
ければ、子どもは、利己を利他に結びつけることができないことになる。つまり利己の世界だけ
で、自分を満足させることになってしまう。



 ところで人間の美しさは、いかに利他的に生きるかで決まる。他人をいたわり、他人を思い
やり、他人に同情する。そういう自分を離れた行為のハバが広ければ広いほど、その人の生
き方も、充実してくる。神の世界でいう愛、仏の世界でいう慈悲も、その延長線上にある。



 一方、利己的であればあるほど、その人の生きザマは見苦しくなる。どう見苦しいかは、今さ
ら、ここに書くまでもない。が、見苦しいだけではない。その人自身も、孤独の世界で、悶絶す
ることになる。自分を理解してくれる人がいない。自分を喜んでくれる人がいない。さらには自
分を愛してくれる人がいない。それはまさに「無間地獄」そのものということになる。



 で、教育の世界では、子どもたちを、いかにして利他的にするかが、たいへん重要なテーマと
なる。当然のことながら、利他的な人がふえればふえるほど、私たちの住む、この世界は、住
みやすくなる。まわりの人だけではない。その人自身にとっても、住みやすくなる。



 そこで最初の話にもどる。利他的な子どもにするには、どうしたらよいかだが、実は、そのカ
ギを握るのは、母親ということになる。子どもの側から見て、自分の成長を喜んでくれる人がい
てはじめて、子どもはそこで、利己を、利他に転換することができる。園や学校の教師でも、母
親の代用をすることはできるのだろうが、その時期、つまり子どもが利己から利他への転換を
学ぶ時期は、もっと早い段階である。おそらく〇歳〜一、二歳までの時期ではないか。その時
期は、どうしても母親と子どもの関係が、主体となる。



 子どもがはじめて自分の足で立つ。そのとき、母親が(父親も)、喜ぶ。ほめる。子どもがはじ
めて、はう。そのとき、母親が(父親も)、喜ぶ。そういう母親の姿を見て、子どもは、利己を利
他に転換することができる。



 結論は、もうおわかりかと思う。子どもを、利他的な人間、つまり心のやさしい、人の心の痛
みのわかる子どもにしたかったら、方法は簡単。子どもの成長を、そのつど心底、喜んでみせ
る。そういう母親側からの働きかけ(ストローク)があってはじめて、子どもは、利己的な人間か
ら抜け出て、利他的な人間になることができる。



【追記@】

 乳幼児期に、自分の成長を喜んでくれる人が、周囲にいないというのは、その子どもにとって
も、きわめて不幸なことである。利己を利他に転換できないまま、(あるいはその技術を身につ
けないまま)、子どもは大きくなってしまう。



 そういう利己的な子どもがどうなるかは、ここに改めて書くまでもない。そこで今、私たちが周
囲の人たちを見回してみたとき、心の暖かい人もいれば、冷たい人もいる。あるいは話してい
ると、ほっとするような親しみを覚える人もいれば、表面的なつきあいしかできない人もいる。



 で、そういう人が、どのような心理状態が基本になっているかを観察してみるとよい。その一
つの方法が、利己的か、利他的かということ。当然のことながら、利己的な人ほど、年齢を重
ねれば重ねるほど、他人とのつきあいが希薄になる。利他的な人ほど、濃厚になる。(仕事や
商売などの、利害関係をともなう人間関係は、別。)



 さらにその人が、どのような乳幼児期をすごしたかを観察してみるとよい。親の愛情をたっぷ
りと受けて、心豊かな環境で育った人は、当然のことながら、利他的になる。しかし不幸にして
不幸な家庭に育った人ほど、利己的になる。さらに……。



 親自身が無意識のうちにも、子どもを利己的な人間にすることがある。たとえば子どもがせっ
かく文字らしきものを書いたにもかかわらず、「何よ? この字は! もっとじょうずに書けない
の! となりの○○君は、もうカタカナが書けるのよ!」と。親が子どもの成長を喜ぶどころか、
子どもの成長そのものを否定してしまう。そうなれば子どもの心が冷たくなって、当然。こういう
ことは、乳幼児期には、絶対に、あってはならない。



【追記A】

 こうして考えていくと、この問題も、結局は、私たち自身の問題であることに気づく。「では私
は、どうなのか?」と。



 私自身(はやし浩司)は、心の冷たい人間である。利己的であるか、利他的であるかというこ
とになれば、利己的な人間である。少なくとも、若いころは、ずっとそうだった。



 その原因は、やはり、私自身の乳幼児期にあるのだと思うが、記憶がないため、それはよく
わからない。ただそれほど冷たい人間ではなかったように思う。小学生五、六年生のとき、『フ
ランダースの犬』という本を読んだとき、読みながら、オイオイと泣いたのをよく覚えている。



 その私が、きわめて利己的な人間になったのは、あの受験勉強が原因だと思う。そのときは
それがわからなかったが、今、こうして自分の過去を振りかえってみると、それがよくわかる。
私は高校生のころ、ライバルの仲間が病気か何かで学校を休んだりすると、心のどこかで「よ
かった」と思ったのを覚えている。心のゆがんだ、何ともつまらない人間であったことが、こうい
う事実からもわかる。



 さて、このエッセーを読んでいる、あなた自身は、どうか?

(030422)



●子どもの成長は、そのつど、心底喜んでみせてあげよう。あなたの子どもは、心暖かく、やさ
しい子どもになる。

●子どもを、安易に、受験勉強や競争で追ってはいけない。あなたの子どもの心は、そのつ
ど、少しずつ破壊される。



【補足】



●あなたは利己型人間? それとも利他型人間?



つぎの項目のうち、丸が多いほうが、あなたの「型」ということになる。



( )いつも心のどこかで、損得の計算をしているようなところがある。損になることは、できるだ
け避けようとする傾向が強い。

( )他人の失敗や苦労を耳にしても、「自分はだいじょうぶ」とか、「あの人はバカだから」と、
割り切って考えることができる。

( )人にしてあげることより、してもらうことのほうが多い。してあげるときも、心のどこかでいつ
も見返りを期待する。それがないと、怒ったり、不愉快になったりする。

( )他人に心を許すということはしない。「渡る世間は鬼ばかり」というような考え方をすること
が多い。見知らぬ人には、とくに警戒する。

( )孤独を感ずることが多い。ときどき自分が死んでも、だれも悲しんでくれないだろうと思うと
きがある。【以上、利己型人間】



( )近所とのつきあい、自治会やPTAの仕事など、損得を忘れて行動できる。奉仕精神が旺
盛で、見返りなど、最初から期待していない。

( )よく「お人好し」と評されることがある。頼まれれば、何でも引き受けてしまう。そのため結
局は、あれこれと、いらぬ苦労することが多い。

( )他人が喜ぶ顔を見ると、うれしい。他人でも、かわいそうな人がいると、何とかしてあげた
いと思うことが多い。

( )何でも信じやすいほうで、よく人にだまされる。が、だまされても、自分が悪いと思って、あ
きらめることができる。

( )何かと、知人や友人から相談を受けることが多い。年齢とともに、仕事以外で知りあった
同年齢の友人が、ふえてきた。【以上、利他型人間】












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●孝行論



孝行論



●孝行は美徳か?



 日本では、親孝行を美徳と考えている人は多い。また孝行論を、教育論の柱にしている人も
多い。しかし、問題がないわけではない。



 「孝行」というのは、子ども側からの、一方的かつ、献身的な貢献を意味する。またそうであ
ればあるほど、孝行と評価される。そしてその背景には、「親は絶対」という、親絶対論があ
る。



 そこで最初の疑問。本当に、親は絶対なのか?



 江戸時代には、家督制度というのがあった。身分制度が、それを支えた。「家」は、絶対的な
存在であり、「家」を離れたら、身分制度そのものから、はじき飛ばされた。人間としての価値
すら、否定された。実際には、「無宿」とされ、逮捕されれば、そのまま、たとえば、佐渡の金山
へ送りこまれたりした。



(今のK国の社会制度と、よく似ていますね。あの国では、成分(身分)によって、すべてが決ま
るとか。そう言えば、金XXも、「将軍様」と呼ばれているそうで……。ハイ!)



 親絶対論は、こうした歴史的背景から生まれた。私が子どもころでさえ、「勘当(かんどう)」と
いう言葉が残っていた。また今でも、子どもにバツを与えるとき、「(家から)出て行け!」とい
う。そういう言い方が残っている。当時は、家から追いだされるということは、それ自体が恐怖
だった。



 もちろん社会制度の不備もあった。今でいう福祉制度もなかった。もちろん「老人福祉」という
言葉すら、なかった。親たちは一方で子どもを、「家」でしばりながら、一方で、老後は、子ども
たちに依存しようとした。話せば長くなるが、結論を先に言えば、そういうことになる。



 こうした背景から、日本独得の、「親孝行」という言葉が生まれた。



●孝行を強要する親たち



 本来、孝行というのは、子どもの側から自発的に始まるもの。しかしそれが長い間、伝統とし
て定着するうちに、親の側から子どもに求めるようになった。



 そして孝行な息子や、娘をもつことが、親としてあるべき姿ということになった。またそういう子
どもを育てることが、子育ての目標になった。だから今でも、息子や娘の孝行ぶりを自慢する
人は、いくらでもいる。



「Aさんの息子さんは、立派なもんじゃ。親を、あの九州のB温泉へつれていったそうな」

「いやいや、Bさんの娘さんは、もっと偉い。何でも二〇万円もする羽ぶとんを、親に買ってあげ
たそうな」

「とんでもない。孝行息子といえば、Cさんの息子さんじゃよ。今度、親のために、床の間つきの
離れを新築したそうな」と。



 こういう話を代々伝えることで、子どもに孝行というものが、どういうものであるかを教えてい
く。そしてそれが子どもとして、あるべき姿だと教えていく。



 私は、こうした孝行を否定するものではないが、しかし一方で、こうした親の呪縛に苦しんで
いる人も多い。親子という、一対一の関係ならともかくも、親戚ぐるみ、地域ぐるみで縛られると
いうこともある。K氏(四八歳、男性)もそうだ。



 「父は、人前ではいい父親を演じていますが、一対一になったようなとき、『親を粗末にする
と、地獄へ落ちるぞ』と、私をおどします。そういう父なんです。それでときどき盆や、暮れに帰
省することを避けているのですが、そうすると今度は、親戚の叔父から電話がかかってきま
す。『どうして、お前は、父親を粗末にするか。正月のあいさつをしろ』とです。父が、叔父たち
に電話をさせているのですね」と。



●形にしばられない人間関係



 親子といえども、基本は、一対一の人間関係。もちろんその間には、親子であるがゆえの、
特殊な感情や思惑が働く。たとえば母と子の関係というのは、母親にとっても、また子どもにと
っても、特殊な関係である。



 しかしそのことと、ここでいう「孝行論」は、別のことである。多くの誤解は、こうした特別な関
係と、孝行論を結びつけるところから起こる。



 たとえばよく議論されるが、(親がいるから、子どもがいるのか)、それとも(子どもがいるか
ら、親がいるのか)という問題。さらに実存主義の世界では、つぎのように考える。



 私たちは生まれた。生まれてみたら、そこに親がいた、と。



 孝行論を説く人たちは、当然のことながら、「親がいたから、子どもがいる」と考える。そして
その返す刀で、子どもに向かっては、「親のおかげで、お前がいる」と教える。産んでくれたの
は、親ではないか。育ててくれたのも、親ではないか。「だから子どもが、親に孝行するのは、
当然のことだ」と。



 ここでいう「母と子に特殊な関係」については、人間対人間という関係をいう。絶対的な信頼
関係というのがそれだが、それについては、もうすでに何度も書いてきた。しかしだからといっ
て、そこから孝行論が生まれるというわけではない。むしろここでいう絶対的な信頼関係と、孝
行論は、相反するものである。



●「だれが、産んでくれと頼んだ!」



 親が「私は親だ」という親風を吹かせば吹かすほど、子どもは、親の前で仮面をかぶるように
なる。いわゆる(わかりあえない親子)は、こうして生まれる。



 このとき、いくつかの悲劇も生まれる。その一つは、親自身が、独善の世界に入りやすいとい
うこと。このタイプの親ほど、「私はすばらしい親だ」「私たちの親子関係は、うまくいっている」と
思いがちになる。



 このとき子どもも、親の価値観と一致すれば、それなりに親子関係はうまくいく。子どもは子
どもで、親に絶対的に服従することで、親子関係をとりつくろう。しかし、このとき、子どもが親
に従わなかったとしたら……。



 ここで親子の間には、大きなキレツが入る。価値観の衝突というのは、そういうもの。どこか
宗教戦争に似ている。たがいに自分をかけて、衝突する。



親「親に向かって何だ! その言い方は!」

子「親だ、親だって、いばるな!」

親「何だ、その口のきき方は!」

子「口のきき方が、どうした!」

親「お前は、だれのおかげで、ここまで大きくなれたか、わかっているのか!」

子「うるさい!」

親「このバチ当りめ! 産んでもらった恩を忘れたか!」

子「だれが産んでくれと、お前に頼んだア!」と。



 昔なら親は、ここで伝家の宝刀を抜く。「貴様のような息子は、今日かぎり親子の縁を切る。
この家から出て行け!」と。



 しかし今は、そういう時代ではない。身分制度は、とっくの昔に廃止になった。「家だ」「親の威
厳だ」と言ったところで、子どもがそれに応じなければ、どうしようもない。



●ご先祖様 



 もちろん、人それぞれ。孝行論を説く人も、否定する人も、それぞれがぞれぞれの立場でハ
ッピーなら、それでよい。外部の人間が、とやかく言う必要はない。また言ってはならない。



 たとえば私の知人の中には、親絶対主義の人が、何人かいる。五〇歳以上の人は、ほとん
どが、そうではないか。A氏(五五歳、男性)もそうだ。他人が、死んだA氏の父親の批判するこ
とすら、許さない。だれかが批判めいたことを言おうものなら、猛然と、それに反発してくる。



 Bさん(六〇歳、女性)もそうだ。ことあるごとに、「ご先祖様」という言葉を使う。「ご先祖様あ
っての、私でございます」「ご先祖様がいたから、こういう生活ができるのです」「ご先祖様が
代々守ってくださった家風を守るのが、私たち子孫の務めでございます」と。



 しかしよくよく観察すると、親や先祖を大切にしろと教えることは、子どもに向かっては、「自分
を大切にしろ」と言っているようにも聞こえる。それがわかったのは、C氏(七〇歳、男性)と話
していたときのことだ。



 C氏は、このところ、「最近の若いものは、先祖を粗末にする」を、口ぐせにしている。C氏が
いうところの「先祖」というのは、自分のことではないか。まさか「自分を大切にしろ」とは言えな
い。だから「先祖」という言葉を使う?



 このことは、たとえば寺の住職が、「仏様を供養してください」と言うのに、似ている。似ている
というより、同じ。寺の住職が「供養せよ」と言うのは、信徒に向かって、「金を出せ」と言ってい
るのと同じ。まさか「金を出せ」とは言えない。だから、「供養せよ」と言う。それとも、仏様が、お
金を、使うとでもいうのだろうか。



 要するに、親だ、先祖だと言う人は、その一方で、自分の立場を守ろうとしているだけ。ある
いは「家」を守ろうとしているだけ。……というのは言い過ぎかもしれないが、それほど的をは
ずれていないと思う。



●孝行は子どもの問題



 孝行するかどうかということは、あくまでも子どもの問題。親は、それを子どもに期待してはい
けない。求めたり、強要してはいけない。親は、どこまでも無条件の愛をつらぬく。



 ……こう書くと、さみしい老後を心配する人もいるかもしれないが、現実は、逆。「孝行」にあ
たる言葉すらない英語国のほうが、むしろ日本的な孝行息子、孝行娘が多い。



こんな調査結果がある。平成六年に総理府がした調査だが、「どんなことをしてでも親を養う」
と答えた日本の若者はたったの、二三%(三年後の平成九年には一九%にまで低下)しかい
ない。自由意識の強いフランスでさえ五九%。イギリスで四六%。あのアメリカでは、何と六
三%である。欧米の人ほど、親子関係が希薄というのは、誤解である。今、日本は、大きな転
換期にきているとみるべきではないのか。



 以上、そんなわけで私自身も、一〇年ほど前に、自分の考え方を、大きく変えた。……という
より、それまで日本や日本人が、全体としてかかえる問題に、気づかなかった。私もそれまで
は、ごく当たり前に、ごく自然なこととして、孝行論を唱えていたように思う。



 もちろん、だからといって、孝行論を否定しているわけではない。孝行している人を非難して
いるわけでもない。親であれ、自分以外の人のために、我を忘れて献身的に尽くすことは、そ
れ自体、すばらしいことである。



 ただ私がここで言いたいことは、だからといって、それに甘えて、今度は他人、とくに子どもに
向かって、それを求めたり、強要してはいけないということ。



孝行論を説く人も、それだけは、忘れてはいけない。

(030918)



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以前書いた原稿を送ります。簡略版は、中日新聞で発表

させてもらいました。



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子どもの心が離れるとき 



●フリーハンドの人生 



 「たった一度しかない人生だから、あなたはあなたの人生を、思う存分生きなさい。前向きに
生きなさい。あなたの人生は、あなたのもの。家の心配? ……そんなことは考えなくていい。
親孝行? ……そんなことは考えなくていい」と、一度はフリーハンドの形で子どもに子どもの
人生を手渡してこそ、親は親としての義務を果たしたことになる。



子どもを「家」や、安易な孝行論でしばってはいけない。負担に思わせるのも、期待するのも、
いけない。もちろん子どもがそのあと自分で考え、家のことを心配したり、親に孝行をするとい
うのであれば、それは子どもの勝手。子どもの問題。



●本当にすばらしい母親?



 日本人は無意識のうちにも、子どもを育てながら、子どもに、「産んでやった」「育ててやった」
と、恩を着せてしまう。子どもは子どもで、「産んでもらった」「育ててもらった」と、恩を着せられ
てしまう。



 以前、NHKの番組に『母を語る』というのがあった。その中で日本を代表する演歌歌手のI氏
が、涙ながらに、切々と母への恩を語っていた(二〇〇〇年夏)。「私は母の女手一つで、育て
られました。その母に恩返しをしたい一心で、東京へ出て歌手になりました」と。はじめ私は、I
氏の母親はすばらしい人だと思っていた。I氏もそう話していた。



しかしそのうちI氏の母親が、本当にすばらしい親なのかどうか、私にはわからなくなってしまっ
た。五〇歳も過ぎたI氏に、そこまで思わせてよいものか。I氏をそこまで追いつめてよいもの
か。ひょっとしたら、I氏の母親はI氏を育てながら、無意識のうちにも、I氏に恩を着せてしまっ
たのかもしれない。



●子離れできない親、親離れできない子



 日本人は子育てをしながら、子どもに献身的になることを美徳とする。もう少しわかりやすく
言うと、子どものために犠牲になる姿を、子どもの前で平気で見せる。そしてごく当然のこととし
て、子どもにそれを負担に思わせてしまう。その一例が、『かあさんの歌』である。「♪かあさん
は、夜なべをして……」という、あの歌である。



戦後の歌声運動の中で大ヒットした歌だが、しかしこの歌ほど、お涙ちょうだい、恩着せがまし
い歌はない。窪田聡という人が作詞した『かあさんの歌』は、三番まであるが、それぞれ三、四
行目はかっこ付きになっている。つまりこの部分は、母からの手紙の引用ということになってい
る。それを並べてみる。



「♪木枯らし吹いちゃ冷たかろうて。せっせと編んだだよ」

「♪おとうは土間で藁打ち仕事。お前もがんばれよ」

「♪根雪もとけりゃもうすぐ春だで。畑が待ってるよ」



 しかしあなたが息子であるにせよ娘であるにせよ、親からこんな手紙をもらったら、あなたは
どう感ずるだろうか。あなたは心配になり、羽ばたける羽も、安心して羽ばたけなくなってしまう
に違いない。



●「今夜も居間で俳句づくり」



 親が子どもに手紙を書くとしたら、仮にそうではあっても、「とうさんとお煎べいを食べながら、
手袋を編んだよ。楽しかったよ」「とうさんは今夜も居間で俳句づくり。新聞にもときどき載るよ」
「春になれば、村の旅行会があるからさ。温泉へ行ってくるからね」である。そう書くべきであ
る。つまり「かあさんの歌」には、子離れできない親、親離れできない子どもの心情が、綿々と
織り込まれている! ……と考えていたら、こんな子ども(中二男子)がいた。



自分のことを言うのに、「D家(け)は……」と、「家」をつけるのである。そこで私が、「そういう言
い方はよせ」と言うと、「ぼくはD家の跡取り息子だから」と。私はこの「跡取り」という言葉を、四
〇年ぶりに聞いた。今でもそういう言葉を使う人は、いるにはいる。



●うしろ姿の押し売りはしない



 子育ての第一の目標は、子どもを自立させること。それには親自身も自立しなければならな
い。そのため親は、子どもの前では、気高く生きる。前向きに生きる。そういう姿勢が、子ども
に安心感を与え、子どもを伸ばす。親子のきずなも、それで深まる。子どもを育てるために苦
労している姿。生活を維持するために苦労している姿。そういうのを日本では「親のうしろ姿」と
いうが、そのうしろ姿を子どもに押し売りしてはいけない。押し売りすればするほど、子どもの
心はあなたから離れる。 



 ……と書くと、「君の考え方は、ヘンに欧米かぶれしている。親孝行論は日本人がもつ美徳
の一つだ。日本のよさまで君は否定するのか」と言う人がいる。しかし事実は逆だ。こんな調査
結果がある。平成六年に総理府がした調査だが、「どんなことをしてでも親を養う」と答えた日
本の若者はたったの、二三%(三年後の平成九年には一九%にまで低下)しかいない。自由
意識の強いフランスでさえ五九%。イギリスで四六%。あのアメリカでは、何と六三%である
(※)。欧米の人ほど、親子関係が希薄というのは、誤解である。今、日本は、大きな転換期に
きているとみるべきではないのか。



●親も前向きに生きる



 繰り返すが、子どもの人生は子どものものであって、誰のものでもない。もちろん親のもので
もない。一見ドライな言い方に聞こえるかもしれないが、それは結局は自分のためでもある。
私たちは親という立場にはあっても、自分の人生を前向きに生きる。生きなければならない。
親のために犠牲になるのも、子どものために犠牲になるのも、それは美徳ではない。あなたの
親もそれを望まないだろう。いや、昔の日本人は子どもにそれを求めた。が、これからの考え
方ではない。あくまでもフリーハンド、である。ある母親は息子にこう言った。「私は私で、懸命
に生きる。あなたはあなたで、懸命に生きなさい」と。子育ての基本は、ここにある。



※……ほかに、「どんなことをしてでも、親を養う」と答えた若者の割合(総理府調査・平成六
年)は、次のようになっている。

 フィリッピン ……八一%(一一か国中、最高)

 韓国     ……六七%

 タイ     ……五九%

 ドイツ    ……三八%

 スウェーデン ……三七%

 日本の若者のうち、六六%は、「生活力に応じて(親を)養う」と答えている。これを裏から読
むと、「生活力がなければ、養わない」ということになるのだが……。 











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●運命論



 「私は孤独だ」と言えば、「それ、みろ。わかりきったことではないか」と言う人がいるかもしれ
ない。私のような、どこかゆがんだ性格をもった人間は、人に相手にされなくて、当然。つまり、
その分、孤独になる。



 だから私のような人間は、あえて最下層を、静かに生きるしかない。音も立てず、人知れず、
おだやかに……。



 しかし私には、どうしてもそれができない。何かあると、すぐワーッと声をあげてしまう。そして
あちこちに、敵をつくってしまう。バカなのか。それとも、アホなのか。



 ほどほどのところで、ほどほどの人生を歩むほうが、よほど、楽。そう割り切って生きている
人は、五万といる。いや、ほとんどの人が、そうではないか。またそういう人ほど、友人も多く、
家族のきずなも、太い。



 私がかかえている問題のほとんどは、他人からもたらされたものというよりは、自分でもちこ
んだもの。それが一つずつ、よくわかるようになった。これも年の功。あるいは、少しは自分に
謙虚になったためか。



 たとえば一人の女性がいる。夫とは、結婚後半年で離婚。今は、四歳になっている一人娘を
育てている。



 その女性のホームページをのぞく。「いやし系ホームページ」と歌っているが、実は、はげしい
不平、不満の嵐。あっちに不平をぶつけ、こっちに不満をぶつけている。「あれが悪い!」「こ
れがなっていない!」と。



 その女性のホームページを読んでいると、何のことはない。私のしていることは、その女性の
していることと同じ。あるいは、どこが違うのか。そのはげしさゆえに、私でも、仮にその女性と
結婚したとしたら、半年どころか、一か月で離婚するだろう。



 実のところ、ワイフもときどき、こう言う。「私だから、あんたと結婚できたのよ」と。多分に恩
着せがましい言い方だが、このところ、「うん、そうだな」と答えることが多くなった。自分がわか
ればわかるほど、ワイフの言うことが正しいと思うようになった。



 運命というものはあるのか。それともないのか。それは私にもわからないが、しかしこれだけ
は言える。



 自分の進むべき道は、無数の要素(ファクター)が、無数に組みあわさって決まるということ。
あとは確率の問題。もちろんその無数の要素の一つずつを知ることは、不可能。だから結局
は、成りゆきのなかで、進むべき道は決まっていく。



 先の女性にしても、こう書くのは、たいへん失礼なこととは思うが、しかし、なるべくして、そう
なったのではないのか? ただその女性は、まだ若いから、自分の中の自分に気づいていな
い? だから世間を攻撃し、社会を攻撃している。はては、「女一人で生きていく、つらさや、き
びしさが、そこらの人間にわかってたまるか!」(投稿コーナー)と書いている。



 もちろんだからといって、私は、その女性を批判しているのではない。私も、若いときは、そう
だった。自分の姿が見えなかった分だけ、世間を攻撃し、社会を攻撃した。しかし、今は、そう
いう「甘え」は消えた。



 今の私が、今の私なのは、すべて私の責任である。すべて私の中の私が、今の私をつくっ
た。それは世間の責任でもないし、社会の責任でもない。それは近所のゴミ拾いとよく似てい
る。



 近所の空き地には、いつも無数のゴミが散乱している。そういうゴミを見ると、「地主が悪い」
「市役所が悪い」と思うかもしれない。しかし、もしそういうゴミが気になったら、自分で拾えばよ
い。つまり空き地にゴミが散乱しているのは、それを気にした、その人の責任ということにな
る。



 それにかわって、このところ、ほんの少しずつだが、私は生きていることの美しさを感ずるよ
うになった。苦しみも、悲しみも、そういったものが、渾然(こんぜん)一体となって、「美しさ」を
つくりあげている、と。もっと言えば、それぞれの人が、それぞれの立場で、懸命に生きてい
る。そういう無数のドラマが、全体として、「美しさ」をつくりあげている、と。



 そういう視点で、自分自身を振りかえってみる。私も、不完全で、ボロボロの人間だ。「何かを
した」という充足感は、ほとんどない。毎日が、後悔の連続。決して居なおっているわけではな
い。自分自身の限界がわかるようになった。そういう自分が、今、ここで懸命に生きている。



 そういう自分に、「美しさ」の連帯感を覚えるようになった。「孤独?」……よいじゃないの、と。
「失敗ばかり?」……よいじゃないの、と。「敵をつくる?」……よいじゃないの、と。



 この先のことは、まだよくわからない。このまま世間や社会に押しつぶされてしまうかもしれな
い。それとも、何かまた新しいことを発見するかもしれない。どうなるかわからないが、ともかく
も、がんばって生きていくしかない。

(030919)



【約束】

マガジンの読者の方には、お約束します。もし何か、新しいこと発見したら、一番にお知らせし
ます。



It was previously a question of finding out whether or not life had to have a meaning to be 
lived. It now becomes clear, on the contrary, that it will be lived all the better if it has no 
meaning. - Albert Camus

人生には生きる意味があるのか。それを疑問に思ってきた。しかし今、それとは対照的に、つ
ぎのことがはっきりとしてきた。つまり意味がなくても、まったく問題なく生きられるということが。
(A・カムス)



Few are those who can see with their own eyes and hear with their own hearts. - Albert 
Einstein

自分の目でものを見ることができる人は、ほとんど、いない。自分の心で聞くことができる人
も、ほとんど、いない。(A・アインシュタイン)



To be ignorant of one's ignorance is the malady of the ignorant. - Amos Bronson Alcolt

自分の無知に無知なのは、無知な人の病気だ。(A・B・アルコット)



Another way in is the other way out; Never doubt where to exit; it is another entrance out. 
- Andrew S. Pudliner

入り口は、出口。どこから出ようと思うな。それは入り口がもう一つの出口。(A・S・パドライナ
ー)



We are what we repeatedly do. - Aristotle

我々というのは、我々が繰りかえすところのもの。(アリストテレス)



Happiness is something final and complete in itself, as being the aim and end of all practical 
activities whatever.... Happiness then we define as the active exercise of the mind in 
conformity with perfect goodness or virtue. - Aristotle

幸福というのは、それ自体が、最終的かつ完ぺきなもの。そしてそれが何であれ、すべての活
動の目的である。それゆえに、幸福を、私たちは、完ぺきな善と美徳と、心の調和と定義す
る。(アリストテレス)



For example, justice is considered to mean equality, It does mean equality- but equality for 
those who are equal, and not for all. - Aristotle

たとえば正義は、平等を意味する。それはたしかに平等を意味するが、それは平等な人にとっ
ての、平等。すべての人には、そうではない。(アリストテレス)



It's like a finger, pointing at the moon. If you stare at the finger, you miss all the heavenly 
glory - Bruce Lee "Enter The Dragon"

それは月を指さす、指のようなもの。もし指を見つめるなら、あなたは天の栄華を見逃すことに
なるだろう。(ブルース・リー「エンター・ザ・ドラゴン」)



Nothing is ever accomplished by a reasonable man. - Bucy's Law

道理のわかる男によって完成されたものは、何もない。



You have two ears and only one mouth for a reason - Buddhist Belief

あなたには二つの耳がある。しかし道理を語る口は、ただ一つ。(仏教)



To be is to do. - Descartes

生きることは、行動することである。(デカルト)



I think therefore I am. - Descartes

我、思う。ゆえに我、あり。(デカルト)



Learning how to stand up is easy. Learning how to stand up after you've fallen down, that is 
tough. - Dican

立つことを学ぶことは、簡単なこと。ころんだあとに、立つことを学ぶのは、つらいことだ。(ダイ
カン)



You can never lose what you never had. - Dican

もったことがないものを、なくすことはない。(ダイカン)



It is not the brains that matter most, but that which guides them---the character, the 
heart, generous qualities, progressive ideas. - Dostoyevsky

問題は、脳ではない。問題は、何が脳をガイドするか、だ。性格、心情、性質、思想など。(ドス
トエフスキー)



I don't suffer from insanity but enjoy every minute of it - Edgar Allan Poe

私は狂気に苦しまない。私はその瞬間、瞬間を楽しむだけ。(E・A・ポー)



Everything is but a dream within a dream." - Edgar Allen Poe

すべてのものは、夢の中の夢。(E・A・ポー)



Growth for the sake of growth is the ideology of the cancer cell. - Edward Abbey

成長のための成長というのは、ガン細胞のイデオロギーだ。(E・アビー)



There's a part of every living thing that wants to become itself: the tadpole into the frog, 
the chrysalis into the butterfly, a damaged human being into a whole one. That is spirituality 
- Ellen Bass

その範囲で生きるのは、簡単なこと。おたまじゃくしは、カエルになる。毛虫は、蝶になる。そし
てキズついた人は、完成される。それが精神だ。(E・バス)



In a real dark night of the soul, it is always three o'clock in the morning, day after day. - F. 
Scott Fitzgerald

魂の真夜中。それはいつも朝の三時。来る日も、来る日も、(F・S・フィッツゲラルド)



If you want to have clean ideas, change them as often as you change your shirts. - Francis 
Picabia

きれいな考えをもとうとするなら、シャツを替えるように、しばしば考えを変えることだ。(F・ピカ
ビア)



Do be do be do. - Frank Sinatra

生きて、すべきことをせよ(?)(フランク・シナトラ)



I no longer want to walk on worn soles - Friedich Nietzsche

もう破れた靴底の靴で歩きたくない。(F・ニーチェ)



Live simply that other may simply live. - Gandhi

ほかの人が簡単に生きられるように、簡単に生きろ。(ガンジー)



Nonviolence is the greatest force at the disposal of mankind. It is mightier than the 
mightiest weapon of destruction devised by the ingenuity of man. - Gandhi

不服なとき、非暴力は、もっとも強い武器である。それは人間の英知によってつくられたあらゆ
る武器よりも、強いものである。(ガンジー)



If I accept you as you are, I will make you worse; however, if I treat you as though you are 
what you are capable of becoming, I help you become that. - Goethe

あるがままのあなたを受け入れれば、私はあなたをより悪くしていまうだろう。もし私があなた
を、あなたがなれる人として扱うなら、私はあなたがそうなるのを助けることになる。(ゲーテ)



【注釈】

 フランク・シナトラの、「do be do be do」について、ヤフーで検索してみたら、こんな記事を
ヒットした。



Other than Brazilian music, though, Sinatra stayed away from developments in jazz beyond 
swing (unless one counts a quirk like his notorious "do-be-do-be-do" scatting at the close 
of "Strangers In the Night").



しかしブラジル音楽のほかに、シナトラは、ジャズ音楽をそれ以上、することはなかった。(「真
夜中のストレンジャー」で、歌われた、あの悪名高い「do-be-do-do」のような、意味のない単語
を並べた気まぐれな歌を、その数に数えないならの話だが……。)



つまり、「do-be-do-be-do」は、意味のない言葉だというのだ。私は「生きて、すべきことをせ
よ」と訳すまでに、かなり考えた。時間をムダにした。




















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●学習の動機づけ



●楽しませる



 子どもの「勉強」を考えたら、とにかく、楽しませる。「楽しい」「楽しかった」という思いが、子ど
もを前向きに引っぱっていく。



心理学の世界では、こうした前向きに引っぱっていく力を、「好子(こうし)」という。また大脳生
理学の世界では、辺縁系の帯状回が、「やる気」をコントロールしていると、説明する。それだ
けではない。



 子どもはこれから先、いろいろなカベにぶつかる。そのときそのカベを乗り越える原動力にな
るのも、ここでいう「楽しさ」である。「私はできる」「できるはず」「私には、できないことはない」と
いう、前向きのストロークが、子どもを伸ばす。



 たとえば文字学習を考えてみよう。



 子どもは満四・五歳(四歳六か月)を境に、急速に文字に興味をもつようになる。それまで
は、いくら教えても、一見、効果がないように見える。そしてこの時期を境に、見よう、見まね
で、文字らしき文字を書くようになる。



 このとき大切なことは、子どもがどんな文字を書いても、それをほめること。読んであげるこ
と。



 文字の使命は、言うまでもなく、意思の伝達である。意思の伝達に始まって、意思の伝達に
終わる。書き順、トメ、ハネ、ハライなどは、それを大切だと思う人に、任せておけばよい。ある
いは、どうして、そんなものが、大切なのか?



 そしてそれと平行して、「文字は楽しい」という思いを、子どもの心の中に焼きつけておく。具
体的には、子どもを抱いて、本を読んであげる。暖かい息を吹きかけながら、本を読んであげ
る。



 まずいのは、いきなり文字を教え、こまごまとした指導をすること。子どもは文字に恐怖心す
らもつようになる。しかし一度、この時期、そうなると、修復は不可能。いわんや、「勉強」を、子
どもの責め具に使ってはいけない。「毎日、三〇分、勉強しなさい!」と。



 ちなみに、年中児でも、文字に対して恐怖心をもっている子どもは、約半数はいる。中には、
「名前を書いてみようか」と声をかけただけで、体をこわばらせ、涙ぐむ子どもさえいる。こうな
ると、将来的に、文字嫌いのみならず、国語嫌い、本嫌い、さらには勉強嫌いになるのは、
明々白々。



 この日本には、無数の誤解がある。計算力があるから、算数ができるという誤解。よくしゃべ
るから、頭がよいという誤解。ものをよく知っているから、勉強がよくできるという誤解。そして、
きれいな文字を書くから、国語力があるという誤解。こうした誤解が、無数に集まって、日本人
独特の、「勉強観」をつくりあげている。



 では、どうするか?



 子どもを楽しませる。いつもそれに始まって、それに終わる。英語にも、『楽しく学ぶ子は、よ
く学ぶ』という格言がある。まさにポイントをついた格言である。

(030920)



●今、一人気になっている子ども(小六男子)に、S君がいる。彼は幼いときから、書道教室に
通っている。だから彼が書く文字は、まさに一級。きれいである。しかし一方で、作文がまったく
と言ってよいほど、書けない。「作文は大嫌い」と、いつも逃げてしまう。で、何とか書かせて、
励ますのだが、正直に言えば、とても、読むに耐えない内容。いつも的はずれで、トンチンカン
な作文を書く。もちろん本は、大嫌い。ときどき、「この本を読んでみたら」と単行本を貸すのだ
が、受け取ることさえ、拒絶する。どうしたらよいものか。親は、漢字のテストでよい点と取るこ
とや、きれいな文字だけを見て、「うちの子は、国語はだいじょうぶ」と思っている。



●以前、N君という小学生(当時二年生)がいた。彼もまた、きれいな文字を書いていた。が、
書くスピードが、遅かった。みなの二倍以上の時間がかかった。だからいつもひとりだけ、黙々
と文字を書いていた。しかしそのため、いつも、授業が中断してしまった。で、ある日、私はこう
言った。「ていねいに書くときは、書けばよい。しかし今は、黒板の文字を書き写すこと。だから
もっと速く、書きなさい」と。とたん、N君は、ふつうの(?)速さで書き始めた。が、私はN君の文
字を見て、びっくりした。ひどいなんてものではなかった。しかしそれが彼の、オリジナルの文字
だった。
















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●いじめ



いじめ



●いじめに苦しむ中学生

 

ある母親(静岡県K市在住、STさん)から、相談のメールが入った。内容は、中学二年生にあ
る娘が、学校でいじめにあっているという。何をしても無視される。仲間はずれにされる。のけ
ものにされる。そしてそのたびに、娘はつらい思いをしている。だから「娘の心に、キズはつか
ないか?」と。



 こうした相談をもらうたびに、私は大きな無力感を覚える。その母親は、私に救いを求めてき
ている。しかし私には、その母親はもちろん、娘を救う力など、どこにもない。私がせいぜいで
きることと言えば、その母親や娘の立場になって、話を聞いてやることでしかない。



 実は、私も、中学時代のある時期、そして高校時代のある時期、同じような経験をしている。
こんなことがあった。高校一年の終わりか、二年のときのことだったと思う。



 遠足のバスの、その席決めをするときのこと。クラスに一人、リーダー格の男がいて、その男
が、バスの一番うしろに陣取ってしまった。あとはその仲間と取り巻きが、うしろから順に席をと
った。担任の教師が、「話しあって、自分たちで決めろ」と言った。それでそうなった。



 私は、前から二番目の席に座ることになった。となりは、学校ではまったく目立たない、B君
だった。授業中でも居眠りすると、口や鼻から、ダラダラと唾液をこぼす男だった。そのため、
とくに、女子からは嫌われていた。



 私は、だれも座りたがらない、そのB君の横に座った。親しくはなかったが、家が近かった。
それでよく遊びに行ったりは、していた。



 ほかにもいろいろあった。で、そういうときの自分の心理を、思いだしてみると、今でも何とも
言えない重苦しさを覚える。心が空回りしているというか、自分であって、自分でなかったような
……。



 毎日が、そういういじめと、それに対する、虚勢の張りあいの繰りかえしだった。当時の私
は、弱音を吐いたら、負けと思っていた。だからいくらいじめにあっても、それを気にしないフリ
をしていた。反対に、ときには、相手に向かって、殴りあいのけんかをしかけていったこともあ
る。



 私は、そういう点では、決してヤワな男ではなかった。そんな私でも、毎日、学校へ向かうの
が苦痛だった。いつもひとりぼっちだったし、心を許せる友だちはいなかった。私は、みなか
ら、孤立していた。



 今から考えると、その原因のほとんどは、担任のT教師にあったように思う。高校の入学当
時、私はズバ抜けて成績がよかった。だからT教師はいつも、「林に追いつけ」「林を追い越
せ」と、みなにハッパをかけていた。一方、追われる立場の私には、テストごとに、「お前は、こ
の科目では、XXに負けそうだ」「YYに追いつかれるぞ」と、脅した。



 そんなわけで私は、高校一年の夏休みには、すでに転校を考えていた。が、母がそれを許さ
なかった。母は、あの手、この手を使って、私の転校を阻止しようとした。私はやがて、八方ふ
さがりの状態に追いこまれていった。



 私に対する「いじめ」は、そのころから始まった。みなが私には、口をきいてくれなくなった。も
ちろんあいさつもない。そのつど、いろいろなスポーツ大会があったが、私はそれからも仲間
はずれにされた。



 ゆいいつ、私ができたことは、逆に、彼らを無視することだった。本当は無視などできなかっ
たが、気にしていないフリをした。「どうぞ、ご勝手に」と。



●私の経験から



 こうしてあの悪夢のような三年間は終わったが、その結果、私はどうなったか? 孤独に強く
なったというか、そういう生きザマが、身についてしまった。今でも、そのころの生きザマが、基
本になっている。他人に相手にされなくても、かまわないという生きザマ。結局は、生きていくの
もひとり、死ぬのもひとりという生きザマ。ときどきそんな自分を、「風来坊」とか、「無頼(ぶら
い)」とか思うことがある。そういう生きザマを身につけてしまった。



 いじめによる「キズ」は、たしかにある。ないとは言わない。しかし私のばあい、もう一つ大き
な問題があった。



 私が四、五歳のころから、父は酒におぼれるようになり、数日おきに酒を飲んでは暴れた。
私には、まさに地獄のような毎日だった。そのため、当然のことながら、心もゆがんだ。精神も
キズついた。今でも、当時のキズが、私を苦しめることがある。



 だから打たれ強いというか、免疫性ができていたというか、学校でのいじめは、あくまでも私
にとっては、マイナーな問題でしかなかった。学校にいるのも地獄なら、家の中にいるのは、さ
らに地獄だった。



 こうした私の経験が、その相談の人に役だつかどうかは知らないが、こういうことは言える。



 質問にもあるように、「キズつくかどうか」ということだが、キズはつく。まちがいなく、キズはつ
き、そのキズは一生残る。やわらぐことはあるが、決して消えることはない。今の私がそうだ
が、私はいつごろからか、もう消そうとは思わなくなった。そのかわり、キズと、うまくつきあうこ
とだけを考えるようになった。あきらめたというか、居なおったというか……。



 ただ、誤解しないでほしいのは、キズのない人はいないし、また人は、キズまるけになって成
長するものだということ。キズをつくような経験は、だれでもいやだ。しかし人は、キズまるけに
なって成長する。



 こんなことを書くと、その渦中にいる人に、叱られるかもしれない。以前、私に、「あんたはい
じめの本質がわかっていない。教育評論家として失格だ。筆を折れ。大馬鹿野郎!」と、手紙
を書いてきた女性がいた。私が、「いじめによって、子どもが、キズつくことを恐れてはいけな
い」と、何かのコラムに書いたときのことである。その女性は、私の文をしっかりと読まないま
ま、「いじめを容認する発言で、許せない」と怒っていた。私は、そんなことは一言もいないのだ
が……。



 私は何も、いじめを肯定しているのでも、容認しているのでもない。しかし人は、キズつくこと
で、そうでない人にはわからない、心のポケットをつくる。そしてそのポケットが多くなり、それぞ
れのポケットが深くなればなるほど、その人はやさしくなる。人格は重くなる。



 いじめた人は、そのときは、ある種の優越感にひたることができるかもしれないが、長い間の
人生では、確実に損をする。人生の真理から遠ざかった分だけ、時間をムダにする。



 しかし一方、いじめられた人は、そのときは、深い悲しみや苦しみに襲われるかもしれない
が、長い人生の中で、一直線に、真理に向かうことができる。ほかの人が見ることができない
世界を見、そしてその世界が、どんな世界かを、知ることができる。



 私も、もうずぐ五六歳になる。だから今まで、だれにも話さなかったことを告白しよう。



●クビ切りは、立ち話だった



 七年間勤めた幼稚園の講師だったが、クビを切られるときは、立ち話だった。ある日、幼稚
園の庭で園児を指導していると、交代したばかりの園長がやってきて、私にこう言った。「林
君、君は、来月からは、もう来なくていいから」と。



 そのとき私が受けた衝撃がどんなものであったか。それはともかくも、私はそれから数日間、
夜は一睡もできなかった。体中が熱をおび、息苦しさが、私を繰り返し襲った。ワイフが一晩
中、私を、介抱(かいほう)してくれた。



 で、その結果だが、私は、そのときの悔しさを、バネとすることができた。「いつかあいつをた
たきのめしてやる」と、燃えるような敵意さえ覚えた。もっとも、そのあと私が選んだ道は、決し
て楽なものではなかったが、ともかくも、そのときを境に、私の幼児教育に対する姿勢は、大き
く変わった。



 今から思うと、そのときの反骨精神もまた、あの高校時代につかんだ生きザマからきている
のかもしれない。怒りを、生きるエネルギーにする。悔しさを、生きるバネにする。そして苦しみ
や悲しみ乗り越えながら、ますます強くなっていく。そういう反骨精神である。



 こういう経験から、いろいろなことが言える。



●いじめる側の意識



 私のばあい、高校時代、そうしたいじめにあっているとき、それをだれにも言わなかった。父
はもちろんのこと、母にも、そして担任の教師にも言わなかった。これは余談だが、最近になっ
て、高校の同窓生のY君にその話をすると、Y君は、こう言った。



 「林がいじめにあっていたなんて、信じられない。お前は、いつも明るく楽しそうだった。それ
にお前は、T(担任教師)に、かわいがられていたと思っていたよ」と。



 さらにこんなこともあった。ちょうど三〇歳になったころ。高校の同窓会があった。で、その中
の一人に、私はこう聞いた。X君といって、そのグループのナンバー2にいた男だった。「君は、
高校時代、かなりぼくに敵意を感じていたようだが、どうしてか?」と。



 するとその男は、けげんそうな顔をして、「ぼくがア……?」と。



 まったく覚えていないというか、記憶にないというような様子だった。私は、彼の態度に驚い
た。「私をいじめていたことを覚えていない?」と。



 しかしもしそのとき、そのとき彼が、「ああ、そうだったな」とでも言えば、私はその場でその男
を、殴り飛ばしていたかもしれない。その覚悟をもって、私はそう聞いた。が、その彼が、「ぼく
がア……?」と。



 最初、私は、彼がとぼけていると思った。しかしどうもそうでなかったようだ。どこか狐につま
まれたような気分だった。そしてつぎの瞬間、私は「では、あのいじめはいったい、何だったの
か」と思った。私の思い過ごし? 誤解? それとも被害妄想? わけがわからなくなってしまっ
た。



 で、あの状況の中で、つまり私が高校という場でキズまるけになっていたとき、だれかが私を
救うことができたかというと、それはできなかったと思う。父や母の出る幕はなかったし、担任
の教師の問題ではなかった。いじめるほうはともかくも、いじめられるほうにとっては、いじめの
問題は、どこまでも個人的な問題である。



 本当に助ける力があるなら、相手の子どもを排除するか、さもなければ、私を別の世界へ運
び出す。そこまでしてはじめて、そういうときの私を救うことができる。へたな励ましや、へたな
指導など、何の意味もない。あれこれ外部の人が口を出すと、かえって事情は複雑になる。た
とえそれが親や教師でも、だ。



 こうして考えてみると、最初に感じた無力感は、そのまま親の限界ということにもなる。つまり
親にできることにも、限界があるということ。親はいつも、その限界状況の中で、子育てをす
る。



 親がせいぜいできることと言えば、その限界状況の内側から、子どもの成長を、そっと静か
に見守ることでしかない。それは、とくにこうした問題をかかえた親には、つらくてきびしい経験
かもしれないが、どうしようもない。



 ゆいいつできることと言えば、家庭という場を通して、子どもの心と体をいやす程度でしかな
い。そしてどこまでも子ども立場で、子どもの心を理解することでしかない。「がんばれ」ではな
く、「あなたはよくがんばっているわ」と。



 少し話題を変えてみたい。



 ひとり、印象に残っている高校生に、ヒロシ君という子どもがいた。私は今でも、その子ども
を、尊敬の念をこめて、「ヒロシ君」と、「君」づけで呼ぶ。そのヒロシ君について書いた原稿を、
ここに掲載する。



++++++++++++++++++++++



●ヒロシ君



 ヒロシ君(中二)は、心のやさしい子どもだった。そういうこともあって、いつも皆に、いじめら
れていた。が、彼は決して、友だちを責めなかった。背中にチョークで、いっぱい落書きをされ
ても、「ううん、いいんだよ、先生。何でもないよ。皆でふざけて遊んでいただけだよ」と言ってい
た。 



 そのヒロシ君は、事情があって、祖父母の手で育てられていた。が、その祖父が脳梗塞で倒
れた。倒れて伊豆にあるリハビリセンターへ入院した。これから先は、ヒロシ君の祖母から聞
いた話だ。



 祖父はヒロシ君が毎週、見舞いに来てくれるのを待って、ひげを剃らなかった。ヒロシ君がひ
げを剃ってくれるのを、何よりも楽しみにしていたそうだ。そしてそれが終わると、祖父とヒロシ
君は、センターの北にある神社へ、お参りに行くことになっていたという。



そこでのこと。帰る道すがら、祖父が、「お前はどんなことを祈ったか」と聞くと、ヒロシ君は、
「高校に合格しますようにと祈った」と。それを聞いた祖父が怒って、「どうしてお前は、わしの
病気が治るように祈らなかったか」と。そこでヒロシ君はあわてて神社へ戻り、もう一度、祈りな
おしたという。



 この話を聞いて以来、私は彼を、尊敬の念をこめて、「ヒロシ君(実名)」で呼ぶようになった。
とても呼び捨てにはできなかった。いろいろな子どもがいるが、実際には、ヒロシ君のような子
どももいる。



 今、いじめが問題になっている。しかしいじめられる子どもは、幸いである。心に大きな財産
を蓄えることができる。一方、いじめる子どもは、大きく自分の心を削る。そしていつか、そのこ
とで後悔するときがくる。世の中の人はバカばかりではない。しっかりと人を見る人がいる。そ
ういう人が、しかっりと判断する。ヒロシ君にしても、学校の先生には好かれ、浜松市内のK高
校を卒業したあと、東京のK大学へと進んでいる。ヒロシ君は、見るからに人格が違っていた。



 自分の子どもが、学校でいじめられているのを見るのは、つらいことだ。しかし問題は、いつ
どこで親が手を出し、いつどこで教師が手を出すかだ。いじめのない世界はないし、人はいじ
められながら成長し、そしてたくましくなる。つらいが、親も教師も、耐えるところでは耐える。そ
うでないと、子どもがひ弱になってしまう。



今はこういう時代だから、ちょっとした悪ふざけでも、「そら、いじめだ!」と、親は騒ぐ。が、こう
いう姿勢は、かえって子どもから自立心を奪う。もちろん陰湿ないじめや、限度を超えたいじめ
は別である。



しかしそれ以前の範囲なら、一に様子を見て、二にがまん。三、四がなくて、五に相談。親や教
師ができることといえば、せいぜい、子どもの肩に手をかけ、「お前はがんばっているんだよ」と
励ましてあげることでしか、ない。それは親や教師にとっては、とてもつらいことだが、親や教師
にも、できることには限度がある。その限度の中で、じっと耐えるのも、親や教師の務めではな
いかと、私は思う。



++++++++++++++++++++++



●いじめの背後にあるもの



繰りかえすが、だからといって、もちろんいじめを、私は肯定しているわけではない。容認して
いるわけでもない。しかしこの問題は、親たちが考えているより、はるかに根が深い。



 今のような、つまり、日本のような競争主義の世界では、強者、弱者は必然的に生まれる。
「勉強しなさい」という、親たちが何気なく使う言葉が、一方で、子どもたちの世界で、軋轢(あつ
れき)を生み出す。



 さらに人間という生物そのものが、本来的にかかえる問題もある。弱者を踏みにじりながら、
あるいは弱者を排斥しながら、人間は進化を重ねてきた。理性を超えた、本能の部分で、いじ
めが起こることもある。



 本来なら、社会のリーダーたちが、その弱者の立場で、政治を考え、社会を考えなければな
らない。しかしこの日本では、皮肉なことに、はげしい受験構想を勝ちぬいた、つまりは、勉強
しかしない。勉強しかできないような、いわゆる強者でないと、そのリーダーになれない。もとも
と弱者の視点そのものがない。



 文化の完成度は、弱者にいかにやさしい社会かで、決まる。そのやさしさがある社会を、完
成された社会と呼び、そうでない社会を、不完全な社会と呼ぶ。豪華な劇場や、豪華な道路で
はない。あくまでも、「心の中身」で決まる。



 こうした社会や、人間性の欠陥を補うため、制度として、いじめに苦しんでいる子どもを救う
方法も考えなければならない。たとえばこの日本では、子どもたちには、いつもひとつのコース
しかない。考えてみれば、これほど、おかしな制度もない。いまだにこの日本は、明治時代の
富国強兵策から生まれた学校制度を、かたくなに守っている。



 融通のきかない制度。多様性を認めない制度。実はそういう硬直した世界で、子どもたち自
身が、窒息している。親たちも、窒息している。いじめに限らず、学校教育がかかえるほとんど
の問題は、こうした硬直した制度から生まれる。受験競争しかり。荒廃しかり。校内暴力しか
り。



 いじめの問題を、本当に解決しようと考えたら、こうした部分にまでメスを入れなければならな
い。しかし、それは今の日本では、可能なのか?



●どう接したらよいか?



 そこで、こう考えては、どうだろうか。これは私の経験をもとに、「こうあってほしかった」という
視点から考えた方法である。



(1)徹底して、家庭を、憩いとやすらぎの場にする。……家庭を、子どもが外の世界で疲れた
心と体を休める場所にする。そのために「暖かい無視」を大切にする。子どもの世界を、親の
暖かい愛情で包み、一方、子ども自身が親の目をほとんど感じないほどまでに、無視する。こ
うしたケースで、子どものほうから、何か救いを求めてこない間は、親のほうから、あれこれ、
口を出すのは、かえって逆効果。



(2)あくまでも子どもの立場で考える。……こうしたケースで、「がんばれ」式の励まし。「こんな
ことでは」式の脅しは、タブー。それについては、もう書いた。大切なことは、子どもの苦しみを
共有すること。「あなたはダメになってしまう」式に、不安や心配を子どもにぶつけてはいけな
い。さらに「学校が悪い」「友だちが悪い」式に、怒りやうらみを、他人にぶつけてはいけない。
愚かな人間たちを、あわれんでやる。そういう姿勢が、子どもの心を溶かし、そして豊かにす
る。



(3)コースは一つではない。……幸せになる道は、決して一つではない。近道もないし、回り道
もない。子どもの世界について言うなら、「学校」だけが、コースではない。だからといって、学
校教育を否定しているのではない。ないが、その学校教育には、限界がある。「学校」を絶対
視してはいけない。大切なのは、そうした幻想から、自らを解き放つこと。親が、その幻想にと
りつかれている間は、子どももまた、その幻想から解き放たれることはない。集団に属さない
から、落ちこぼれという考え方は、まちがっている。完全にまちがっている。もしまちがっている
というのなら、では、いったい、この私はどうなのか。私は二〇代のはじめから、集団には、ま
ったく属していない。



(4)高い文化をめざそう。……先にも書いたように、文化の高さは、社会的弱者にいかにやさ
しいかで、決まる。そういう「やさしい社会」を、みんなでめざそう。こうした教育のまつわる最大
の欠陥は、実は、親たち自身にある。親たちは、自分の子どもがその渦中にいるときは、あれ
これ大きく問題にする。しかし子どもが、卒業し、「学校」から離れると、その問題から遠ざかっ
てしまう。逃げてしまう。私が何か、助言を求めても、「私たちは、もう終わりましたから」と。こう
した親の気持ちが、理解できないわけではない。しかしこうした親の「割り切り?」が、問題を順
に先送りしてしまう。むずかしいことではない。ごく日常的な、ほんの身のまわりから、「やさし
さ」を見つけ、それを育てていく。そういう小さな努力が、この日本を変える。



 注意すべきこともある。こうしたいじめを経験した子どもは、そのあと、大きく、二つのタイプに
分かれる。



 ひとつは、いじめの邪悪性に気づき、人間的に自らを昇華していくタイプ。もうひとつは、その
邪悪さに、染まっていくタイプ。後者の子どもは、いじめられた経験をもとに、今度は反対に、い
じめる側に回ることが多い。



 このいじめとは関係ないが、私は、このことを、自分がドン底に落とされたとき、発見した。そ
のことについて書いたのが、つぎの原稿である。話が少しわき道にそれるが、許してほしい。



Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司



●善人と悪人



 人間もどん底に叩き落とされると、そこで二種類に分かれる。善人と悪人だ。そういう意味で
善人も悪人も紙一重。大きく違うようで、それほど違わない。私のばあいも、幼稚園で講師にな
ったとき、すべてをなくした。母にさえ、「あんたは道を誤ったア〜」と泣きつかれるしまつ。私は
毎晩、自分のアパートへ帰るとき、「浩司、死んではダメだ」と自分に言ってきかせねばならな
かった。ただ私のばあいは、そのときから、自分でもおかしいと思うほど、クソまじめな生き方
をするようになった。酒もタバコもやめた。女遊びもやめた。



 もし運命というものがあるなら、私はあると思う。しかしその運命は、いかに自分と正直に立
ち向かうかで決まる。さらに最後の最後で、その運命と立ち向かうのは、運命ではない。自分
自身だ。それを決めるのは自分の意思だ。だから今、そういった自分を振りかえってみると、
自分にはたしかに運命はあった。しかしその運命というのは、あらかじめ決められたものでは
なく、そのつど運命は、私自身で決めてきた。自分で決めながら、自分の運命をつくってきた。
が、しかし本当にそう言いきってよいものか。



 もしあのとき、私がもうひとつ別の、つまり悪人の道を歩んでいたとしたら……。今もその運
命の中に自分はいることになる。多分私のことだから、かなりの悪人になっていただろう。自分
ではコントロールできないもっと大きな流れの中で、今ごろの私は悪事に悪事を重ねているに
違いない。が、そのときですら、やはり今と同じことを言うかもしれない。「そのつど私は私の運
命を、自分で決めてきた」と。……となると、またわからなくなる。果たして今の私は、本当に私
なのか、と。



 今も、世間をにぎわしている偉人もいれば、悪人もいる。しかしそういう人とて、自分で偉人に
なったとか、悪人になったとかいうことではなく、もっと別の大きな力に動かされるまま、偉人は
偉人になり、悪人は悪人になったのではないか。



たとえば私は今、こうして懸命に考え、懸命にものを書いている。しかしそれとて考えてみれ
ば、結局は自分の中にあるもうひとつの運命と戦うためではないのか。ふと油断すれば、その
ままスーッと、悪人の道に入ってしまいそうな、そんな自分がそこにいる。つまりそういう運命に
吸い込まれていくのがいやだからこそ、こうしてものを書きながら、自分と戦う。……戦ってい
る。



 私はときどき、善人も悪人もわからなくなる。どこかどう違うのかさえわからなくなる。みな、ち
ょっとした運命のいたずらで、善人は善人になり、悪人は悪人になる。今、善人ぶっているあな
ただって、悪人でないとは言い切れないし、また明日になると、あなたもその悪人になっている
かもしれない。そういうのを運命というのなら、たしかに運命というのはある。何ともわかりにく
い話をしたが、「?」と思う人は、どうかこのエッセイは無視してほしい。このつづきは、別のとこ
ろで考えてみることにする。



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【STさんへ】



 相談のメール、どうもありがとうございました。ここでは、「いじめ」について、少し別の角度か
ら考えてみました。参考になったかどうかは、わかりませんが、今、私が思っていることを、そ
のまま書いてみました。



 お嬢さんが苦しんでおられる様子は、メールの内容から、よくわかります。またよく理解できま
す。しかしこの問題がかかえる、最大の問題は、その怒りや悲しみを、ぶつける先がないという
ことです。だれに、どう訴えたらよいのかわからないまま、袋小路に入ってしまいます。



 本来なら、「そんなに苦しいのなら、学校なんて、行かなくてもいいのよ」と言ってあげたいで
すね。しかしそれが自然な形で言えるようになるには、親自身、さらには社会全体がもっている
意識を変えなければなりません。



 大切なことは、お嬢さんの「心」を守るということです。いえ、キズつくことから守るというのでは
ありません。こうしたキズには、必ず、二面性があります。キズを、自分の心のポケットにする
子どももいれば、さらに邪悪な心に転化してしまう子どももいるということです。



 その分かれ道は、「やさしさ」で決まります。今こそ、あなたという親のやさしさの、その真価が
試されるときだと思ってください。あなたの愛情と、それから生まれ出るやさしさがあれば、あな
たのお嬢さんの心がゆがむということは、ありえません。どうか、それを信じて、前向きに進ん
でください。



 悲しいことに、いじめる側は、ほとんど無意識のまま、半ば「遊び」の連続として、それをしま
す。本人たちに、いじめているという意識そのものがないのが、ふつうです。言いかえると、こち
ら側が、まじめに考えるのが、アホらしくなるほどです。だったら、無視すればよいのです。とい
っても、それは口で言うほど、簡単なことではないですが……。



 そこでどうでしょう。こう考えては……。



 親は、子どもを産んで親になりますが、真の親になる道は、遠い、です。野を越え、山を越
え、嵐の中をくぐり抜けながら、前に進む。そしてその結果として、親は、子どもによって、真の
親へと育てられる。



 STさんがかかえておられる問題が、決して簡単な問題だと言っているのではありません。し
かしこの問題も、前向きにとらえることによって、あなたはあなたとして、それを自分を成長させ
るための道具とすることができるということです。



 そうです。これは深刻な問題です。先にも書いたように、社会全体、あるいは人間が本性とし
てかかえる問題です。だったら、みんなで、この問題を考えていこうではありませんか。……つ
まり、私がここでいう「前向き」というのは、そういう姿勢をいいます。



 本当に、無力で、ごめんなさい。しかしね、STさん。こうした無力感は、今、始まったばかりで
すよ。これから先、STさんも、親として、無数の無力感を覚えるはずです。どうしようもないカベ
にぶつかりながら、そのつど、「許して忘れる」。子育ては、まさにその連続です。



 一つ、視点を外に向ければ、格差、貧困、不公平社会。さらに外に向ければ、争い、飢餓、
戦争。いやおうなしに、子どもたちは、そういう世界に巻きこまれていきます。



 たとえば、こんなこともあります。私の息子の一人も、タバコを吸っています。それまでははげ
しく禁煙運動をしていた私ですが、以後、禁煙運動はやめました。無力感というか、大きな挫折
感を覚えたからです。



 しかし今、そういう息子を振りかえりながら、息子には息子の、タバコを吸いたくなるような、
心の状態があったことが理解できます。そして一方に、エイズだの、麻薬だの、そういう問題が
あります。今では、「タバコなど、何でもないなあ」と思うようになってしまいました。



 こうした無力感を感ずるうちに、これは私のばあいですが、その怒りを、外に向けるようにな
りました。今、こうして評論活動をつづけているのも、その一つです。で、私たちが、親としてせ
いぜいできることと言えば、キズついて帰ってくる息子や娘たちが、心や体を休める場所を、静
かに提供することぐらいでしか、ありません。「いつでも、疲れたら、もどっておいで」とです。と
てもつらいことですが、そっと暖かく、見守ることでしかないということです。



 何の力にもなれません。たいへん、申し訳なく思っています。ただそれがどんな形であれ、あ
なたのお嬢さんは、今、懸命に、戦いながら生きています。いじめの問題はさておき、私はそう
いう姿の中に、懸命に生きる人間の尊さというか、美しさを感じます。どうかそういう視点で、あ
なたのお嬢さんの成長を、見守ってあげてください。約束します。あなたのお嬢さんが、この問
題を乗り切ったとき、あなたのお嬢さんは、まちがいなくすばらしい人間に成長します。そしてあ
なた自身も、すばらしい人間に成長します。



 どうかそれを信じて、前向きに、ただひたすら前向きに、進んでみてください。



 いっしょに、弱い人をいじめる、アホな連中を、あわれんでやろうでは、ありませんか。

 いっしょに、弱い人をいじめる、バカな連中を、あわれんでやろうでは、ありませんか。

 そんな気持を忘れずに。それが、私たちの、やさしさなのです。

(030922)












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●溺愛



溺愛とストーカー行為



●母親の溺愛



 溺愛する親にせよ、ストーカー行為を繰りかえす人にせよ、それは「愛」によるものではない。
「代償的愛」による。代償的愛というのは、いわば、愛もどきの愛。身勝手で、自分本位の愛。
自分の心のすき間を埋めるための愛。子どもや、その相手を、そのために利用しているにす
ぎない。



 この代償的愛は、共通のものと考えてよい。私はこのことを、一人の母親に出会って、知っ
た。



 その母親(五五歳くらい)は、娘(現在、二八歳)を、溺愛した。それは恐ろしいほどの溺愛だ
った。娘が幼稚園児のときは、遠足先まで、見え隠れしながら、自分で車を運転して、ついてき
たという。



 が、その娘は、あるときから、そういう母親の溺愛をうるさく思うようになった。そして事件は起
きた。



 娘が母親の反対を押し切って、一人の男と結婚して、家を出てしまった。母親は、娘夫婦とい
っしょに暮らすことを考えていた。が、その夢は、こなごなに、こわれた。とたん、その母親は、
ストーカーに変身した。



 その話を、その女性(娘)から聞いたままを、ドキュメンタリー風に、書いてみる。



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●娘をストーカーする母親



 ある夕方、H(女性、二八歳)が、食事のしたくをしていると、そこへ電話がかかってきた。そこ
に住むようになって、数日目のことだった。受話器を取ると、母親からだった。母親は、こう言っ
た。



 「あんた、今日はダサイ服を着てたわね。何よ、あの赤いスカート!」と。驚いてHが、「どうし
て知ってるの?」と聞くと、「スーパーで見かけたからよ」と。



 しかしその娘が行くスーパーには、母親は行かないはず。それに実家からは、距離も離れて
いる。母親は、ネチネチとした言い方で、あれこれ話し始めた。



 「あんた、インスタント食品ばかり買ってたでしょ。それにスパゲッティに、ウーロン茶? いっ
たい、どういう取り合わせをしてるの? 体によくないわよね。それとも、あんたのダンナを早
く、殺したいの? ちゃんと、料理してあげなさいよ」と。



 Hは、母が自分のことを怒っていることを知っていた。母の反対を押し切って、結婚した。実
際には、結婚式は、できなかった。今の夫とは、駈け落ちするかのようにして、家を出た。あと
で父に聞くと、その夜、母は、狂乱状態になって暴れたという。そんな負い目があった。Hは、
母親の話をだまって聞くしかなかった。



 が、それは、それからつづく、いやがらせの、ほんのはじめに過ぎなかった。



 電話は、翌日もかかってきた。そして今度は、こう言った。



 「この親不孝者め。親を捨てて家を出るということが、どういうことなのか、あんたにはわかっ
ているの。あのね、親を捨てる者は、地獄へ落ちるのよ。そう、あんたなんか、地獄へ落ちれ
ばいいのよ」と。



 それは前日と同じように、ネチネチした言い方だった。Hは、電話にとまどいながらも、反発す
ることすらできなかった。相手は親だ。しかも自分は、その親に、かわいがってもらった。ほし
いものは、たいてい何でも買ってもらった。



 大学は家から通ったが、家では、一番日当たりのよい、二階の三部屋を自由に使うことがで
きた。学費のほか、毎月一〇万円の小づかいをもらっていたが、そのほとんどは遊興費に使う
ことができた。しかし親は、何も文句は言わなかった。



H「お母さん、ごめんなさい。親不孝者だということは、自分でもわかっているわ」

母「そうよ。あんたなんか、地獄へ落ちるのよ。私が先に死ぬからね。あの世で、あんたが地
獄へ落ちるのを、楽しみに見ていてあげるからね」

H「でも、そんなつもりはないの」

母「そんなつもりって、何だい? 親を捨てたことかい?」

H「捨ててなんか、いないわ。いつもお母さんのことを、大切に思っているわ」

母「ああ、私はね、足が痛いんだよ。年齢も年齢だからね。だれが、病院へ連れていってくれる
のかね」と。



 こうした電話が、ほとんど、毎日、かかってきた。ときには、朝早い時刻に。ときには、真夜中
に。Hは、電話のベルが鳴るたびに、不安感を覚えるようになった。「心の底をえぐられるような
不安感」と、Hは言った。



 しかしHは、母からの電話については、夫には言わなかった。ときどき夫が電話に出ることは
あったが、母は、夫には、別人のように、やさしくていねいな言い方をした。夫は、いつも、H
に、「おまえの母さんは、いい母さんだな」と言っていた。



 そう、母親は、近所では、「仏様」というニックネームをつけられていた。穏やかな顔立ち、そ
れに低い、物腰。何かと小うるさい女性ではあったが、嫌われるということは、なかった。しかし
娘のHには、違った。



 その日は、夫がいない夜に、電話がかかってきた。母は、夫が泊りがけの出張で、家にいな
いことを知っていた。



母「あんたの手料理が食べたいよオ〜」

H「何を?」

母「昨日は、ダンナと、スキヤキを食べたんだろ?」

H「どうして、それを知っているの?」

母「母さんは、何でも知ってるんだよ」

H「どうしてスキヤキって、知っているの? 見てたの? どこで?」

母「そんなのは、私の勝手だろ。私はね、あんたが家を出てからというもの、毎晩、泣いて過ご
しているんだよ」

H「そんな……」

母「あんたも、もうすぐ母親になるんだろ。子どもが生まれるんだろ。だったら、そんな狭いアパ
ートなんかにいないでさ、うちへ戻っておいでよ。あんな風采のあがらないダンナなんかとは、
別れなさいよ」

H[それは、できないわ]

母「どうしてだい。親よりも、ダンナのほうが大切だと言うのかい?」

H「そうではないけど、私には、私の生活があるのよ」

母「じゃあ聞くけど、私の人生は何だったのよ。私の人生を返してよ。あんたには、いくらお金を
かけたか、わからない。あんたがピアノをひけるようになったのも、私が毎週、毎週、高い月謝
を払って、ピアノ教室へ連れていってあげたからでしょ。その恩を忘れたの?」

H「忘れてはいないわ。でも、私は私の生活をしたいの」

母「この親不孝者めが!」(ガチャン)と。



 Hによると、電話での母の声の調子は、毎日のように変わるという。はげしく罵声したかと思う
と、その翌日には、ネコなで声で、甘えるような言い方をするなど。あるいは、怒った言い方を
した翌日は、今度は一転、弱々しい言い方をするときもあるという。一度は、今にも死にそうな
声で、「助けてくれ」と電話がかかってきたこともある。



 あわててHが実家へ戻ってみると、母は台所で、ピンピンしていたという。そしてこう言ったと
いう。「お帰りなさい。あんたが帰ってくると思ったから、おいしいごちそうを用意しておいたから
ね」と。



 Hは夫に、あれこれ口実をつくって、アパートをかえることにした。夫は、それに従ってくれた。
Hは、もちろん母に内緒で、今度は、市内でも、実家からは反対側にある、E町に住居を移し
た。が、電話線を引いたその翌日には、母から電話がかかってきた。



母「引っ越したんだってね。どんなところだい。家賃は、一二万円というじゃないかい。豪勢な生
活だね」

H「……」

母「私に内緒で引っ越しても、ムダだよ。親と神様は、すべてをお見通しだよ」

H「お願いだから、私のことは私に任せて」

母「任せて? よくもまあ、そんな生意気な口がきけたもののね。あんたは、だれのおかげで、
言葉が話せるようになったか、それがわかっているの? 親の私よ。どこに、子どもに言葉を
教えない親がいるもんかね」



 そこでHは、ふりしぼるような声で、こう言った。



H「お母さん……、私に、どうかお願いだから、もう構わないで……」と。



 「構わないで」という言い方は、Hが母親に対して、はじめて使った言葉である。Hが、使いたく
ても使えなかった言葉。いつものどまで出かかっていたが、そこで止まっていた言葉。予想どお
り、その言葉は、母を激怒させた。母は、ヒステリックな金きり声をあげて、こう叫んだ。



「何てこと言うの! 親に向かって! この恩知らずめ!」(ガチャン)と。



 この話は、現在進行形である。私も、最初、この話を聞いたときには、自分の耳を疑った。し
かし、ここに書いたことは、事実。こうした(常識にはずれた話)を書くときは、私はできるだけ
聞いたとおりを、忠実に書く。



 で、この話とは別に、私は一つの事実に気づいた。それが冒頭に書いた、子どもを溺愛する
親が感ずる「愛もどきの愛」と、ストーカーする人が口にする、「愛もどきの愛」とは、同質のも
のである、と。もともと親の身勝手な愛という点で、共通している。



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●溺愛



 溺愛ママには、いくつかの特徴があります。

それについては、以前にも、いくつかの原稿

を書いてきました。その一つ(子育ての最前

線にいるあなたへ」(中日新聞社・掲載済み)

を、ここに転載します。



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●溺愛ママの溺愛児



 「先生、私、異常でしょうか」と、その母親は言った。「娘(年中児)が、病気で休んでくれると、
私、うれしいのです。私のそばにいてくれると思うだけで、うれしいのです。主人なんか、いても
いなくても、どちらでもいいような気がします」と。私はそれに答えて、こう言った。「異常です」
と。



 今、子どもを溺愛する親は、珍しくない。親と子どもの間に、距離感がない。ある母親は自分
の子ども(年長男児)が、泊り保育に行った夜、さみしさに耐え切れず、一晩中、泣き明かした
という。また別の母親はこう言った。「息子(中学生)の汚した服や下着を見ると、いとおしくて、
ほおずりしたくなります」と。



 親が子どもを溺愛する背景には、親自身の精神的な未熟さや、情緒的な欠陥があるとみる。
そういう問題が基本にあって、夫婦仲が悪い、生活苦に追われる、やっとのことで子どもに恵
まれたなどという事実が引き金となって、親は、溺愛に走るようになる。肉親の死や事故がきっ
かけで、子どもを溺愛するようになるケースも少なくない。そして本来、夫や家庭、他人や社会
に向けるべき愛まで、すべて子どもに注いでしまう。その溺愛ママの典型的な会話。



先生、子どもに向かって、「A君は、おとなになったら、何になるのかな?」

母親、会話に割り込みながら、「Aは、どこへも行かないわよね。ずっと、ママのそばにいるわ
よねエ。そうよねエ〜」と。



 親が子どもを溺愛すると、子どもは、いわゆる溺愛児になる。柔和でおとなしく、覇気がない。
幼児性の持続(いつまでも赤ちゃんぽい)や退行性(約束やルールが守れない、生活習慣がだ
らしなくなる)が見られることが多い。満足げにおっとりしているが、人格の核形成が遅れる。こ
こでいう「核」というのは、つかみどころをいう。輪郭といってもよい。



子どもは年長児の中ごろから、少年少女期へと移行するが、溺愛児には、そのときになって
も、「この子はこういう子だ」という輪郭が見えてこない。乳幼児のまま、大きくなる。ちょうどひ
ざに抱かれたペットのようだから、私は「ペット児」と呼んでいる。



 このタイプの子どもは、やがて次のような経路をたどる。一つはそのままおとなになるケー
ス。以前『冬彦さん』というドラマがあったが、そうなる。結婚してからも、「ママ、ママ」と言って、
母親のふとんの中へ入って寝たりする。これが全体の約三〇%。もう一つは、その反動から
か、やがて親に猛烈に反発するようになるケース。



ふつうの反発ではない。はげしい家庭内暴力をともなうことが多い。乳幼児期から少年少女期
への移行期に、しっかりとそのカラを脱いでおかなかったために、そうなる。だからたいていの
親はこう言って、うろたえる。「小さいころは、いい子だったんです。どうして、こんな子どもにな
ってしまったのでしょうか」と。これが残りの約七〇%。



 子どもがかわいいのは、当たり前。本能がそう思わせる。だから親は子どもを育てる。しかし
それはあくまでも本能。性欲や食欲と同じ、本能。その本能に溺れてよいことは、何もない。



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同じような内容ですが、「マザコン人間」(失礼!)に

ついて書いた原稿を転載します。



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●マザコン人間



 マザコンタイプの男性や女性は、少なくない。昔、冬彦さん(「テレビドラマ『ずっとあなたが好
きだった』の主人公」)という男性のような例は、極端な例だが、しかしそれに似た話はいくらで
もある。総じてみれば、日本人は、マザコン型民族。よい例が、森進一が歌う、『おふくろさ
ん』。世界広しといえども、大のおとなが夜空を見あげながら、「ママー、ママー」と涙をこぼす民
族は、そうはいない。



 そのマザコンタイプの人を調べていくと、おもしろいことに気づく。その母親自身は、マザコン
タイプの息子や娘を、「親思いの、いい息子、いい娘」と思い込んでいる。一方、マザコンタイプ
の息子や娘は、自分を、「親思いの、いい息子、いい娘」と思い込んでいる。その双方が互い
にそう思い込んでいるから、自分たちのおかしさに気づくことは、まずない。



意識のズレというのはそういうものだが、もっとも互いにそれでよいというのなら、私やあなた
のような他人がとやかく言う必要はない。しかし問題は、そういう男性や女性の周囲にいる人
たちである。男性の妻とか、女性の夫とかなど。ある女性は、結婚直後から自分の夫がマザコ
ンであることに気づいた。ほとんど数日おきに、夫が実家の母親と連絡を取りあっているという
のだ。何かあると、ときには妻であるその女性に話す前に、実家の母親に報告することもある
という。



しかし彼女の夫自身は、自分がマザコンだとは思っていない。それとなくその女性が夫に抗議
すると、「親を大切にするのは子の努め」とか、「親子の縁は切れるものではない」と言って、ま
ったく取りあおうとしないという。



 いわゆる依存型社会では、「依存性」が、さまざまな形にその姿をかえる。ここにあげた「マザ
コン」もその一つ。で、最近気がついたが、マザコンというと、母親と息子の関係だけを想像し
がちだが、母親と娘、あるいは父親と娘でも、同じような関係になることがある。そして息子と
同じように、マザコン的であることが、「いい娘」の証(あかし)であると思い込む女性は少なくな
い。



このタイプの女性の特徴は、「あばたもエクボ」というか、何があっても、「母はすばらしい」と決
めつけてしまう。ほかの兄弟たちが親を批判しようものなら、「親の悪口は聞きたくない!」と、
それをはげしくはねのけてしまう。ものの考え方が権威主義的で、親を必要以上に美化する一
方、その返す刀で、自分の息子や娘に、それを求める。



つぎの問題は、このとき起きる。息子や娘がそれを受け入れればそれでよいが、そうでないと
きには、互いがはげしく衝突する。実際には、息子や娘がそれを受け入れる例は少なくない。
こうした基本的な価値観の衝突は、「キレツ」程度ではすまない。たいていはその段階で、「断
絶」する。



 マザコン的であることは、決して親孝行ではない。このタイプの男性や女性は、自らのマザコ
ン性を、孝行論でごまかすことが多い。じゅうぶん注意されたい。



【追記】ことさらおおげさに、親孝行論を唱えたり、親を絶対視する人は、まず、その人の中に
潜む、ここでいう「マザコン性」を疑ってみるとよい。このタイプの人は、自らのマザコン性を正
当化するために、親を絶対視する傾向が強い。



 親子といえども、そこは純然たる人間関係で、その「質」が決まる。少なくとも親は、「親であ
る」という、「である」論に甘えてはいけない。親は親で、どこまでも気高く、前向きに生きていく。
それが親としての、真のやさしさではないだろうか。


















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●育児の一貫性



 母親に求められる、第一の条件は、「一貫性」である。まずいのは、母親の子どもへの接し方
が、そのときどきの母親の気分で、変動すること。気分がよいときには、子どもにベタベタし、
そうでないときは、冷淡になる、など。こうした不安定な養育姿勢は、子どもの心に、深刻な影
響を与える。



 よく知られた例としては、パーソナリティ障害(人格障害)というのがある。このタイプの人は、
ものの考え方や、行動が極端になりやすいことが知られている。



 たとえば相手を好きになると、徹底的に好きになる。しかしふとしたことで嫌いになると、今度
は、徹底して嫌いになるなど。行動が極端なため、ときには、自暴自棄になり、それが高じて、
自殺を図ることもある。



 このパーソナリティ障害の原因は、その人の乳幼児期にあるされる(発達心理学者・M・マー
ラーほか)。この時期、母親の接し方がまずいと、子どもは、不安や不信から、心の発達を停
止してしまうとされる。そしてそれが遠因となって、ここでいうパーソナリティ障害を引き起こすと
される。



 Kさん(三八歳・女性)は、パーソナリティ障害かどうかは別として、ときどき、はげしい絶望感
に襲われるという。いやになると、何もかもいやになる、というようにである。生来の完ぺき主義
もあった。こんなことがあった。



 ある日、二人の客が家に泊まった。そのとき、客が聞こえるような位置で、夫と口論をし、夫
に罵声(ばせい)を浴びせかけてしまった。「自分でも、まずいと感じていました。客にそういう声
を聞かれたくなかったのですが、自分をコントロールできませんでした」と。



 はげしい絶望感は、そのあとやってきた。「どうしてそんなことをしたのだろう」という思いが、
やがて胸の中で大きくふくらみ、自分で自分をはげしく、責めたてた。



 夫に相談すると、「どこの夫婦も、似たようなものだ。だれだって、けんかくらいならする」と、K
さんをなぐさめてくれたが、Kさんは、納得できなかった。自分でした行為の愚かさに、それから
数日間も悩まされたという。「心に何かしら不快な紙が張りついたような気分でした」と。



 こうした例は、多い。一般論として、心の変動のはげしい人は、それだけ情緒が不安定とみ
る。が、問題は、その人自身というより、まわりの人たちである。その人に振りまわされているう
ちに、何がなんだか、わけがわからなくなってしまう。



 反対に、これも一般論として、豊かな親の愛情に包まれ、心静かな環境で育った子どもほ
ど、どこかどっしりとしている。態度も大きく、ふてぶてしい。つまりそれだけ、情緒が安定してい
る。だから……。



 子どもの心を伸ばそうと考えたら、まず、親自身が、自分の心を安定させる。そして子育て
に、一貫性をもたせる。子どもが、スキンシップを求めてきたら、そのつど、安定した接し方で、
それに応じてあげるなど。こういう育児姿勢が、子どもの心を、はぐくむ。

 

【不安定なあなたへ……】



 もしあなたが、ここでいうような不安定な親なら、自分の行動に、制限をつけるとよい。すべき
ことと、してはいけないことを分け、そのしてはいけないことについては、夫なり、妻なりに任
す。



 たとえば子どもを叱るのは、夫(妻)に任す。説教するのは、夫(妻)に任す。大切な判断をす
るのは、夫(妻)に任す。子どもの勉強をみるのは、夫(妻)に任す、など。ふつう子どもと接して
イライラするようなことなら、それから遠ざかるようにするとよい。



 こうした制限をもうける接し方は、「制限設定」という名で、心理学の分野でも、治療法の一つ
として確立されている(J・マスターほか)。



要するに、苦手なことはしないこと。だれにも、得意、不得意がある。親だから万能でなければ
ならないと、そういうふうに、自分を追いこんではいけない。自分を改めようと、思ってはいけな
い。無理をしてはいけない。



子育ても、またしかり。苦手なら苦手でよい。大切なことは、そういう自分をすなおに認めるこ
と。認めたうえで、あとは前向きに、進む。得意なことだけをしていけばよい。



 以上、愛知県A市に住んでいる、Kさんからのメールをもとに、考えてみた。

(030924)



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これに関連して、以前、こんな

原稿(中日新聞掲載済み)を書

きました。



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子育てで親が行きづまったとき



●夫婦とはそういうもの    



 夫がいて、妻がいる。その間に子どもがいる。家族というのはそういうものだが、その夫と妻
が愛しあい、信頼しあっているというケースは、さがさなければならないほど、少ない。どの夫
婦も日々の生活に追われて、自分の気持ちを確かめる余裕すらない。



そう、『子はかすがい』とはよく言ったものだ。「子どものため」と考えて、必死になって家族を守
ろうとしている夫婦も多い。仮面といえば仮面だが、夫婦というのはそういうものではないの
か。もともと他人の人間が、一つ屋根の下で、一〇年も二〇年も、新婚当時の気持ちのままで
いることのほうがおかしい。私の女房なども、「お前は、オレのこと好きか?」と聞くと、「考えた
ことないから、わからない」と答える。



●人は人、それぞれ



 こう書くと、暗くてゆううつな家族ばかりを想像しがちだが、そうではない。こんな夫婦もいる。
先日もある女性(四〇歳)が私の家に遊びに来て、女房の前でこう言った。「バンザーイ、やっ
たわ!」と。話を聞くと、夫が単身赴任で九州へ行くことになったという。ふつうなら夫の単身赴
任を悲しむはずだが、その女性は「バンザーイ!」と。



また別の女性(三三歳)は、夫婦でも別々の寝室で寝ているという。性生活も数か月に一度あ
るかないかという程度らしい。しかし「ともに、人生を楽しんでいるわ。それでいいんじゃ、ナ〜
イ?」と。明るく屈託がない。要は夫婦に標準はないということ。同じように人生観にも家庭観に
も標準はない。人は、人それぞれだし、それぞれの人生を築く。私やあなたのような他人が、
それについてとやかく言う必要はないし、また言ってはならない。あなたの立場で言うなら、人
がどう思おうが、そんなことは気にしてはいけない。



●問題は親子



 問題は親子だ。私たちはともすれば、理想の親子関係を頭の中にかく。設計図をえがくこと
もある。それ自体は悪いことではないが、その「像」に縛られるのはよくない。それに縛られれ
ば縛られるほど、「こうでなければならない」とか、「こんなはずはない」とかいう気負いをもつ。
この気負いが親を疲れさせる。子どもにとっては重荷になる。不幸にして不幸な家庭に育った
人ほど、この気負いが強いから注意する。「よい親子関係を築こう」というあせりが、結局は親
子関係をぎくしゃくさせてしまう。そして失敗する。



●レット・イット・ビー(あるがままに……) 



 そこでどうだろう、こう考えては。つまり夫婦であるにせよ、親子であるにせよ、それ自体が
「幻想」であるという前提で、考える。もしその中に一部でも、本物があるなら、もうけもの。一部
でよい。そう考えれば、気負いも取れる。「夫婦だから……」「親子だから……」と考えると、あ
なたも疲れるが、家族も疲れる。簡単に言えば、今あるものを、あるがままに受け入れてしまう
ということ。「愛を感じないから結婚もおしまい」とか、「親子が断絶したから、家庭づくりに失敗
した」とか、そんなようにおおげさに考える必要はない。



つまるところ夫婦や家族、それに子どもに、あまり期待しないこと。ほどほどのところで、あきら
める。そういうニヒリズムがあなたの心に風穴をあける。そしてそれが、夫婦や家族、親子関
係を正常にする。ビートルズもかつて、こう歌ったではないか。「♪レット・イット・ビー(あるがま
まに……)」と。それはまさに、「智恵の言葉」だ。

 














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●子どもの恋



A君が、恋をした。中学二年生だ。

ときどき、フーッとため息を漏らす。

「どうしたの?」と聞いても、うわの空。

が、どうしても、その話題になる。



「先生、女の子から見ると、ぼくは、どう見える? どんな男が、女の子に好かれるの?」と。



「男と女なんてものはね、図式どおりには、いかないものだよ。どんな男が好かれて、どんな男
が嫌われるか。そんなこと、だれにもわからないよ」と私。



 私は若いころは、いつも、恋に苦しんだ。もともとモテるタイプの男ではないし、それにムード
がない。若いころ、セックスをするたびに、相手の女性はこう言った。「あんたとしていると、ス
ポーツみたい」と。



 そう、私にとっては、セックスは、スポーツのようなものだった。ゲームに近かったかもしれな
い。とてもフランス映画や、イタリア映画のようなわけにはいかなかった。まねをしたことはある
が、かえって冗談に思われてしまった。



 「相手の心をつかみ、恋を成就させたかったら、真剣になることだ」と私。「おもしろ半分では
いけない。真剣だ。真剣になるんだ。あとは、相手に任せる。それでいい」とも。



 見栄も体裁も捨てる。恥も外聞も捨てる。フラれてもよいと、真剣に相手にぶつかる。好きだ
ったら好きと言えばよい。愛していたら愛していると言えばよい。その真剣さが、相手の心を溶
かす。



 「先生、フラれたら、どうしたらいいの?」

 「そのときは、そのきだ。しかしね、真剣にすべてを出しきると、フラれたとたん、胸の中はす
っきりするよ。一度、ためしてみたら?」

 「しかし、フラれるのもつらいし……」

 「ああ、それじゃあ、だめだ。まだ君は、相手のことを、真剣に好きというわけじゃ、ないな」
と。



 そこで私は提案した。「ラブレターを書いてあげようか。こう見えても、ぼくが書くラブレター
は、一級だよ」と。すると、A君は、その場を笑ってごまかした。ごまかしながら、「どんなふう
に?」と聞いた。



++++++++++++++++++++



K子さんへ、



 心が重いです。重いから、いつも空を見ています。でも空を見ていると、今度はつらいです。
つらいから、下を見ます。でも下を見ていると、涙が出てきます。そうしていつも、あなたのこと
を考えています。好きです。



                                Aより

 

++++++++++++++++++++



 これを読んでA君が、こう言った。「さすがだね。これ、先生の経験?」と。そこで私はこう言っ
た。



 「男はね、いつも恋をしているよ。いつも、ね。いつもだれかに恋をしているよ。そのやるせな
い気持を、楽しむために、ね。今もひとり、恋をしているよ。とってもすてきな人だよ。でも、それ
はショーウィンドウに飾られた花を見るような気持だよ。心のどこかで、『ほしいな』と思いつつ、
『その人の幸福は大切にしよう』と思いとどまるのさ。



 これからも君は無数の恋をするだろうな。でも、大切なことは、どんなときも、自分を飾らず、
ありのままの自分を表現することだ。そして真正面から、先にも言ったように、真剣にぶつかっ
ていく。あとは、相手に任す。相手にだって、人を選ぶ権利はあるからね。相手が『ノー』と言っ
たら、さっと引きさがる。あとは、忘れる」



 「やっぱり、フラれるのがこわいから、今のままでいい」

 「ああ、それならやめときな」

 「まだ、そこまで真剣でないし……」

 「いつか真剣になる人が現れるよ。きっと現れるよ。すてきな人がね。そのときまで、今の気
持を大切にとっておきな」と。



+++++++++++++++++++++



●息子が恋をするとき



 栗の木の葉が、黄色く色づくころ、息子にガールフレンドができた。メールで、「今までの人生
の中で、一番楽しい」と書いてきた。それを女房に見せると、女房は「へええ、あの子がねえ」と
笑った。その顔を見て、私もつられて笑った。



 私もちょうど同じころ、恋をした。しかし長くはつづかなかった。しばらく交際していると、相手
の女性の母親から私の母に電話があった。そしてこう言った。「うちの娘は、お宅のような家の
息子とつきあうような娘ではない。娘の結婚にキズがつくから、交際をやめさせほしい」と。



相手の女性の家は、従業員三〇名ほどの製紙工場を経営していた。一方私の家は、自転車
屋。「格が違う」というのだ。この電話に母は激怒したが、私も相手の女性も気にしなかった。
が、二人には、立ちふさがる障害を乗り越える力はなかった。ちょっとしたつまづきが、そのま
ま別れになってしまった。



 「♪若さって何? 衝動的な炎。乙女とは何? 氷と欲望。世界がその上でゆり動く……」と。
オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングが演ずる「ロメオとジュリエット」の中で、若い男が
そう歌う。たわいもない恋の物語と言えばそれまでだが、なぜその戯曲が私たちの心を打つか
と言えば、そこに二人の若者の「純粋さ」を感ずるからではないのか。



私たちおとなの世界は、あまりにも偽善と虚偽にあふれている。年俸が一億円も二億円もある
ようなニュースキャスターが、「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめてみせる。一着数百
万円もするような着物で身を飾ったタレントが、アフリカ難民の募金を涙ながらに訴える。暴力
映画に出演し、暴言ばかり吐いているタレントが、東京都やフランス政府から、日本を代表す
る文化人として表彰される。



もし人がもっとも人間らしくなるときがあるとすれば、電撃に打たれるような衝撃を受け、身も心
も焼き尽くすような恋をするときでしかない。それは人が人生の中で唯一つかむことができる、
「真実」なのかもしれない。そのときはじめて人は、もっとも人間らしくなれる。もしそれがまちが
っているというのなら、生きていることがまちがっていることになる。しかしそんなことはありえな
い。



ロメオとジュリエットは、自らの生命力に、ただただ打ちのめされる。そしてそれを見る観客は、
その二人に心を合わせ、身を焦がす。涙をこぼす。しかしそれは決して、他人の恋をいとおし
む涙ではない。過ぎ去りし私たちの、その若さへの涙だ。あの無限に広く見えた青春時代も、
過ぎ去ってみると、まるでうたかたの瞬間でしかない。歌はこう続く。「♪バラは咲き、そして色
あせる。若さも同じ。美しき乙女も、また同じ……」と。



 相手の女性が結婚する日。私は一日中、自分の部屋で天井を見つめ、体をこわばらせて寝
ていた。六月のむし暑い日だった。ほんの少しでも動けば、そのまま体が爆発して、こなごなに
なってしまいそうだった。ジリジリと時間が過ぎていくのを感じながら、無力感と切なさで、何度
も何度も私は歯をくいしばった。



しかし今から思うと、あのときほど自分が純粋で、美しかったことはない。そしてそれが今、たま
らなくなつかしい。私は女房にこう言った。「相手がどんな女性でも温かく迎えてやろうね」と。そ
れに答えて女房は、「当然でしょ」というような顔をして笑った。私も、また笑った。

(中日新聞掲載済み)



++++++++++++++++++++ 



 そう。恋は人生の花。あとのすべては、その残りカス。カスの中で、切ない恋をかみしめなが
ら、みんながんばって生きている。心のどこかに、淡い火をともしながら……。人生はすばらし
いですね。

(030924)














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●不幸の形



 幸福というのは、なかなかやってこないが、不幸というのは、こちらの都合など、お構いなしに
やってくる。だから幸福な家庭というのは、みな、同じだが、不幸な家庭というのは、みな違う。



 その不幸が不幸を呼び、さらにつぎの不幸を呼ぶ。こういう例は少なくない。



 両親は離婚。兄は長い闘病生活のあと、自殺未遂。母親は、再婚をしたものの、半年でまた
離婚。そのあと、叔父の家に預けられて育てられたが、そこで性的虐待を受ける。その女性
が、一七歳のときのことだった。



 そこで家出。お決まりの非行。そして風俗業。しかし悲劇はここで終わったわけではない。や
っと結婚したと思ったが、夫の暴力。生まれてきた長男は、知的障害。夫は、やがてほかの女
の家にいりびたるようになり、そして離婚。今、その女性は四五歳になるが、今度は乳がんの
疑いで、入院検査を受けることになった……。



 その人はこう言う。「どうして私だけが……?」と。



 一つのリズムが狂うと、そのリズムをたてなおそうと、無理をする。しかしその無理が、さらに
リズムを狂わす。だれしも不幸になると、そこがどん底の最悪、と思う。しかしその下には、さら
に二番底、三番底、さらには四番底がある。



 しかし人というには、皮肉なものだ。今、目の前にあるものを見ようとしない。見ても、その価
値に気づかない。仮に見ても、「まだ、何とかなる」「こんなはずではない」と、自ら、それを打ち
消してしまう。



 だから賢明な人は、そのものの価値を、なくす前に気づく。しかし愚かな人は、そのものの価
値を、なくしてから気づく。健康しかり。人生しかり。そして子どものよさ、またしかり。



 あなたは、本当に幸福か?

 それとも、あなたは本当に、不幸か?



 ある腎臓病だった人が、こんな投書を寄せている。何かの雑誌で読んだ話だが、こんな内容
だ。



 その人は、十年近く、重い腎臓病で苦しんだ。そしていよいよというときになって、運よく、腎
臓提供者が現れ、腎臓の移植手術を受けた。そしてそのあとのこと。はじめてトイレで小便をし
た。たまたま窓から、朝の陽光が差しこんでいたという。その人は、こう書いている。



 「自分の小便が黄金色にキラキラと輝いていた。私はその美しさに、感動し、思わず両手で、
自分の小便を受け止めてしまった」と。



 何気なくする小便にしても、それは黄金にまさる価値がある。その価値に気づくか気づかない
かは、ひとえに、その人の賢明さによる。言うまでもなく、賢明な人というのは、目の前にあるも
のを、そのまま見ることができる人をいう。



 その女性は、「どうして私だけが……」と言う。しかし本当にそうか? 



 だったら、冷静に、見てみろ! 「私は幸福だ」と笑っている、愚か者たちの顔を。抜けたよう
に、軽い顔を。彼らに、人生が何たるか、わかってたまるか! 生きるということが、どういうこ
とか、わかってたまるか!



 見てみろ! 目の前にある青い空を。緑の山々を。白い雲を、その向こうにある宇宙を。もし
この世界に、神々がいるとするなら、そしてその神々に奇跡を起こす力があるとするなら、今、
私がここにいて、あなたがそこにいる。それこそが、まさに奇跡。それにまさる奇跡が、どこに
ある!



 釈迦の説話にこんな話が、残っている。あるとき、ある男が釈迦のところにやってきて、こう
言う。



 「釈迦よ、私は明日、死ぬ。死ぬのがこわい。釈迦よ、どうすればこの死の恐怖から逃れるこ
とができるか」と。



 それに答えて釈迦は、こう答える。「明日のないことを、嘆くな。今日まで生きてきたことを、喜
べ、感謝せよ」と。



 余談だが、釈迦自身は、「来世」とか、「あの世」をいっさい、認めていない。こういうあやしげ
な言葉(失礼!)を使うようになったのは、もっとあとの仏教学者たちで、しかもヒンズー教の影
響を受けた学者たちである。今の日本に残る経典のほとんどは、釈迦滅後、数百年を経て書
かれた経典ばかりである。ウソだと思うなら、釈迦の生誕地に残る原始経典(『スッタニパー
タ』、漢語で、『法句経』)を読んでみたらよい。



 不幸だと思っている人よ、さあ、勇気を出して、目の前のものを見よう。目の前のものを見
て、それを受け入れよう。こわがることはない。恐れることはない。恥じることはない。



 不幸だと思っている人よ、さあ、そういう自分を静かに認めよう。あなたには無数の心のポケ
ットがある。奥深く、心暖かいポケットである。そのポケットを、すなおに喜ぼう。誇ろう。あなた
はすばらしい心の持ち主だ。



 不幸だと思っている人よ、さあ、ゴールは近い。あなたはほかの人たちが見ることができない
ものを見る。ほかの人たちが知らないものを知る。あなたのような人こそ、人生を生きるにふさ
わしい人だ。人の世を照らすに、ふさわしい人だ。



 あなたの夫にいかに問題があっても、あなたの子どもにいかに問題があっても、ただひたす
ら、『許して忘れる』。これを繰りかえす。それは苦しくて、けわしい道かもしれないが、その度
量の深さが、あなたの人生を、いつかやがて光り輝くものにする。



 ……いや、かく言う私だって、本当のところ、何もわかっていない。本当のところ、何一つ、実
行できない。しかしこれだけは言える。私たちが求めている、真理にせよ、究極の幸福にせ
よ、それは遠くの、空のかなたにあるのではないということ。私やあなたのすぐそばにあって、
私やあなたに見つけてもらうのを、息をひそめて、静かに待っている。



 過去がどうであれ、これからの未来がどうであれ、そんなことは、気にしてはいけない。今、こ
こにあるのは、「今という現実」だけ。私たちがなすべきことは、今というこの現実を、懸命に生
きること。ただただ、ひたすら懸命に生きること。結果は必ず、あとからついてくる。



 そう、私たちの目的は、成功することではない。私たちの目的は、失敗にめげず、前に進む
ことである。あの「宝島」をいう本を書いた、スティーブンソンもそう言っている。そういう有名な
言葉をもじるのは、許されないことかもしれない。しかしあえて、この言葉をもじると、こうなる。



 私たちの目的は、幸福になることではない。日々の不幸にめげず、前に進むことだ、と。



 もしあなたが不幸なら、ほんの少しだけ、あなたより不幸な人に、やさしくしてみればよい。あ
なたより不幸な人を、ほんの少しだけ、暖かい心で包んであげればよい。それで相手は救われ
る。と、同時に、あなたも救われる。



 あなたの子どもは、そこにいる。あなたはそこにいて、いっしょに生きている。友よ、仲間よ、
それをいっしょに、喜ぼうではないか。この一〇〇億年という宇宙の歴史の中で、そして百億に
近い人間たちの世界で、今、こうして心を通わすことができる。友よ、仲間よ、それをいっしょ
に、喜ぼうではないか。



 不安になることはない。心配することもない。さあ、あなたも勇気を出して、前に進もう。不幸
なんて、クソ食らえ! いやいや、あなたの身のまわりにも、すばらしいものが山のようにある。
それを一つずつ、数えてみよう。一つずつだ。ゆっくりと、それを数えてみよう。



 秋のこぼれ日に揺れる、栗の木の葉。

 涼しい風に、やさしく揺れる森の木々。

 窓には、友がくれたブリキの汽車の模型。

 そしてその上には、息子たちの赤ん坊のときの写真。



 やがてあなたは、心の中に、暖かいものを覚えるだろう。そしてその暖かさを感じたら、それ
をしっかりと胸にとどめておこう。それがあなたの原点なのだ。生きる力なのだ。



 つぎに、不幸と戦う必要はない。今ある状態を、それ以上悪くしないことだけを考える。あなた
は、ミレーが描いた、「落穂拾い」という絵を知っているだろうか。荒れた農地のすみで、三人
の農夫の女性が、懸命に、落穂を拾っている。どういう心境かは私には、知るよしもないが、し
かし私はあの絵に、人生の縮図を見る。



 私たちは今、懸命に、「今という時」を拾いながら生きている。手でつまむようにして拾うのだ
から、たいしたものは拾えないかもしれない。もっているものといえば、小さな袋だけ。が、それ
でも懸命に拾いながら、生きている。しかしその懸命さが、人の心を打つ。つまりそこに、人生
のすばらしさがある。無数のドラマも、そこから生まれる。



 最後に一言。あなたは決して、ひとりではない。その証拠に、今、私はこの文章を書いてい
る。そういう私がいることを信じて、前に進んでほしい。あまり力にはなれないかもしれないが、
私も努力をしてみる。

(030925)











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